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2018年10月21日 (日)

霧ヶ峰八島ヶ原湿原を歩き「鷲ヶ峰」に登る

<勧学院の仲間と、草紅葉の八島ヶ原湿原を歩き、鷲ヶ峰に登った。若い頃読んだ新田次郎の小説に、「鷲ヶ峰物語」があった。中身はよく覚えていないのだけれど、その頃からいつかは鷲ヶ峰に登ろうと思っていた。ずいぶん時間が経ったけれど、ようやく念願が叶った。今回は一泊の山旅、素朴で素敵な山の宿「ヒュッテ ジャヴェル」に泊まった。>

 沢渡りのヒュッテの駐車場に車を止め、八島湿原に向かった。しばらくは車道を、やがて湿原の木道を歩き、草紅葉の八島湿原を半周して西端の大きな看板のある広場に着いた。すぐそばをビーナスラインが通り、ビジターセンターの建物、駐車場が近くにある。(登り口ではわからなかったが、鷲ヶ峰を登りながら、振り返り見下ろしてわかった。)

 鷲ヶ峰には、八島湿原の西端の広場にある登山口から一時間足らずで登ってしまった。登り始めは、石がゴロゴロしている急登だったが、尾根に登りきると後は何回かの軽いアップダウンで頂上(1,797.9m)に着いた。

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 遙か遠くの山々は頂上近くに雲がかかっていてよく見えなかったが、真下にはビーナスライン、遠くには諏訪湖や諏訪湖周りの町並み(岡谷諏訪だろうか)を眺め下ろすことができた。登る途中からは勿論八島湿原の草紅葉も眺めることができた。

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 この山行きでは山小屋に泊まった。「ヒュッテ ジャヴェル」だ。昔からある山小屋だそうで、素敵な山小屋だった。ビーナスラインからちょっと入った沢渡りにあり、まあ山小屋というより文字通り「ヒュッテ」という感じだった。1人、数人で静かな山歩きを楽しみたいという人達のためのヒュッテを、というご夫婦のこだわりが感じられた。素敵な山の中のヒュッテで楽しいうれしい一夜を過ごしたのだった。

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2018年10月 8日 (月)

平岩弓枝を読む 「はやぶさ新八御用旅 諏訪の妖狐」

 平岩弓枝の「はやぶさ新八御用旅 諏訪の妖狐」を読んだ。「御宿かわせみ」を読み切り、さて次はと思っていたとき目に入ったのがこの本だ。これも「はやぶさ新八御用旅」というシリーズもので、何冊もあるようだ。またしばらくこのシリーズものを読むことになるかな。

 知っていて読み始めたわけではないのだが、この小説は江戸から甲州街道を下り、甲府、諏訪が舞台だ。甲州街道沿いの今でも残っている知っている地名がいっぱい出てきて、興味をもって楽しく読み進めることが出来た。

 また折しも先日、山梨県立大学地域研究交流センターが開講している「歴史学的に山梨を読み解く」で山梨県考古学協会の新津健先生による「広重の歩いた身延道」の講義があった。
 歌川広重が甲府緑町の依頼で幕絵を描きに甲州へに来たときに身延まで足を伸ばしたという話の中で出て来た地名が、この 「はやぶさ新八御用旅 諏訪の妖狐」に細かく記述されているのだ。

・・・ 「普通、江戸の者が身延諸に参りますには、やはり甲州路を通って、甲府の西青沼町とやら申すところから身延道へ入るのが多いと聞いて居ります」
 藤助があらかじめ江戸を発つ時に持って来たという覚え書きのような紙を懐中から取り出した。
 それによると、確かに甲府の西青沼町を始点にして下石田、清水新居、西条、押越、河藤中島、布施、山神それから釜無川の舟渡しを経て浅原、東南湖、滝沢川を渡って大椚、青柳、鰍沢、箱原、西島、手打沢、切石、八日市場、飯富、下山、東谷、身延でおよそ十里八丁、更にもう一つ甲府からまっすぐ信州へ向けて韮崎へ出て、そこから鰍沢への道を行けば十四里二十一丁余となる。 ・・・

 新津先生の話を踏まえても、この本の記述は全く正確であるといえる。平岩弓枝も調べ取材をしたのだろう。知っている身近な地名、興味のある歴史、古い街道の話が出てくると、次へ次へと楽しく読み進めることが出来ていい。

 「はやぶさ新八御用旅 諏訪の妖孤」平岩弓枝 講談社  第一刷発行2011年5月17日

2018年10月 1日 (月)

NHKテレビ日曜美術館「微笑む仏」を観る

 録画してあったNHKテレビ日曜美術館「微笑(ほほえ)む仏~柳宗悦が見いだした木喰仏~」を観た。以前放送したが見逃していて、ブログ仲間の熊本のらぶさんが教えてくれたものだ。再放送があるということで、さっそく録画しておいた。

 大正時代、私の住む近くの池田村(当時)で民藝を唱えた柳宗悦に見いだされるまで、全く知られていなかった木喰上人、彼が50才を越えてから全国あちこちを廻り人々の願いに沿って沢山の「微笑仏」をつくっていったということに、何か山梨県人として誇りに思ったりもするのだ。

 テレビを観てさすがと思ったのは、映像の素晴らしさと、その取材力だ。映像については、撮影にとてつもなくいいカメラと照明を使っているのだろう。微笑仏(みしょうぶつ)の魅力を余すことなく表現撮影している。
 木喰上人は、北海道から九州まであちこちを廻り微笑仏をつくっていったのだが、その場所あちこちへ取材に行き、番組を作っている。日にちもかかるだろうし、費用もものすごくかかるだろうにと思ったのだ。NHKだから出来ることだと思った。
 木食上人を採り上げてくれ、彼がつくった微笑仏の魅力と素晴らしさを描き紹介したすごくいい番組でうれしくなった。

 あたかも今中富現代工芸美術館で「生誕300年 木食展」が開かれている。全国から集められた沢山の本物の微笑仏が展示されている。私は、先日一度見に行っているのだが、もう一度見に行きたくなった。

 以前、旧下部町丸畑にある木喰の里微笑館へ行ったときのことが、このブログにもアップしてあるのでお読みください。

 「旧下部町丸畑 木喰の里微笑館」
   ↓
 
http://gcd00322.cocolog-nifty.com/hana/2011/03/post-8b52.html

2018年9月21日 (金)

懐かしい映画「シェルブールの雨傘」を観る

 録画してあったNHKプレミアムシネマ「シェルブールの雨傘」を観た。この映画を観るのは、もう何度目になるだろうか。

 冒頭のシーン、真上からの雨傘の撮影アングルで、一つ一つの傘の動きが実に面白い。この後の映画への予感、興味を増しているように思う。映画全編を通しての明るい色調もよい。ミュージカルということもあるのか楽しささえ感じる。

 カトリーヌ・ドヌーブの美しさにため息が出る。後年封切りの「幸せはパリで」も観たが、この「シェルブールの雨傘」の頃のカトリーヌ・ドヌーブには初々しさが感じられ可愛く美しい。

 ソフィア・ローレン主演の映画『ひまわり』と同様、戦争で引き裂かれた男と女の運命の映画だが、この「シェルブールの雨傘」は寂しいけれども、結果的にはどちらかというとハッピーエンドで、これでいいのではと思ったのだった。
 それにしてもギイは、自分で名前をつけた女の娘に一言声を掛ければ更にハッピーエンドで終わったのに(^_^)。

 ・・・いい映画はいい。大げさにいうと生きていてよかったと思う一時だ。

「シェルブールの雨傘」
製作年;1964/製作国;フランス/配給;東和/上映時間;91分
<スタッフ>
監督脚本;ジャック・ドゥミ/音楽;ミシェル・ルグラン
<キャスト>
ジェヌビエーブ;カトリーヌ・ドヌーブ/ギイ;ニーノ・カステルヌオーボ/エムリー夫人;アンヌ・ベルノン/カサール;マルク・ミシェル

2018年9月13日 (木)

武田勝頼終焉の地を訪ねる

Sanmon001 山梨ことぶき勧学院中巨摩学園第25期生同窓会「輝きの会」の今回の活動は、「武田氏の文化遺産 3」で、甲斐市教育委員会の大嶌先生を講師に、甲州市旧大和村方面のフィールドワークとなりました。

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 午前中、甲斐市敷島総合文化会館小講堂で大嶌先生の講義を聞き、午後が現地見学となりました。

 最初に訪れたのが天童山景徳院。景徳院は、いうまでもなく武田家終焉の地であり、家康により勝頼主従の死を弔うために創建された曹洞宗のお寺。
 県指定有形文化財に指定されている山門(三門)を見、そこから右に10mほど行ったところに、勝頼のお墓がありました。勝頼のお墓の右には北條夫人、左には息子信勝のお墓がありました。Seiunji001_2
 ここで自害亡くなった勝頼親子は勿論、多くの家臣が逃亡し背いたなかで最後まで勝頼に従って亡くなった一族家来たちの気持ちを思うと胸が詰まります。

 その後更に奥の栖運寺へ。ここは武田家10代当主武田信満の開基、勝頼は岩殿山をめざしたのに小山田信茂に裏切られ、この武田家由縁の栖運寺に逃れようとしたともいわれています。
 奥にある石園は見るための庭ではなく、修行僧が座禅を組んだ禅庭ということです。
 また、この栖運寺がある木賊地区が「蕎麦切り」の発祥の地ということで境内に碑がありました。

      (平成30年9月11日)

2018年9月10日 (月)

信玄終焉の地 勝頼大敗の地を訪ねる

Kuyoto002_5 甲府城の観光案内ボランティアの仲間と、長野県阿智村駒場と愛知県新城市方面への研修旅行に出かけた。(旅行といっても日帰りだが。)

 阿智村駒場長岳寺は初めて訪れた。駒場は武田信玄が三河野田城から甲斐へ戻る途中で亡くなった場所だ。長岳寺と中央自動車道を挟んで反対側の山の中で没したといわれている。(その場所信玄塚へは今回行かなかった)
Nagasino002 長岳寺には昭和49年武田信玄400年祭の折に 建てられたという十三重塔がある。
 
 新城市ではもちろん長篠設楽原史跡へ。そこでは長篠城籠城戦失敗を岡崎城の家康に伝え戻った後、Singenduka002武田軍に捕らえられて磔になったという鳥居強右衛門のインパクトある看板が迎えてくれた。長篠城では、日本百名城46のスタンプをゲット。

 武田勝頼はここで織田徳川連合軍に大敗した。長篠設楽原の戦いの戦没者15,000人を葬ったという信玄塚を見た。織田徳川軍が築いたという馬防柵もバスの中から見ることが出来た。

      (平成30年9月9日)

2018年8月24日 (金)

思い出いっぱい八ヶ岳「北横岳」へ登る

 久しぶりに八ヶ岳へ登った。今回は北八ヶ岳「北横岳」、四回目になるだろうか。一回は娘息子とも登った山だ。最初登った時に、北横岳北峰頂上から大河原峠や双子山を望み、いつかはあそこへ行こう、登ろうと思った。遙か向こうのずいぶん遠くのように思ったものだが、その後大河原峠にも行き、そこから双子山にも登った。

 子どもたちといったときには、ロープウエイに乗るのに結構長い時間並んで乗った記憶があるが、今回は全く待ち時間無しで乗ることが出来た。以前は、日本ピラタスロープウエイといっていたが、今は「北八ヶ岳ロープウエイ」というそうだ。

 ロープウエイ頂上駅からしばらく坪庭を歩いて北横岳へ向かった。坪庭付近は、散歩の人がほとんどかと思ったが、山道へ入っていく人も大勢いた。家族連れで登っている人も大勢いて、私も子どもたちと登った日々を思い出し、子どもたちに思わずがんばれと声を掛けずにはいられなかった。
 三ッ岳分岐に近くなり振り返ると、坪庭から雨池峠への途中にある青い三角屋根の縞枯山荘が見えていた。

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 北横岳ヒュッテで一休み、山小屋脇にはヤナギランが咲いていた。

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 北横岳ヒュッテからわずかな時間で南峰到着、蓼科山は見えなかったが、南八ヶ岳、南アルプス方向はよく見えた。

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 更にわずかな時間で北峰。やはり大勢の人が休んでいた。一緒に登ったみんなに見せたかった双子山、大河原峠方面は雲で全く見えなくて残念。

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 下山途中、北横岳ヒュッテから二三分の七つ池に寄った。きっと七つあるのだろうが、二つだけ道があり見ることが出来た。本当に静かなたたずまいで寄ってよかった。

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 帰りに昔からの温泉「小斉の湯」に入り、一休みした後、茅野市豊平福沢の「ウバユリ」、「キツネノカミソリ」の群生地を見に寄った。しかし既に遅しで咲いた跡だった。来年は盛りに見に来るぞと思ったのだった。

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                 (平成30年8月17日登る)

・・・ 思い出の八ヶ岳「北横岳」 ・・・

□ 昭和58年9月4日 「北横岳 」「三ッ岳 」「雨池山 」「雨池峠 」「八丁平 」
 昭和58年9月の山行き。日本ピラタスロープウエイ山麓駅から、約10分で山頂駅へ。坪庭、北横岳ヒュッテを経て横岳山頂まで約50分。2480メートルの北峰から遙か大河原峠大河原ヒュッテを眺める。北横岳を戻り、三ッ岳、雨池山を経て雨池峠へ。三ッ岳付近が岩山で意外と厳しく、雨池へは近くに眺めながら、とうとう行けなかった。三角屋根の縞枯山荘の脇を通り、ロープウエイ山頂駅へ。花の写真は、ほとんど撮れなかった。

□ 昭和60年10月21日 「北横岳 」「亀甲池 」「双子池 」「雨池峠 」「八丁平 」
 10時10分ピラタスロープウェイ山頂駅出発。途中七ッ池へ寄って10時45分北横岳山頂。弁当、ゆっくり休む。12時出発、樹林帯の中の急坂を下る。12時40分、亀甲池。池の水が涸れた時に底が亀甲型にひび割れる様からの名だという。1時20分双子池。雌池、雄池畔のダケカンバ、シラビソ、カラマツ林の中を大石川林道に出て歩く。雨池峠を登り縞枯山荘を経て山頂駅へ。冷たい風が、冬間近を伝えていた。

□ 平成5年10月2日 「 麦草峠 」「 大石峠 」「オトギリ平 」「五辻 」「雨池 」
 麦草峠→大石峠→オトギリ平→出逢いの辻→五辻→八丁平→雨池峠→雨池→麦草峠     今回は茶臼山、縞枯山の山麓を一周したという形。約4時間の行程であった。五辻付近では、茶臼山山頂で、休み話している人たちの話し声が聞こえてきていた。ロープウエイの山頂駅近くでは着飾った人たちが賑やかに歩いて戸惑ってしまった。ゆっくりゆっくりの山歩き・・・。天気がよく眺めは抜群、霧ヶ峰、浅間山、遠く北アルプスの山々も。ナナカマド、マイズルソウ、ゴゼンタチバナ・・・。

□ 平成5年10月10日 「北横岳 」
 行きは、諏訪経由。日本ピラタスロープウェイ山麓駅は、祭日で大変混み合っていた。50分ほど行列に並ぶ。11時20分山頂駅出発。坪庭を経て12時30分、頂上。天気がよく、遠く北アルプス槍ヶ岳などもよく見えた。こんなに天気がいい山行きは久しぶりであった。息子、娘といっしょ。

□ 平成7年9月9日 「大河原峠 」「天祥寺原 」「亀甲池 」「双子池 」「双子山 」
 ずっと前、昭和58年9月北横岳から遙か眺めた大河原峠にとうとう立った。大河原ヒュッテ脇を出発10時10分、天祥寺原を下り亀甲池11時05分。双子池(雄池)11時40分、そして双子山山頂12時10分。眺めがいい。お茶、弁当がおいしい。山での至福の時。花の写真を撮りながらゆっくり大河原峠13時10分。ヨツバツガザクラ、マツムシソウ、キオン、ハクサンフウロ、ヤナギラン、コケモモ・・・。

□ 平成8年3月3日 「坪庭 」
 ピラタスロープウェイは、雪山登山の人とスキー客といっしょでごったがえしていた。山頂駅を出たところの温度はマイナス15度、鉄骨の樹氷?ができていた。坪庭は白一色、写真を撮っているグループが沢山いた。クロスカントリースキーで奥に入っていく人々も。北横岳へ向かうツアー客のカラフルな行列が印象的。

2018年7月31日 (火)

「月下美人」咲く

 今年も我が家の玄関先で、月下美人が咲いた。もう何度も書いているが、義父が育てていたのを引き継いで、世話をしてきている。
 強い花だと思う。十分な世話をしているわけでもないが、毎年よく花を咲かせて嬉しくなる。花は全く見事で綺麗だ。
 暗くなって花が開き始め、8時9時頃に満開になる。朝はもう萎んで、昨夜の美しさはない。正に「はかない美」の花だ。

「月下美人」
 学名;Epiphyllum oxypetalum/サボテン科クジャクサボテン属/夜開性/原産地;メキシコ/花言葉;はかない美、繊細、快楽、艶やかな美人

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2018年7月30日 (月)

藤沢周平原作 映画「武士の一分」を観る

 録画しておいた映画「武士の一分」を観た。確か一度映画館で観た記憶があるのだが、ブログに記録がない。そんなはずはないとよく調べたが、結局ブログにはアップしてなかった。ブログにアップするほどの映画でなかったということでもないだろうと、今回観て思ったのだが。

 話はまあ、単純だ。藩主の毒見役で失明してしまった木村拓哉演ずる三村新之丞が、妻の加世が騙されて密通した島田藤弥(坂東三津五郎)と果たし合いをして勝つというお話だ。一度わかれた妻もまた一緒に暮らすようになりハッピーエンドで終わる。

 以前、講演会でお話を聞いたことのある下男の徳平の役をした笹野高史がいい演技をしていた。失礼だが演技とすれば、木村拓哉よりよかったかもしれない。

 剣術の師である木部孫八郎の役を緒形拳が演じていた。この映画が出来た頃は、緒形拳もまだ元気だったのだ。

 藤沢周平の小説と同様、斬り合い果たし合いの場面は、正に真に迫る。この場面では、木村拓哉の演技もなかなかのものだった。

 檀れいもよかったし、安心して楽しく見ることが出来た映画だった。

・・・いい映画はいい。大げさに言うと生きていてよかったと思う一時だ。

「武士の一分」
監督;山田洋次/脚本;山田洋次 平松恵美子 山本一郎/製作;久松猛朗/製作総指揮;迫本淳一/音楽;冨田勲/製作会社;「武士の一分」製作委員会/配給;松竹
出演者;木村拓哉 檀れい 笹野高史 坂東三津五郎 緒形拳 桃井かおり 小林稔侍

2018年7月25日 (水)

甲府市横沢慶長院冠木門について

 以前、甲府市横沢慶長院の冠木門について、「甲府城から移築された経緯は?慶長院山門」という記事を書いた。
 ずっと気になっていたのだが、先日、県立図書館で、下記の資料を見つけた。

・・・この門が甲府城から移築されたという根拠については、甲府城の乾門を移築したという寺伝がある。(「角川日本地名大辞典」9山梨県)
・・・山手門へ入る前に冠木門があった(元文4年「甲府城絵図」)ことが知られている。
・・・この伝承が信じられるとするなら、この門であった可能性がでてくる。
・・・慶長院の門は、甲府城の山の手門付近にある冠木門であるといえるが、確証は得られない。・・・
 ( 「県指定史跡 甲府城跡」 甲府城跡保存活用等調査検討委員会報告書 2009.3 山梨県教育委員会  P40 )

 この資料で以上のように記述しているが、この資料では私が疑問だった”いつ頃、誰に、どういう経緯で移されたのか”を含めて、この冠木門が甲府城から確かに移築されたものかどうかはっきりわからないということだ。

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 この文献を見つけて、今までの私の疑問は解決せず結局わからないということだが、私の気持ちとすればわからないということがわかって(^_^)かえってすっきりした。

 2017年10月12日の記事 → 甲府城から移築された経緯は? 慶長院山門

2018年7月23日 (月)

山梨百名山 日本二百名山「櫛形山」

<アヤメで有名だった櫛形山、シカの食害で絶滅かといわれていた。近年地元の人たちの保護活動でアヤメが復活と報道されている。日本二百名山、新花の百名山にもピックアップされている「櫛形山」に登った。この櫛形山、もう40年位前伊奈ヶ湖あたりから登った記憶がある。その時はずいぶん時間もかかり、奥深い山だという印象だった。2回目は平成16年9月、アヤメ平までは今回と同じルートを歩いた。桜峠までちょっと登り、後は展望はよくないがほとんど尾根歩きのような感じで、原生林にサルオガセが沢山吊るさっていたのが記憶に残っている。>

【登った日】  平成30年7月20日
【 コ ー ス 】韮崎合同庁舎6:30=平林=7:50池の茶屋小屋(駐車場)8:05-8:40奥仙重-9:00櫛形山山頂9:15-9:50裸山10:05-10:20アヤメ平(避難小屋)11:10-(トレッキングコース)-裸山のコル-12:05もみじ沢12:10-13:05北岳展望デッキ13:10-13:40池の茶屋小屋(駐車場)

 池の茶屋林道を車で走る。全面舗装だ。林道の終点には車20台は止められると思われる駐車場がある。ずいぶん立派な市で設置した小屋があり、壁面には大きな櫛形山の案内図があった。

Kusigatayama001 桜峠まで軽い登り、その後は防火帯と思われる広い尾根道を歩く。ほとんど展望はないが、下界に比べて涼しい温度で快適に歩く。まもなく奥仙重の三角点を過ぎてすぐ櫛形山山頂。駐車場から一時間足らずで山頂に立った。

Saruogase001 コメツガにサルオガセがたれていて、霧も出たりして正に原生林という感じだ。裸山の麓の草原には、花の百名山に数えられだけはある沢山の山の花が咲いていた。
 アヤメの時期はもう終わっているようだが、それでも咲き残っているアヤメが数輪あった。咲き終わった花の跡がいっぱいあり、アヤメ復活を感じた。地元行政やボランティアの保護活動の結果だろう、感謝感謝。

Ayame001 今日の最終目的地、アヤメ平にも咲き終わったアヤメの花の咲いた跡がいっぱいあった。その他の山の花も一杯咲いていた。

 帰りは最近出来たというトレッキングコースを廻った。上り下りがあり時間もかかり、結構きついコースだ。北岳展望デッキからは残念ながら白根三山は眺めることが出来なかった。
 そこから先、駐車場まで車椅子でも通れるという平らな比較的広い道が稲妻形に続いた。車椅子の方が素敵な北岳の展望を見ることが出来るというねらいは素晴らしいが、メンテナンスがよくなく、もう車椅子では通れないというようなところが何ヶ所かあった。またその道も車椅子で駐車場から展望台まで行くにはちょっと距離があって大変過ぎる。 
 最後そんなことを感じながら池の茶屋駐車場に着いた。

 車で池の茶屋林道、丸山林道を下り、平林の集落を過ぎ、麓の「まほらの湯」に入り、汗を流した。

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 ・・・思い出の「櫛形山」 ・・・

□ 昭和46年3月28日 「櫛形山(裸山) 」
 残雪多し。盆地から眺めているのと違い、この頃の私にとって、意外と奥深い山だという実感。先輩の長坂先生、教え子の内田君と。いきさつはよく覚えていないが、内田君の中学卒業記念登山だったような気がする。伊奈ヶ湖あたりから登ったのだろうか。

□ 平成16年9月12日 「櫛形山 」
【コース】 池の茶屋小屋7:20-奥仙重-8:05櫛形山山頂8:15-9:00裸山9:15-9:40アヤメ平9:50-1櫛形山1:30池の茶屋小屋
 もう30年も前、一度登った記憶がある櫛形山。今回は丸山林道から、池の茶屋林道を行く。林道終点には車20台は止められると思われる広場。町で設置したトイレ付き小屋もあり、山のパンフレットや自由ノートなどが置いてあった。駐車場からわずかの時間で桜峠、切り開かれた尾根上のジグザグ道を登る。奥仙重の三角点を過ぎてすぐ櫛形山山頂。駐車場からわずか45分で山頂に立った。
 前に登ったときは麓から歩きでずいぶん時間がかかり奥深い山という印象だったが・・・。コメツガにサルオガセがたれていて原生林という感じのところがあちこちにあった。裸山の麓も時季にはアヤメの群生できれいなのだろうな。アヤメ平を廻って、11:30池の茶屋小屋。

2018年7月19日 (木)

定年後の暮らしは読書三昧 平岩弓枝「御宿かわせみ」を読む(その三)

 「新・御宿かわせみ 花世の立春」の『抱卵の子』エピローグで、大川端「かわせみ」の女主人るいが、庭先に出て大川を眺めていた。

  **************

 ・・・・・
 川の面に月が映っていた。
 ・・・・・
 長いこと、この川の流れを見て生きて来たと思う。
 ・・・・・
 大切な顔、忘れ難い顔が川波の中に見え隠れして遠ざかって行くのが、ただ、なつかしかった。
 人は誰しも幸せを望んで人生を歩いている。
 それでも、打ちのめされ、ふみにじられて失望や絶望に慟哭することなしに生涯を終えられる人は皆無であろう。
 人間に与えられた最高の幸せは、どんな悲しみや苦しみも、その人が勇気をふるい起し、努力を重ねれば、いつか忘れる日が来るということではないか。そうでないと、人はとても生きて行けない。
 それでも多くの人は忘れようにも忘れられない心の痛みをひっそりと抱えていて、時にはそれが生きる支えになったりもする。
 人とは不思議なもの、愛おしいものと水面をみつめて胸の中でるいは呟いた。
 ・・・・・

  **************

 ・・・読書はいい。大げさにいうと生きている喜びを感じるときだ。

 「新・御宿かわせみ 花世の立春」 平岩弓枝 文藝春秋社 平成22年1月10日第1刷

2018年7月17日 (火)

定年後の暮らしは読書三昧 平岩弓枝「御宿かわせみ」を読む (その二)

 壮大なシリーズ時代小説、お話である。「御宿かわせみ」が「浮かれ黄蝶」まで34巻、「新・御宿かわせみ」が「蘭陵王の恋」まで4巻(私が確認している範囲で)合計38巻の長編だ。幕末から明治時代に移り変わる世の中を背景に小説は進展していく。歴史をよく調べ承知してでの小説、平岩弓枝さすがである。

 主人公の次男坊冷や飯食いの神林東吾と旅籠の女主人るいのどちらかというと隠れた関係の恋愛模様から話が始まる。以前テレビでやっていて私が観たのは、この頃のことではないだろうか。やがて話は進展し与力で真面目で真っ正直の兄(通之進)にも正式に認められ、るいと結ばれる。かわせみで生活することになったのだから婿さんみたいなものかな。

 東吾のところに女の子(千春)が生まれ、兄のところに養子に来た男の子(麻太郎)が異母兄妹ではないかという関係も、いつの間にか周りにも本人たちにもわかっていったようだ。そのあたりの話の展開も面白い。

 やがて「新・御宿かわせみ」になると、東吾は仕事の軍艦操作所の船の事故で行方不明という展開になる。そして東吾の息子の麻太郎の時代の話に移っていく。流動する社会、いわゆる明治維新の社会も描かれる。外人さんが話に大勢出て来たりして。

 そして今私が読んでいるのが「新・御宿かわせみ 花世の立春」だ。「御宿かわせみ」ではどちらかというと藤沢周平の下町ものと同じ「人情話」に近いものが多かったが、「新・御宿かわせみ」になって、なんか様々な事件の犯人捜の話が中心になってしまったような気がする。よくテレビでやっている一部屋で話し合い犯人を特定するといったようにやっている番組があるではないか、なんかあんな感じになってしまった。余り面白くない。
 また一話の話が長くなってしまったような気がする。「御宿かわせみ」では、ちょっと時間があるときに一話が読み切れる量であったが、「新・御宿かわせみ」では長過ぎてちょっとほっとした時間に読みきるには長すぎるのである。

 結論でいうと御宿かわせみは、「御宿かわせみ」で終わっていた方がよかったのではないかと思う。あるいは、「御宿かわせみ」と「新・御宿かわせみ」は違う小説だと考えた方がいいかも。
 が・・・、もうすぐ私は「新・御宿かわせみ」も読み切ってしまう。一年以上順次愛読し読み進めてきた小説が終わりになるというと、何かさみしくなってしまう私なのだ。

 ・・・読書はいい。大げさにいうと生きている喜びを感じるときだ。

   去年の2月24日の記事
  → 定年後の暮らしは読書三昧 平岩弓枝「御宿かわせみ」を読む 

 「新・御宿かわせみ 花世の立春」 平岩弓枝 文藝春秋 平成22年1月10日第1刷

2018年7月14日 (土)

山への思い テレビ 「南アルプス大縦走」を観る

 録画しておいたテレビBSプレミアルのにっぽんトレッキング100「南アルプス大縦走!天空の稜線をゆく」 を観た。(去年9月20日に放送されたものの再放送のようだ。)

 甲斐駒ヶ岳の麓駒ヶ岳神社を出発、日本三大急登といわれる黒戸尾根を登るところから始まる。(最初に出てくる甲斐駒ヶ岳や仙丈岳は私も登ったことがあるので親しみを持って観たのだった。)それから北岳荒川岳、最終赤石岳聖岳まで12日間にわたる南アルプス大縦走だ。

 一人歩く人(もちろん撮影スタッフが何人かいるのだろうが)、小林千穂さんの表情が実に爽やかだ。山岳ライターということだが(しかも山梨に住んでいる?ということだが)、失礼ながら今まで知らなかった人だ。
 この人が淡々と山を歩く。もちろん、時には苦しい登りもあり、雨の中をとぼとぼ歩くような感じの時もある。また時には走り出すほどにうれしく晴れ晴れとした表情の時もある。それがあまり大げさでなく自然なのだ。山を征服するとか絶対登るというようなおごりを感じず、自然体で素直に同感できるのだ。

 余計な人が出ないのがいい。他の同じような番組でよく出る、山とは余り関係ないようなタレントさんやアイドルが出ず、余計なコメントを挟まないのがいい。撮影も淡々と進む。ドローンを使って上空から撮影する場面も多かったが、さすが見応えがある。こういう場面は、以前はあまりなかった。ヘリコプターで撮影ということだったろうが、余り多くはなかった。

 雨の中赤石岳に登った彼女は、更に聖岳へ向かう途中、百間平で赤石岳を一瞬眺めることが出来、涙を流す。わざとでなく自然で爽やかな涙だ。こちらも涙が出てくるようなシーンだった。

 このテレビを見終わって考えたこと。山はいい。多くの場合息はハアハア、ほうほうのていで登り行き着く場所が今回のような南アルプスの高い山眺望のいい山でなくとも、盆地の周りの低い山々でも同じ思いで、喜びをうれしさをかみしめることが出来る。
 これは何だろう。達成感?、征服感?充足感?満足感?一言ではいえない、正に大げさにいえば、生きていてよかったと思う一時なのだ。私は、これからも山へ登り続けることだろう。

2018年7月 1日 (日)

甲府城址内堀南に「梅ヶ枝旅館」があった

 先日まで、山梨県立文学館で「井伏鱒二展」が開催されていた。その展示の中に私にとって大変興味あることがあった。またその際のパンフレットに面白い記述があった。

 甲府城の南にあった「梅ヶ枝旅館」に井伏鱒二が、太宰治などと共に何度も訪れたという記述だ。その場所は、いろいろ調べていくと今まで私が把握していた甲府城鍛冶曲輪に顕彰碑がある小田切謙明が開設した「海州温泉」があった場所とほとんど同じ場所である。同じ場所か、あるいは隣だったのかもしれない。

 私が甲府城の近くあった職場に勤めていた頃(平成5年頃)、この旅館を何度も眺めたことがあった。入口に大きな松の木のある古い正に昔ながらの旅館風の建物であった。私もその頃は余り意識になかったので、記憶がはっきりしないがもしかしたら一度くらいはこの「梅ヶ枝旅館」の中に入ったことがあるかもしれない。
 この旅館は色々な会議に使われたり、お偉いさんたちが秘密の会議によく使っていたと、同僚に聞いたおぼろげながらの記憶がある。

 この旅館は、「井伏鱒二展」の展示によると、平成20年3月に閉鎖取り壊されたそうだ。(ついこの間まであったんだ。) 今、その旅館があった場所はビルになったり駐車場になったりしている。
 県と市で進めている甲府城周辺の整備計画で、この辺りも大きく変わっていくだろう。「海州温泉」「梅ヶ枝旅館」の建物の復元などということは夢物語か。

2018年6月29日 (金)

是枝裕和監督の「万引き家族」を観る

 第71回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールに輝いた是枝裕和監督の「万引き家族」を観た。朝早くの映画館は、観客もそれほど多くなく、コーヒーを飲みながらゆったり観ることが出来た。

 リリー・フランキーを、私はよく知らなかった(有名なマルチタレントだそうだ)が、父親でうまい演技をこなしていた。「追憶」で憂いのある演技で私を魅了した安藤サクラも、この映画でも相変わらず母親役でいい演技をしていた。益々好きな女優さんになった。あの奥田瑛二の娘だそうだ。
 「北の国から」でいい演技をしていた緒形直人が出演していた。久しぶりに見た。樹木希林は、地もこんな感じなのだろうか、いや演技なのだろう、おばあさん役もさすが。子役の二人もいい。立派な俳優に成長するだろうか。

 暗い映画の部類だろう。盗み、貧困、虐待などが淡々と描写されていく。だが、派手な描写、アクションなどはなく、なんか映画としては、安心して観ていられたような気がする。

 ハッピーエンドにはならなかった。結論を出さずに、(出せないで)終わった。この先、この話はどうなっていくのだろうか。

 社会で認められない犯罪、許される行為ではないのだろう。物理的にも人間関係でも混沌とした中でしかし、何か本当の人のつながり(「絆」というのだろうか)、本当の優しさ、暖かさを感じた映画だった。

・・・いい映画はいい。大げさにいうと生きていてよかったと思う一時だ。

『万引き家族』
監督脚本編集;是枝裕和
出演;柴田治(リリー・フランキー) 柴田信代(安藤サクラ) 柴田亜紀(松岡茉優) 柴田祥太(城桧吏) ゆり(佐々木みゆ) 柴田初枝(樹木希林) 柴田譲(緒形直人) 柴田葉子(森口瑤子) 川戸頼次(柄本明) 前園巧(高良健吾)
製作;フジテレビ ギャガ AOI Pro.   配給;ギャガ

2018年6月26日 (火)

「片山(大宮山)」と山梨百名山「帯那山」

<勧学院OBハイキングクラブで久しぶりの山歩きです。梅雨の合間の素晴らしい天気、ほどほどの歩きで楽しい山歩きとなりました。武田の杜健康の森駐車場から20分ほどで片山(大宮山)、水ヶ森林道途中登山口へ車を駐め50分ほどで奥帯那山でした。>

【山行日】 2018年6月22日(金)    【天候】 晴
【コース】
 緑ヶ丘スポーツ公園=和田峠=武田の杜健康の森駐車場~片山(大宮山)~森林学習展示館~健康の森駐車場=千代田湖=帯那山林道=水ヶ森林道途中帯那山登山口~旧牧場への林道を横切る~山梨百名山「帯那山」~奥帯那山~帯那山~水ヶ森林道途中帯那山登山口=千代田湖=山宮=冨士屋ホテル(入浴)=緑ヶ丘スポーツ公園             (=;車   ~;歩き)           
【参考にした資料 】
「 新版アタック山梨百名山 」 山梨メープルクラブ 平成22年4月 山梨日々新聞社
「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社

   ***************

 梅雨の合間でとても天気がよく、健康の森駐車場展望台からの甲府盆地の眺めは素晴らしかったです。もちろん富士山も南アルプスの山々もよく眺められました。若干霞んでいたかな。
Imgp37851 そこから遊歩道を上り片山(大宮山)へ。途中アジサイが沢山きれいに咲いていました。20分ほどで頂上(665.2m)です。天皇様もいらしたことがあるという頂上ですが、木々が茂り、眺めは余りありませんでした。

 千代田湖畔から帯那山林道、水ヶ森林道を車で走り、帯那山登山口へ。ここには幼稚園のマイクロバスが駐まっていました。遠足で山へ登っているのかなと思いました。上方から子供たちの声が聞こえていました。

Imgp38131_2 右左折り返してしばらく進むと旧帯那山牧場に行く林道を横切ります。更に昔の林道のように広い道を進むと帯那山アヤメ群生地の草原横に出ました。もしかしたら以前のようにアヤメがいっぱい咲いているかなという期待が高まりましたが、やっぱりアヤメ群生地という看板が空しく、アヤメは咲いていませんでした。やっと盛りが過ぎた3~4輪のアヤメが咲いているのを見つけました。草原を100mほど登ると山梨百名山の標柱ある帯那山に到着です。
Imgp37991
 せっかくですので、そのまま奥帯那山まで足を伸ばしました。奥帯那山の頂上(1442.3m)は、木々に囲まれ眺めはありません。三角点の前でみんなで写真を撮り、帯那山の広場に戻りました。日陰で楽しい昼食。四方山話に花が咲きました。

 帰りは、冨士屋ホテルの温泉にゆっくり入り、汗を流し緑ヶ丘に戻りました。

 * 今回は、山と山の花、いい写真が全く撮れませんでした。

2018年5月20日 (日)

蓼科「横谷峡」を歩く

<勧学院の仲間と、蓼科中央高原「横谷峡」を歩いてきました。麦草峠へ向かう国道299号メルヘン街道は頻繁に通っていますが、そこからすぐのこの横谷峡へ寄るのは初めてでした。>

 横谷峡入口の駐車場から歩き始め、10分も経たないうちに「乙女滝」です。これはすごい!迫力満点です。見上げるすぐそこに滝があるのです。看板に「マイナスイオン20000」とあり、単位はよくわからないけれどとにかくマイナスイオンを身体一杯浴びみんな大喜びでした。

Otometaki010_2

 その後、ホテルのサイドを通り、比較的広い遊歩道を歩き、鷲岩や一枚岩を見たりでゆっくり1時間20分ほどで王滝まで行き着きました。王滝は落差40m、巨大な見応えのある滝でした。

Otaki010_2

 ここから急な狭い山道を15分ほどで、ツツジ満開の横谷観音展望台に登りきりました。今日の最終目的地です。

Tutuji010_2

 横谷観音展望台からは先ほど見た王滝が、下方に見下ろせました。遙か向こうには茅野の町並みが。周りの山々の新緑のグラデーションが実に見事でした。横谷観音の駐車場に行くまでの道路脇にフデリンドウが咲いていました。

Otaki020

Sinryoku010_2

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 帰路途中、「縄文の湯」に寄り、汗を流しました。ゆっくり渓谷歩きの楽しい一日でした。 

    (平成30年5月18日歩く)

2018年4月30日 (月)

山梨百名山「帯那山」「奥帯那山」

<久しぶりに帯那山に登りました。戸市登山口から登山道脇に咲くニリンソウを眺めながらの楽しい山歩きになりました。下山は太良ヶ峠へ。>

【山行日】 2018年4月29日(日)
【天候】 晴
【コースタイム】
 太良ヶ峠下駐車場(9:15)~(9:25)戸市登山道入口~(10:15)水ヶ森林道を横切る(10:25)~旧牧場への林道を横切る~(11:00)山梨百名山「帯那山」~(11:15)奥帯那山~(11:30)帯那山(12:00)~旧牧場の林道を歩く~石仏のある山道~尾根沿いの道~(12:45)林道帯那山線を横切る~(13:10)太良ヶ峠~(13:15)駐車場
【参考にした資料 】
「 新版アタック山梨百名山 」 山梨メープルクラブ 平成22年4月 山梨日々新聞社
「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社

   ***************

 太良峠を山梨市側に下り、大きくカーブしたところに道路が広くなNirinso030ったところがあり、車4~5台は駐められます。太良ヶ峠は狭く車も駐められないので、ピストンで棚山などに行くのもここに車を駐めるのがいいかもしれません。

 300mほど舗装道路を下ると戸市登山口入口があります。Hitorisizuka010入口を入ってすぐの橋を渡ると、もうニリンソウが一杯花を開いていました。時には山道に咲いているニリンソウを踏まないように歩かねば、と思うようなところもありました。よく見ると左側を流れる谷や谷の向こうの斜面にもニリンソウが咲いているのが見えました。水ヶ森林道までのこの登山道を「ニリンソウ登山道」と名付けたいと思います。一人ではないヒトリシズカ(「フタリシズカ」もあるが、これはヒトリシズカ。「ヨシノシズカ」ともいう。)も登山道脇に咲いていました。

 水ヶ森林道(舗装道路です)を横切りますが、ここにも車2~3台は駐められそうです。もしかしたら昔林道だったかも知れないぐらい広い登山道を左に進み、折り返して右にしばらく進むと今度は旧帯那山牧場に行く林道を横切ります。ジープでもなければ登れないよFujisan010うな急坂を登り、やはり昔の林道のように広い道を進むと帯那山アヤメ群生地の草原横に出ます。林道のように広い道を進んでも、草原の中の遊歩道を登っても100mぐらいで山梨百名山の標柱ある帯那山です。
 考えてみると、水ヶ森林道からここまで登っている林道のような広い登山道は、以前この頂上にあった警察の無線中継所の保守点検用の車道だったのです。無線中継所のコンクリートの建物が頂上にまだ残っています。

Sakura010 頂上からは春霞にけむる御坂山塊の上に、富士山が大きく見えていました。山桜が葉桜になっていますが、あちらこちらに咲いています。夏には生い茂る草も、まだまだ小さく、シートを敷いて富士を眺めながら休みました。素敵な帯那山の頂上です。
 よく見ると頂上から富士山側にあった木が3本ばかり切り倒されていました。頂上から富士山の眺めをよくするために切ったのでしょうか。何か少し複雑な気持ちになりました。

 奥帯那山へ行く道は、いつも獣がいるような雰囲気ですが、今日はまだ木々の葉っぱもそれほど茂っておらず、明るい雰囲気で快適に奥帯那山(Okuobinayama0101422.3m)に着きました。三角点のある頂上には草ボケが赤い花を咲かせていました。

Kusaboke010 下山に向かいます。旧牧場への道を見越山(1347.4m)脇を通り進むと、大変な光景を見ることになりました。あの麓の甲府市内からも見える電波塔の裏側一帯が伐採地になっていたのです。トラックが通るのでしょう、道路も造られていました。旧牧場の道路も利用して伐採した材木の搬出をするのでしょうか。後、植樹をするということであればいいのですが、まさか太陽光発電のパネル施設が出来るのではないかとちょっと不安な気持ちで通り過ぎました。

 積翠寺方面への案内板のある方へ進み、二つの石仏のある三叉路で上帯那へ降りる道を右に分け、左に進みます。広く防火帯のように切り開かれた尾根沿いの道を歩き、太良ヶ峠まで行き着きました。

 久しぶりの山歩き、思わずの長い記述になりました。

2018年4月25日 (水)

続 平成30年我が家の庭で春の花が一杯

 毎年この時季、「我が家の庭で春の花が一杯」の記事を書き、写真をアップしています。今年の第二弾は、バラ、オダマキ、スズラン、ムギナデシコ・・・。

バラが咲き始めました
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ピンクのオダマキ
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黄色いオダマキ アクイレギア・クリサンタ
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ムギナデシコ
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ひっそり木陰で咲くスズラン
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クリスマスローズもまだ咲いています
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モッコウバラ
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サクラソウ
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白い八重のサクラソウ
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エリゲロンデージー 小さい花です
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アカバナユウゲショウ 雑草だなんて花に失礼だ
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 もうこれくらいにしておきましょうか。

 平成30年4月24日撮影
 撮影カメラ ;  PENTAX K-7
 レンズ ;  SMCPENTAX-DA 18-55mmAL

 よろしかったら、こちらもご覧下さい
     → 平成30年我が家の庭で春の花が一杯
                  (第一弾 3月31日の記事)

2018年4月 7日 (土)

カイイワカガミ  ヒカゲツツジ  カタクリ イチリンソウ

 千代田湖白山の登り口のカイイワカガミが咲いています。よく気をつけて見回さないと見落とします。
 近くではヒカゲツツジが数輪だけ咲いていました。何年か前は、このあたり一面ヒカゲツツジが咲いていたのに。
 白山から和田峠キャンプ場方面に降りていくと、峠へ下り立つちょっと手前にイワカガミの葉っぱがいっぱいです。何日か後このあたり一面カイワカガミが咲き誇ることでしょう。

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 同じ峠へ下り立つちょっと手前に、数輪カタクリが咲いていました。もう盛りを過ぎて花には勢いがありませんでした。峠道を横切り小さい沢に下り立ったところにあるカタクリも既に終わりでした。

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Katakuri010

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 こちらもご覧下さい → 春の妖精「カタクリ」のこと去年の4月27日の記事)

 峠を市内の方に少し下り、途中の小松山入口から50mばかり行ったところ山道の脇にイチリンソウがいっぱい咲いていました。こんなところにイチリンソウが咲いているなんて、新しい発見です。

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 いつもは、これらカイイワカガミ、ヒカゲツツジ、カタクリ、イチリンソウが咲くのは、少しずつずれているのに今年はほとんど一斉に咲いているという感じです。

 山を歩いている途中、可愛いスミレが咲いていました。イカリソウソウもいっぱい。

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              (全て 4月6日撮影 )

2018年3月31日 (土)

平成30年 我が家の庭で春の花が一杯

 毎年この時季、「我が家の庭で春の花が一杯」の記事を書き、写真をアップしています。今年の第一弾は、クリスマスローズ、スイセン、ハナニラ、ボケの花。
 この後、まだまだ春の花が咲き続けます。次は何をアップしましょうか。

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2018年3月26日 (月)

映画「ひいくんのあるく町」を観る

 前々から観たかった映画「ひいくんのあるく町」を、”文化のるつぼ へちま”で観た。東京の「ポレポレ東中野」でも去年9月、ロードショーがあったという。また先日、地元の山日新聞にも記事が載っていた。

 市川大門が舞台だが、私はこの市川大門にあった保育園に、隣家のさち子ちゃんと二人だけで通っていた。身延線東花輪駅まで歩き、そこから電車に乗り、3つめの市川本町駅で降り、更にまた保育園まで歩いた。よく小さい子供だけで通ったものだと思う。
 その後大人になってからも、私の趣味のイベントや会合がこの市川大門で頻繁にあり、数え切れないくらい訪れた町だ。

 映画大学を出たこの市川大門の若手青柳拓さんが監督の作品だ。町で行われる祭のシーン、神明の花火のシーン、そして背景に映る町並み、遠く見える周りの山々、私にとっても数え切れないくらい思い出があり、親しみが持てるシーンだ。
 障害をもったひいくんが町に溶け込んでいる。彼を暖かく包み暮らす町の人たちのありのままの姿がいい。
 色々考えさせられるいい映画だった。懐かしく、心温まり、うれしく観ることが出来た。

 チラシには「若干23歳の新鋭、青柳拓のデビュー作」とある。青柳さんの今後の発展、活躍を心から祈っている。また、シャッター通りとなって寂しくなっているという市川大門の再興を願わずにはおれない。

 ・・・いい映画はいい。大げさに言うと生きていてよかったと思う一時だ。

「ひいくんのあるく町」
製作年;2017年/配給;水口屋フィルム/上映時間;47分
監督;青柳拓/プロデューサー;植田朱里/副プロデューサー;熊澤海透/撮影;山野目光政/録音;福田陽 植田朱里

 こちらも是非ご覧ください → 映画「アラヤシキの住人たち」を観る

2018年3月23日 (金)

甲府城ヒガンザクラ満開

 今日(23日)甲府の桜が開花!というニュースがあった。暖かい日差しに誘われ、甲府城の桜を撮影に出かけた。

 甲府城の稲荷曲輪にあるコヒガンザクラは、今が満開。訪れた親子や若いカップルが、桜の花を見上げてはしゃいでいた。

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 同じ稲荷曲輪にあるしだれ桜は、しだれた下の方の花は結構咲いているのにてっぺんは蕾のままのものも。天守台東下にあるカワズザクラは、三部咲きといった感じだ。カワズザクラは、伊豆では2月に咲くというが、ここの桜は今の時季に咲く。

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 鍛冶曲輪のソメイヨシノは、木によって違うが、相対的には二分咲きといった感じか。あと数日で、このソメイヨシノも満開となるだろう。

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 桜の花びら舞う信玄公祭がもうすぐだ。

 おまけの写真は、天守台から見た今日の南アルプス甲斐駒ヶ岳。日本百名山、山梨百名山の一つだ。数年前、この山の山頂に立った。

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2018年3月20日 (火)

定年後の暮らしは映画三昧 吉永小百合「北の桜守」を観る

* 吉永小百合の「北の桜守」を観てきた。平日朝早かったのにも関わらず大勢の人が観に来ていた。中高年の女性が多かったかな。

* 「おくりびと」の滝田洋二郎が監督だという。音楽は小椋佳。

* 途中舞台場面が出て、ああこういう表現もあるんだと思った。斬新ではあるが、ちょっと違和感が残った。

* 樺太からの逃避行、北の地での厳寒の風が吹きすさぶ嵐のシーンは、リアリティーがありよく撮影していると思った。引き揚げ船が沈没し、兄がわからなくなる場面では、あのタイタニックの映画を一瞬思い出した。

* この映画を見終わったときに、私が今まで観てきた吉永小百合の映画の中で一番よかったかなと思ったのだった。吉永小百合の映画を観るとき、いつでもこう思うのだ。(^_^)

* いい映画はいい。大げさにいうと生きていてよかったと思う一時だ。

「北の桜守」
制作年;2018年 監督;滝田洋二郎 脚本;那須真知子 撮影監督;浜田毅 音楽;小椋佳 舞台演出;ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演;吉永小百合(江蓮てつ)/堺雅人(江蓮修二郎)/篠原涼子(江蓮真理)/阿部寛(江蓮徳次郎)/佐藤浩市(菅原信治)/岸部一徳(山岡和夫)/中村雅俊(岡部大吉)

2018年3月13日 (火)

宮原の里山に「ミスミソウ」咲く

 中部横断道六郷インターチェンジを下り、左に行くと(右に行くと富士川を渡って52号線)すぐ市川三郷町宮原の集落です。この宮原の里山”うえんてーら”に登る山道の脇に、ミスミソウが秘やかに可愛く咲いています。気をつけてあちこち見回さないと、見落としてしまいます。まさに秘やかに咲いているのです。

    撮影カメラ ; PENTAX K-7
           レンズ ;  SMCPENTAX-DA 18-55mmAL
    
                 SMCPENTAX-DA  55-300mmED

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2018年2月27日 (火)

古宿の「セツブンソウ」

 JR身延線芦川駅から芦川沿いに上流に向かって車を走らせる。ミスミソウ群生地の畑熊の入口から車で更に10分ほど行ったところに古宿のバス停がある。そこを5~6m山に入ったところ個人のお宅の裏に「セツブンソウ」の群生地がある。

 枯れ葉が積み重なった斜面一面にセツブンソウの白い可愛い花が咲いていた。今まで何度か訪れているが、今回が最高、まさにセツブンソウの群生だ。夕方の弱い光の中で写真を撮った。
 畑熊のミスミソウの写真を撮った時よりは、落ち着いてじっくりセツブンソウの花の撮影が出来た様に思う。

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 (平成30年2月26日撮影)

2018年2月26日 (月)

「ミスミソウ」密かに咲く 畑熊2月26日

 畑熊の「ミスミソウ」を撮りに行ってきました。芦川を渡り、上の集落に向かって登るアスファルトの道を10分、畑に下る道を50mも行くと、山梨県が建てた「自然記念物 畑熊のミスミソウ」の看板があります。

 ・・・葉は平たい三角形で三つに切れ込み、各裂扁も三角形のためこの名があります。春先に白色の可憐な花をつけることから、ユキワリソウの別名もあります。・・・

 看板のあったところから崩れそうな山道を稲妻形に50mも登ったところがミスミソウの群生地です。時季が少し早く、残念ながらまだ数輪しか咲いていませんでした。山林の中に、まさに密かにミスミソウが咲いていたのです。

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 写真は、恥ずかしいぐらい全く上手く撮れませんでした・・・

2018年2月11日 (日)

庭の花を撮る 福寿草が咲いた

 例年に比べ寒い日が続いているように思う。それでも立春が過ぎ日が長くなり、日差しが大分強くなってきた。今日は、朝のうちは雲があり薄ら寒い感じだったが、次第に雲がとれ大分暖かくなった。

 庭を眺めていたら、ハナニラの葉っぱが折り重なっている間から福寿草の黄色い花びらが覗いていた。ハナニラの葉っぱを少し除けてみたらこんな感じ。知らない間に芽を出し、蕾を付けていたのだ。

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 まだ一輪だが、その隣では蕾が開きもうすぐ咲きそう。今日中にはもう一輪咲くかな。

 2014年2月26日の「福寿草」 → 大雪にめげず・・・福寿草が咲いた

2018年2月 7日 (水)

敷島梅の里 開花情報 平成30年2月6日

 2月に入って早速、甲府の不老園の梅の花が咲き始めたとニュースで伝えていました。今年ももうそういう時季になったんだと思い、今日はいつものウオーキングコースを甲斐市敷島総合公園に切替え、梅の里の梅の花の様子を見に出かけました。今年の敷島梅の里の梅の花開花情報の第一号です。

 敷島総合公園の広い駐車場から南側の梅畑を見下ろしましたが、咲いているようには見えませんでした。それでもと思い坂道を下ると・・・ああ、咲いていた!木の階段を下りてすぐのところにある枝垂れ白梅の枝の先の数輪が咲いていました。うれしくなってしまいました。周りを見回すと、近くの白梅の木の2~3本の枝先で結構沢山の花が咲いていました。

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 更に下るとその先梅畑の下の方、東屋がある辺りの紅梅が一本の木は満開に近いほど咲いていてビックリしてしまいました。ああこれはすごいと思い周りを見渡すと、やはり2~3本の木はかなり咲いていて更にビックリでした。

Sikisima030

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 その後、駐車場南西側の梅畑を見に行きましたが、そちらは白梅も紅梅も花は開いていませんでした。総体的に梅の里の梅の花は一分咲きというところでしょうか。

  撮影カメラ ;  PENTAX K-7  レンズ ;  SMCPENTAX-DA 18-55mmAL

«映画「祈りの幕の下りる時」

お薦めサイト

大蔵経寺山

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     平成16年12月11日、初冬の穏やかな一日、積翠寺岩堂峠から大蔵経寺山へ登ってきました。

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続 山と山の花セレクション

  • ミヤマシャジン
     山歩きの折に撮った山と山の花の写真・・・「続 山と山の花」です。ご覧ください。
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