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2019年2月15日 (金)

映画「マスカレード・ホテル」を観る

 久しぶりに映画を観に出かけた。平日の朝早くということで映画館はすいていて、ゆったり見ることができた。

 この映画「マスカレード・ホテル」は実に面白い。東野圭吾の小説を映画化したということだが、原作を読んでみたいものだと思った。その他の東野圭吾の小説も。

 木村拓哉と長澤まさみがいい。それぞれの演技もいいし、二人の息がぴったりだ。その他の俳優もそれぞれのよさを出していた。明石家さんまはどこに出ていたのかわからず。
 スクリーンが広くなったのかと思うほど映画全体が大きく豪華に見えた。余りいったことのない豪華ホテルの様子が映し出されていたからか。

 十分楽しめる、安心してみていられる映画だ。倍のチケット代を払ってもいいぐらい。

・・・いい映画はいい。大げさに言うと生きていてよかったと思う一時だ。


映画「マスカレード・ホテル」
 製作年;2019年/配給;東宝/上映時間;133分

<スタッフ>
監督;鈴木雅之/原作;東野圭吾/脚本;岡田道尚/製作;石原隆 木下暢起
<キャスト>
木村拓哉;新田浩介/長澤まさみ;山岸尚美/小日向文世;能勢/梶原善;本宮/泉澤祐希;関根/松たか子/鶴見辰吾/篠井英介/石橋凌  他

2019年2月13日 (水)

甲府城の梅 開花情報 平成31年2月13日

 いつもは冷たい風が吹きすさぶ甲府城の天守台も、今日は穏やかで今の時期にすれば暖かい一日でした。お客様も千葉や茨城などから大勢訪れてくれました。
 皆さんが期待してくる富士山は、残念ながら今日は一日中見えませんでした。他は青空なのに御坂山塊の上にだけ雲があり、富士山が隠れてしまったのです。

 いつものように、甲府城稲荷曲輪入口にある梅林の梅の花情報です。先日1月30日に報告したときよりも大分花が開きました。木によりますが紅梅はほぼ満開、白梅はちょっとゆっくりで四分咲きといった感じでしょうか。お花見をするのには、まだちょっと早いかも知れません。

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2019年2月11日 (月)

「甲府学問所徽典館」で学んだ

 私は、「甲府学問所徽典館」で学んだ。もちろん江戸時代ではなく平成時代に。

 平成28年7月からこの「甲府学問所徽典館」が山梨県埋蔵文化財センターの主催で開講され、私は学生になった。一ヶ月に一回、3月まで全部で10回ほどの講義(概説、演習、特論、卒業レポート)があった。夜学であった。毎回、今回はどんな話が聞けるのかとわくわくしながらに通ったのだった。

 平成の「徽典館」は、今の県防災新館の平和通りを挟んで反対側のビル5階の一室で開講された(*)。暗い階段を登って教室に行くと、明るい電気がついていて既に大勢の同期生がいて甲府城や甲府城下町の色々な話がされていて活気に満ちていた。

*当初「甲府学問所」は甲府勤番支配役宅に開設されたが、その後甲府城大手門南三丁(今の甲府市中央公園のあたり)に新学舎が完成、その翌年「徽典館」と命名されたという。

 同期生は、中には既に知っている方もいたが、ほとんどが知らない方たちだった。いずれも前向きで学ぶ姿勢いっぱいの方たちだった。
 「徽典館」の講師教授陣も一流の方々で、ごく新しい情報も含めて、興味ある内容の濃いかなり専門的な話が聞けてうれしかった。学んでいるという充実感があった。
 江戸時代の「甲府学問所」そして「徽典館」で学んだ学生たち(*)も、こんな気持ちで講義を受けていたのではないかと思ったのだった。

(*)勤番士の子息だけでなく、学ぶ姿勢のあるものは庶民でも受け入れたとのことだ。江戸時代末期、徽典館の教授(学頭)や教えを受けた学生が、日本山梨の動き発展に大きく関わったという。

 私は昭和の徽典館(梨大)で学び、そして平成の徽典館この「甲府学問所徽典館」で学ぶことが出来て本当に幸せだと思った。
 この平成「徽典館」で学んだことを、ささやかではあるが社会に還元していこうと思っている昨今だ。

2019年1月31日 (木)

探梅行 甲府城 1月30日

 甲府城の梅園は、甲府駅南口を出たら左方向へ、以前に比べてずいぶん広くきれいになった歩道を、山交デパート北側を東に進みます。舞鶴陸橋の階段は上らず、ガード下を20mばかり過ぎたところで、右のお城の方を見上げるとわかります。稲荷曲輪の入口に紅梅白梅20本ほどの梅林があります。

 今日は、甲府城案内ボランティアの日。大勢の来城者の案内の合間に、花は咲いているかな、まだちょっと早いかなと思いながら、梅園に行ってみました。昨日まで吹いていた甲府盆地の空っ風も止み、この時期としては穏やかで暖かい日でした。でも、やはり梅の花はまだまだでした。
 それでもよく見ると何本かの紅梅の花が少し咲いていました。白梅の木もいっぱいあるのですが、白梅の方はまだ蕾のままです。紅梅の方が花が開くのがかなり早いような気がします。

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 ここ甲府城の梅の花も満開になると実にみごとです。まもなく立春、梅の花がいっぱい咲くのが待ち遠しいです。 

2019年1月28日 (月)

「木喰上人作 木彫佛」展を観る

 先日、山梨県立博物館で開催されている「木喰上人作 木彫佛 -身延の木喰さん、世に出るその最初-」を観に行ってきた。博物館が出したチラシには「柳宗悦の木喰研究の集大成、豪華大判写真104点を一挙公開」とある。

 木食上人のことはこのブログでも時々書いているが、木食上人は下部の山上の集落丸畑(まるばたけ)から14才の時江戸へ出て、その後修行して22才で出家僧侶となった。仏像は60才を過ぎてから彫り始めたのだという。全国をあちこち廻って微笑仏をひたすら彫った木喰上人・・・恐れ多いがそういう木喰さんに親しみを覚え、木喰さんが彫り作った微笑みを湛えた仏像に強く惹かれるのだ。

 この展覧会では、一部を除いて写真撮影可能というのがうれしかった。

 柳宗悦が中巨摩郡池田村(現甲府市池田)で最初に見つけた三体の一つ弘法大師像が展示されていた。

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 木食上人が最晩年彫ったという甲府教安寺の如意輪観音像は、甲府空襲で焼けてしまったが、写真は残っていたという。

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 平成23年3月7日の記事  →  旧下部町丸畑 木喰の里微笑館
 平成30年10月1日の記事 →   
NHKテレビ日曜美術館「微笑む仏」を観る 

2019年1月24日 (木)

芦川南陵「栂の峠(地蔵峠)」「大平山」に登る

 <甲府盆地のまん真ん中”中郡(なかごおり)”の私の生家に行く時に南方に見える芦川北陵南陵の山々、その南陵の中央部大平山の東の弛みにある栂の峠(地蔵峠)に見えるはずの”栂の大木”が最近見えなくなって、気になっていた。それを確かめるべく、久しぶりに「栂の峠」とその近くにある「大平山」に登った。この辺り折八地区は10年ぶりの訪問であった。>

【山行日】 平成31年1月22日(火)
【 天 候 】 晴れ
【コースタイム】
 甲府=中部横断道六郷IC=久那土=林道折八古関線=古関小中学校折八分校跡10:00-10:25山神峠-11:00折門峠-11:15栂の峠11:25-11:40折門峠-11:50大平山12:20-山神峠-13:10古関小中学校折八分校跡=甲府    ( =~車 -~歩行 )
【 主に参考にした資料 】
 「 1:25,000地形図 市川大門」 平成18年11月 国土地理院
 「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社
 ホームページ「峠のむこうへ」 (現在は閉鎖)

<浜集落から古関小中学校折八分校跡へ>
 浜集落から林道折八古関線に入る。すぐ「師道の鑑」の碑がある。(今から行く山の中腹御弟子の集落の林道沿いにあった古関小中学校折八分校に長い年月お勤めした今福清輝先生の顕彰碑である。)

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 これから先は、一本道の林道で迷うことなく道なりに進む。道は山の中腹を曲がりくねって進む。左側には峰山の天狗岩が大きく見える。これから進む林道が、遙か向こうに見渡せる場所がある。富士山が大きく見える場所も。

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 まもなく古関小中学校折八分校跡だ。林道を挟んで反対側に車5~6台は駐められる駐車場がある。分校があったころ、先生方や来校者が車を駐めたのだろう。(もしかしたら分校閉校後に林道は開通し、駐車場が出来たのかもしれない。)

<分校跡から山神峠へ>
 林道のすぐ上にある双体道祖神の脇を通り、山神峠に向けて登り始める。ジグザグの登り易い峠道のはずだが、以前より更に荒れて登りにくくなっている。沢山の枯れ葉に埋まった山道は登り難いことこの上なく、脇の方を登った方が登り易いところもあった。
 程なく、山神峠だ。以前と余り変わらず二棟の神社らしきものの間を折門集落への道が通っている。峠から今回は折門集落跡の方へはいかず、直接折門峠に向かう。

<折門峠>
 尾根伝いに所々ピークを迂回しながら30分余り登ると折門峠だ。折門峠に10年前にはまだあった木のベンチは、朽ち果てたのか既になかった。折門や御弟子集落から登ってきてほっとする場所だ。峠を示す看板を見て、ここからまず栂の峠へ向かう。

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<栂の峠の大栂の木が・・・>
 10分ほど下って栂の峠(1,095m)。峠のかなり手前から、栂の木が見えた。ああよかった、まだ栂の大木は健在だと一瞬思った。ところが近づくと大変なことになっていた。
 栂の木の幹の半分ぐらいから上が折れて、近くに転がっていた。ああ、やっぱり昨夏の台風で折れておれてしまったのだ。近くの看板には、樹高16.3mだったとあるのだが、おれて樹の高さは、6~7mになってしまったのだ。これで盆地の方からは見えなくなっていたのだ。痛々しい栂の木をしばらく眺め続けた。

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 幹の半分位が残っているので、またいつ時の日か盆地からも見えるぐらいに大きく伸びて、前と同じように大栂の木になっていくだろうと思いながら峠を後にした。

<大平山>
 折門峠まで戻り、今度は大平山へ登る。尾根伝いに直登、10分ほどで頂上(1188.3m)に着いた。以前に比べ南側の木々が切り払われたようで、富士山が真ん前にビックリするほど大きくよく見えていた。
 ずっと以前この大平山登り口に、大平山の富士山の眺めを絶賛していた手作りの板の看板があったが、その人が眺めた富士山はこんな感じだったのだろうと思ったのだった。

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 真冬にもかかわらず、快晴で穏やかな天気・・・頂上で富士山を眺めながらの昼食・・・久しぶりに歩いた山での至福の時・・・。

<子供たちが通った道>
 下りは折門峠をあっという間に通り過ごし、尾根を走るように山神峠まで下った。そして峠からは、折門の子供たちが学校に向かった道をゆっくり下った。木々の間から富士山を眺めながら、元気に学校へ通う子供たちの姿が動画のように脳裏に浮かんだ・・・。
 校舎のあった台地は、大きく伸びた枯れ草で埋まっていた。もう山に戻ったといってもいいかもしれない。

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 道路際に新旧二つの学校跡の碑が建っていた。新しい碑には、かってこの場所にあった校舎の写真が刻んであった。この新しい碑が、あったかく差し込む陽に寂しく輝いていた。

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*是非お読みください
  栂の老大樹(平成16年8月15日の記事)

  遠い山の向こうの知らない町よ(平成18年1月4日の記事)

 こちらも
      ブログ;「山梨の山歩き峠歩き古道歩き」
           → カテゴリー ;
八坂峠・折門峠・山神峠をめぐって
            古関小学校折八分校へ子どもたちが通った峠道・・・

2019年1月21日 (月)

探梅行 敷島梅の里 1月21日

 今日は天気もよく穏やかで、久しぶりにウオーキングコースを甲斐市敷島総合公園にしました。ここのところ平年並みの甲府盆地の寒さでしたが、梅の里の梅の花の様子はどうかなと思いながら。
 平成31年今年の敷島梅の里の梅の花開花情報の第一号です。

 麓の牛久から入って急坂を公園に登る道路の両側、2本ばかりの紅梅が咲いているのが見えました。これは上の公園付近も結構咲いているかなと期待感が高まります。
 敷島総合公園の広い駐車場脇に植わっている紅梅が2~3本咲いていました。駐車場南側の梅畑へ下りましたが、やはり紅梅は何本も満開近く咲いていました。白梅も少し花開いていてうれしくなりました。
 紅梅は全体的に五分咲き、白梅は一部が二分咲きというところでしょうか。

 矢木羽湖(*)西側斜面へ行ってみました。やはり紅梅は綺麗に咲いている木が何本かありました。白梅も結構咲いていました。こちらの白梅は全体的に二分咲きという感じでした。
 こちらからは雪を被った富士山が綺麗に見えていました。

 (*)矢木羽湖は今堰堤の工事中で、水はほとんどありません。魚はどうなったのだろうかな。

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 撮影カメラ ;  PENTAX K-7  レンズ ;  SMCPENTAX-DA 18-55mmAL

2019年1月19日 (土)

あれ、土曜日だけど小倉実華さん? NHK「マイあさラジオ」

 聞き始めて「あれ、今日は確か土曜日だよな。」と一瞬思った。土曜日日曜日は、ウイークデイと違う女声が担当しているのだが。いつもの人はインフルエンザにでもかかったかな。

 いつも朝5時には起きてNHKラジオ第1「マイあさラジオ」を聞いている。NHKでも最近多くなっているくだけ過ぎ、はしゃぎ過ぎ、叫び過ぎの番組と違って、この番組は落ち着いて淡々と進めていくのがいい。聞きやすく暖かい雰囲気の中で色々な情報が素直に伝わってくる。(最近多い聞きたくないようないやなニュースも。)私は『お便り』『マイあさだより』『歴史を探しに』『落合恵子の絵本の時間』のコーナーなどが好きだ。

 ウイークデイは、一週間交替で、女声はこの小倉実華さんともう一人の女性キャスター大久保彰絵さんが担当している。(土日は渡辺ひとみさんだ。)他の女声が特に嫌いということではないが、私は小倉実華さんが大好きだ。

 前にもこのブログに書いたが、この人の声は、本当に柔らかく優しく聞きやすい。この人持ち前の性格からにじみでる声、しゃべり方なのだろう。
 以前甲府放送局で夕方のテレビローカル番組に毎日出ていたということもあり、うれしく毎朝ラジオを聞いている。この人の声を聞いていると、不思議に今日も明るく頑張って過ごしていこうという気持ちになるのだ。

 もう担当3年目になるかな。来年度以降のラジオ番組構成、担当者も決まっているのかもしれないが、小倉実華さんを始め今のキャスター、スタッフさんたちがずっとこの番組の担当を続けるといいなと素直に思う。
 ついでにいうと、この番組が同じキャスターで午前中午後も続いてもいい。「マイにちラジオ」になるかな(笑)


 平成29年2月21日の記事
       → 
楽しみなNHKラジオ「マイあさラジオ」 小倉実華さん

 平成29年9月25日の記事
       → 
「マイあさラジオ」の『お便り』に癒やされる

2019年1月13日 (日)

庭の花を撮る 「甲州野梅」咲いた

 昨夜は雪が降るという天気予報だったが、小雨が降った程度で終わった。いずれにしても乾燥した寒い日が続いている。

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 寒空の下、家の庭で甲州野梅が一輪咲いた。18年前に亡くなった義父から受け継いだ鉢物だ。一回ぐらい鉢変えをしたが、水を遣ったり草を取ったりの程度であまり面倒を見ていないのだが、花を咲かせてうれしくなる。私は鼻が悪いので、わからないが、いい香りがするそうだ。

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 この盆栽の梅は、この写真では写っていないが、幹が黒く岩がゴツゴツしたような模様で古木の趣がある。それに去年位に出た若枝に一輪の花が咲いているのだ。接ぎ木などして20年以上経たないと花を咲かせないのだそうだが、家の甲州野梅は毎年綺麗な花を咲かせている。

2019年1月11日 (金)

映画「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」を観る

 障害者を扱っているという程度の情報、題名もなんだこれはと思いながら観に行った映画だった。映画館には平日にもかかわらず結構大勢の人が入っていた。

 映画の最初のあたりの場面では、題名と同じで「なんだこれは・・・、やっぱり観るのはやめようかな」と思ったのだった。だが、映画が進むに従って、これは結構重い難しいテーマを扱っているんだとわかり、だんだん真剣に見入るようになった。

 映画を観ながら、はらはらし、思わず涙を流す場面もあったが、一方なんか楽しく安心して観ることの出来た映画だったと思う。

 障害そのもののこと、障害を持つ人の医療に関わること、親のこと、ボランティアのこと等、改めて考えさせられた。

 ・・・私がかって仕事で関わった子どもたちの中にも、同じ病気の子がいた。一言では語れない様々な困難の中で、けなげに生きる子どもたちに私に出来るだけの支援はしたつもりだ。・・・ 

 大泉洋演ずる主人公鹿野の障害があっても夢を持ち、困難に立ち向かい明るく精力的に生きる姿に感動した。また、鹿野のボランティアに関わりながら、関わる自分たちが悩み成長していく姿を描いたのはいい。高畑充希と三浦春馬がそういう姿を好演した。二人の初々しい若者らしい名演技で安心してみることの出来たとてもいい映画だった。

 ・・・いい映画はいい。大げさにいうと生きていてよかったと思う一時だ。


「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」
制作年;2018年/上映時間;120分/配給;松竹
<スタッフ>
監督;前田哲/脚本;橋本裕志/原作;渡辺一史/主題歌挿入歌;ポルノグラフィティ
<キャスト>
鹿野;大泉洋/美咲;高畑充希/田中;三浦春馬/高村;萩原聖人/前木;渡辺真起子/父;竜雷太/母;綾戸智恵/田中の父;佐藤浩市/主治医;原田美枝子

2019年1月 8日 (火)

定年後の暮らし 家庭菜園畑を返す

 農協を通して借りていたわずかばかりの家庭菜園の畑を、地主さんの意向でお返しすることになった。土地を業者に売却し、住宅分譲地になるのだという。P1050754一緒に借りていた人たちも畑を返すということで、結構広い土地だ。普通の広さの住宅なら20~30軒ぐらいが建つかな。

 地主さんは、業者が片付けるから畑はそのままでいいよといってくれているが、それでもと思って色々片付けをしている。冬になって枯れた野菜を抜き、畑のあちこちに組み立てていた棚を片付け、耕していたときに出た石を一ヶ所に集めたり。畑の隅に置いてある農具も持ち帰らなければ。

P1050764_2 4月以降工事に入るということで、まだ残っている冬野菜は、そのままにしてある。
 今日はブロッコリとホウレンソウを収穫した。結構立派なものになっていた。ブロッコリは、以前農協の人にこれは品評会に出せるなんていわれたことを思い出した。
 タラノメの木も大きくなって、もう芽を出す準備も出来ているのに切ることになるのか。

 定年後もずっと続けてきた家庭菜園での野菜作り・・・楽しかった。野菜のことを考え無心に体を動かすのは体力的にも精神的にもいい。また、畑の周りの人たちと野菜づくり談義も楽しかった。

 ここでの畑仕事野菜作りも終わりになるかと思うと何か感傷的になってしまった。

2019年1月 7日 (月)

定年後の暮らしは読書三昧 下重暁子「極上の孤独」

 前々から読みたいと思っていた下重暁子の「極上の孤独」、県立図書館で借りようとしたが予約がずっと入っていて何時借りられるかわからないというので、結局購入することになった。出版業界に貢献できたかな。

 下重暁子さんは、NHKの美人アナウサーでフリーになった後、どこかのテレビ業界の重役みたいな人と結婚したという程度しか知らなかった。もう80才を越えていてアクティブに生きており、著書も沢山あるというから驚きだ。

 「孤独を知る人は美しい」といい山口百恵と安室奈美恵を、そして付け加えて「年をとると品性が顔に出る」と、イチロー、中田英寿、美空ひばりなどをあげている。
 特に山口百恵について「山口百恵の落ち着き、自己判断の確かさ、しかもあの若さで人生を切り替えて引退する決断。マイクを静かにステージに置き、華やかな世界に別れを告げたのが21歳の時だった・・・」と述べている。私もこの光景は脳裏に焼き付いている。キリッとしてかっこよかった、美しかった。

 さらにトランプ大統領と比較する中で、ケネディー大統領とオバマ大統領をあげている。「オバマ大統領が、広島を訪れた際、・・・前大統領が発した声明の一語一語に感激した。そこには前大統領が一人の人間として、孤独の中で考え発した、本物の言葉があった・・・」

 ああなるほど、そうかと同感できる内容も多く、非常に読みやすい内容の本だった。曾野綾子さんなんかと同じような世界の方かなと思った。

  ・・・読書はいい。大げさにいうと生きている喜びを感じるときだ。

   「極上の孤独」 下重暁子 幻冬舎新書 2018年12月5日第十一刷発行

2019年1月 1日 (火)

平成31年 元旦の朝・・・

  明けましておめでとうございます!

  皆様方にとって
       今年がよりよい年になりますよう
             心からお祈りしております

   今年もどうぞよろしくお願いいたします

< 元旦の朝・・・ >
 わが家の庭先の南天の真っ赤な実に新春の陽があたり輝いていImgp45781ます。穏やかな日和で、清々しい新年を迎えました。

 お陰様で、家族みんな元気で正月を迎えることが出来ました。今年も家族一同、健康で明るくよい年でありますよう願わずにはおれません。
 私はお雑煮の朝食を早めに食べ、自治会の新年ご互礼会へ出かけました。近所の皆様と新年の挨拶を交わし、道祖神前で地域の安全と安心、平穏、益々の発展を祈ったのでした。その足で、千塚八幡神社に向かい、初詣を済ませました。
 妻は、近くのスーパーやデパートの福袋を買うのだと出かけていきました。

< 元旦に思う > 
 何か世界中がおかしくなっています。戦争やテロ、争い、憎み合いが絶えません。自分の国さえよければいい、自分たちさえよければいいというふうな風潮が益々拡がってきているような気がしてなりません。人権や民主主義が軽んじられ揺らいでいます。 
 日本も同じような傾向です。多くの地元の人が反対していることを強引に押し通そうとする、あの悲惨な状況を生み出した原発の再稼働を進め、ましてや他の国に売ろうと考える、うそがまかり通り、それが認められてしまう。いっこうになくならないオレオレ詐欺、繁華街で群れ浮かれ、関係ない車をひっくり返す。日本はどうなっているのか、どうなってしまうのでしょうか。
 天皇様が退位に際し、戦争のない平成の時代に安堵しているとおっしゃいました。新しい時代は、はたして戦争がない日本であり続けるでしょうか。今まで学び勉強してきた歴史、新聞の記事や投書、テレビラジオのニュース番組などを通してその不安が増しこそすれ減ることはありません。
 新しい時代が始まります。今年が戦争のない世界、平和で平穏な日本に向けて、よいスタートの年になるよう祈らずにはおれません。今年がけっして「戦前」にならないように、息子、かわいい孫たちが戦場にかり出され、そしてやがて日本が戦場になるような方向に絶対進まないように祈り、ささやかでも私に出来ることをしていこうと思う正月です。

<今年も生涯学習、ボランティアに精を出して・・・> 
 私は定年退職後10年が過ぎました。心身ともに健康で過ごしています。(先日行った人間ドックでも、まあまあの成績でした。)
 このブログでもよくふれていますが、近くの公園や河川敷のウオーキング、山歩き、峠歩き、時たまのゴルフなどが健康の秘訣なのでしょうか。また、野菜づくりも気持ちが和らぎます。そういえば今までお借りしていた畑がとうとう住宅分譲地になるということで返却しなければならなくなりましたが、また別の畑を家により近いところで借りることができ、ほっとしています。畑作り野菜作りにも益々精を出していきたいと思います。
 県が推奨している生涯学習の一環で設置している山梨勧学院入学を機会に始めた「キャンパスネットやまなし」で学習講座ボランティアの単位認定が、7年かかってようやく1,000点を超え、先日は山梨県知事名の奨励賞をいただいたところです。今後も1,500点、2,000点に向けて引き続き精進していこうと思っているところです。
 また勧学院25期生の同級生で作ったOBの会が続いており、自主的な学習や研修での学びとその合間の仲間との語らいも楽しいです。同じく27期生OBの山登りのクラブが続いており、写真係として今年も積極的に参加していこうと思っています。 
 さらに六年余り前から始めた甲府城御案内仕隊の観光ボランティア、地域の学校の安全パトロールボランティアも生きがいの一つになっています。
 今まで、長い間勤めてきた仕事に関わり時々請われて続きの仕事をさせていただいてきましたが、この仕事も今年で完全に卒業させていただくつもりです。それでもライフワークとしてきた仕事ですので、これからも注視、見守っていきたいと思っています。

< ブログで日々を綴る・・・ >
 新年早々私のブログ「山と山の花」をご覧いただき、ありがとうございます。ここは、私の趣味の山歩き、山や山の花の写真、アマチュア無線、パソコン、野菜づくり、観光案内をしている甲府城のこと、その他極端にプライベートなこと以外のいろいろなことを気ままに書き込み載せているささやかなブログです。今年も、前述した戦争のない日本に向けて私なりの取り組みもこのブログに記事を載せていきたいとも思っています。
 このブログ「山と山の花」の中の特に山歩き、峠歩き、古道歩きに関わる内容に絞ったブログが、「私の山歩き峠歩き古道歩き」です。結構マイナーなバリエーションルートもあります。経路時間参考資料などできるだけ詳しく既述したつもりです。是非ご覧いただき参考にしてください。(もちろんあくまで参考で、実際歩く時は自己責任でお願いします。)

< ホームページもご覧ください >
 さらにこれらのブログとは別に、私のホームページ「山と山の花、アマチュア無線そしてパソコン」があります。ホームページは、内容的にはこれらのブログと同じようなものですが、山の花の写真や山歩きの記録、アマチュア無線への取り組みの様子などを載せていて、ブログよりはずっと整理した形になっています。
 特に「山と山の花の写真のページ」は、名前になっていることからおわかりのように、私のホームページやブログは、全てこのページからスタート出発広がったもので、自分としてはとても充実していると思っています。ホームページ「山と山の花、アマチュア無線そしてパソコン」は、ブログからリンクしていますので、こちらも是非ご覧ください。

< ご感想、ご意見、コメントを・・・ >
 ご感想、ご意見などコメントをいただくととてもうれしいです。ブログの記事からコメントがいただけるシステムになっています。記事の下の「コメント」をクリックしてくださると書くことが出来ます。ブログは毎日ではないですが、結構頻繁に新しい記事を書いています。

< それでは、あらためて・・・ >
 今年が、皆さまにとって健康で幸多き年となりますよう心からお祈りしております。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

2018年12月25日 (火)

今年も冬菊(寒菊)が咲いている

 我が家の庭で、今年も赤い小さい菊がきれいに咲いている。

 晩秋や初冬の花の少なくなった時期の庭を彩る貴重な花だ。

 冬になっても咲いているので、「冬菊」、「寒菊」、「残菊」、「晩菊」などと色々に呼ばれるそうだ。年を越えて枯れると、「枯菊」に。 

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2018年12月15日 (土)

市川三郷町「新町前遺跡」現地説明会

 市川三郷町の新町前遺跡現地説明会に参加した。場所は、町役場西側、以前町民会館や駐車場、体育館があった場所だ。

 市川は、小学校入学前に町の保育園に近所の同級生の女の子と二人で身延線で遙々通った場所だし、町民会館ではJARL(日本アマチュア無線連盟)山梨県支部の総会や役員会、技術講習会などが頻繁に開催された懐かしい場所だ。そんなこともあって現地見学会に参加したのだ。

 中世(平安時代)の遺跡だという。住居(竪穴建物)が何回も河川氾濫に飲み込まれながらも、その氾濫跡の上にまた新たな住居が出来ているところもあったという説明があった。この辺りは、芦川や笛吹川、釜無川の洪水が頻繁にあった場所なのだろうが、それを乗り越え居住を続けていった昔人のたくましさを感じた。その一方、ある時期突然、何らかの理由で集落ごと誰もいなくなってしまうこともあるのだという。

 住居の中のかまどは、ほとんど東側にあり、この地方特有の西風で煙に巻かれないような工夫だという。また平安時代といえばもっとしっかりとした住居があったのではないかと質問があったが、地方ではこんなものではなかったのだろうかという話であった。

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  <住居跡のかまど付近には素焼きの土器がいっぱいあった>

 峡南地域の新しい高校建設地での発掘で、この跡はなくなり「発掘調査報告書」で残されるのだという。跡がなくなるのは何か寂しい気がするが、遺跡はもっと広く存在するのではないか、その場所はそのまま残されるということで少し安堵したのだった。

         (平成30年12月8日現地説明会)

2018年12月10日 (月)

恒例の忘年山登り 八王子山/白山

<今年最後の勧学院27期生OBハイキングクラブの山歩きは、恒例になった甲府緑ヶ丘公園から八王子山/白山へのハイキングです。その後の忘年会も楽しみです。>

 緑ヶ丘スポーツ公園体育館前の駐車場に車を駐めさせてもらい、朝のミーティングの後ウオーミングアップの準備体操を十分行いました。

 緑ヶ丘公園から湯村山乗越(以前狼煙台があったところ)までは、アスファルトの車道ですが、その道は落葉で隠れていました。落葉の絨毯を踏みしめ気持ちよく登りました。

Imgp45131_2 湯村山乗越からは、いよいよ山道です。今朝も、ウオーキングやトレールランニングの人たちとすれ違いました。「こんにちわ」「気をつけて」「頑張って」と挨拶を交わすのが気持ちがいいです。
 毎年開催されているようですが、トレールランニングのルートになっているようで、矢印の書かれた紙が所々に張ってありました。今年のトレールランニングは、武田神社から積翠寺の方を廻り、中峠口、千代Imgp45441_2田湖、湯村山、湯村温泉というコースらしいです。

 いつも休憩する八王子山頂上手前にある東屋からの眺めは、今日は残念ながらいまいちでした。南アルプスの山々は雲に隠れて見えませんでした。
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 八王子山頂上から甲府の市街を眺め、今日はその先の白山(東屋のあるところ)まで尾根歩きで足を伸ばしました。白山からは千代田湖がよく眺められました。

 風もなく穏やかで、手頃な楽しい山歩きにみんな満足満足で、忘年会会場に向かったのでした。

  (平成30年12月7日歩く)

2018年12月 6日 (木)

山梨百名山「貫ヶ岳」に登る

【 歩 い た 日 】 平成30年12月1日(土)
【コースと時間】 中沢公民館登山口8:30-10:30焼山分岐10:40-11:00貫ヶ岳山頂(897m)11:20-11:40焼山分岐-12:10晴海展望台12:30-焼山分岐-14:10中沢公民館
【 参考にした資料 】
 「 山梨百名山 」 監修山梨県 平成10年3月 山梨日々新聞社 
 「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社

 貫ヶ岳は山梨百名山で、前々から登りたかった山だが、この山域はヤマヒルが沢山いるという情報で、時期をずらして今日の登山となった。

 中沢公民館脇に車を置かせてもらい、舗装道路を200mImgp44681ほど歩き、登山道入口となった。最初は、比較的なだらかな歩きやすい山道だったが、ひたすら登りでそのうち次第に急勾配になっていった。折しもNHKラジオで放送されていた「山カフェ」を聞きながらの登りは、不思議とそれほどつらくなかった。

Imgp44771_2 焼山分岐で、追いかけるように登ってきた中年3人組と一緒に一休み。いただいた柿が美味しかった。分岐から20分ほどで山頂(897m)。山頂はかなり広く藪が切り開かれていたが、眺めはよくなく、木々の合間に富士山がかすかに見えるという感じだった。

Imgp44881 山頂から焼山分岐に戻り更に稜線尾根伝いに進み、50分ほどで晴海展望台。ここの眺めは素晴らしく、富士川、富士宮の街の上に富士山がでんと構えていた。眼下には先ほど出発した中沢公民館まで眺められた。富士山の右側下に愛鷹山があり、その更に右側遙か向こうに駿河湾が見え感激だった。

 今回最初は、晴海展望台から更に先、十国展望台、平治の段、中沢峠と廻り、中沢公民館に戻るつもりだったが、中沢峠手前が通行不可という表示が登山口にあり、晴海展望台で引き返した。またいつか樽峠側から平治の段まで行ってみたい。平治の段は南貫ヶ岳ともいい、貫ヶ岳よりも標高は高いらしい。

2018年11月21日 (水)

紅葉台から山梨百名山「足和田山」に登る

<勧学院の仲間と山梨百名山「足和田山」に登りました。足和田山には、何年か前、文化洞トンネル鳥坂峠側から登ったことがありました。今回は、文字通り紅葉真っ盛りの紅葉台側から登りました。どちらかというとこちらの方がメイン登山道です。>

 紅葉台までは車で行けるようですが、事前の情報収集で舗装してなく結構急な道だということで歩くことにしました。国道から少し入ったところに小さい牧場とお店があり、その脇に駐車場がありました。そこから車道を歩き登ります。歩いて正解で、道の両側の素晴らしい紅葉にみんな大喜びでした。

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 紅葉台では、「展望台」へ上がるのに入場料200円でした。トイレも借りたのでしょうがないかな。さすが眺めは素晴らしかった。富士山は逆光でしたが、これはこれで素晴らしい。西方向に目をやると、青木ヶ原本栖湖の向こうに南アルプスの山々が見えていました。

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 紅葉台からは、東海自然歩道にもなっている山道、紅葉した落ち葉の絨毯を歩きました。小さい四輪駆動の車では登れるかなと思うような割合広い道と、狭い山道が並行して登っているような感じでした。 

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 西湖の向こう側の十二ヶ岳や王岳などが見事に眺められる三湖台を過ぎ、まもなく頂上でした。

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 足和田山は、「五湖台」ともいうのですが、頂上は樹木が繁り河口湖しか見えませんでした。富士山の眺めはいいはずなのですが、残念ながら雲に覆われ見えませんでした。

 鳴沢道の駅のすぐ近くにある「湯らり」で汗を流し、帰路に向かいました。

             (平成30年11月8日登る)


・・・ 思い出の「足和田山」 ・・・

□ 平成19年5月2日 鳥坂峠から山梨百名山「足和田山」へ

 「富士三足」といわれる山が,富士山周辺にあるそうです。愛鷹山と足柄山,そして富士山北麓の足和田山です。

 足和田山に文化洞トンネル,鳥坂峠側から登る人は少ない。どちらかというと裏口登山道のようです。トンネル東側出口にある駐車場からほんのわずかな時間で峠につきます。昔の鳥坂峠は,ちょっと右,毛無山の方へ行ったところにあるようですが、今回は寄りませんでした。
 
 峠から左側に向かい足和田山を目指しますします。しばらく登り,一つのピークを過ぎると山道は下りになり二つめの峠を通過します。(これは峠とはいわず,鞍部というのでしょうか。でも,もしかしたら昔はここも西湖から河口湖へ越えるあるいはその反対の一つの峠だったかもしれないと思ったりします。)

 それから登りはだんだん急になり,ロープなどがある山道を登ります。時々後ろを振り向くと,毛無山や十二ヶ岳,雪頭ヶ岳などが青空をバックに大きくはっきりと見えていました。こんなに後ろを振り向いての山登りも珍しい。

 紅葉台方面からくる山道を合わせると山頂です。富士山がきれいによく見えていました。なんというか富士山らしい富士山,面白みのない富士山といっていいか。五湖台とも表示がしてありましたが,木々に囲まれている方向もあり,五湖は見えませんでした。

 下りは,先ほどの二つめの峠から道を左に取り,ピークを回り込むように鳥坂峠に戻りました。やっぱり下ってきて再び登るというのがいやだったのです,何となく。
 駐車場には,20台ほどの車が留まっていました。みんな毛無山,十二ヶ岳方面に登ったのでしょう。登った山道では2,3組のハイカーに しか逢いませんでしたから。

 足和田山に西方から東海自然歩道沿いに登ってくる道があります。この登り口が紅葉台ですが,この紅葉台まで車で上ったことがあります。もう十何年も前の話ですが,家内と一緒に富士山の写真を撮りにいったのです。
 冬の時季だったようで展望台の赤土が凍って融けてぐちゃぐちゃしていたような記憶があります。その時の写真ははるか昔のことで,散逸してしまったようで,見あたりません。

2018年11月18日 (日)

中部横断道工事現場の見学

 11月18日は「土木の日」だそうだ。漢字で十一月十八日と書くと、なるほどなと思う。今年も11月17日(土)に実施された土木学会山梨会の「土木の日現場見学会」に参加させてもらった。

 今回は、中部横断道工事現場の見学であった。中央道双葉ジャンクションから南は、既に六郷ICまでは完成し、私も何度も利用、走ったことがある。
 そこから先新東名の新清水ジャンクションまで今工事中である。当初平成29年度中には完成ということであったが、難工事が続いているようで今回の見学会でもいつ開通するのかというはっきりとした話は聞けなかった。六郷ICから富沢ICまでは、国土交通省が施工する直轄高速区間だそうで、この区間は走行無料になるそうだ。

 六郷IC先の鴨狩トンネル、中富IC一色トンネル、道の駅なんぶ、富沢IC見学の後、不動沢地区改良工事の見学であった。不動沢地区の工事は、工事現場に入るのに、ものすごい高いところにある仮道路をバスで走った時は怖かった。

 完成間近の鴨狩トンネル
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 中富IC 国道52号線から合流するところ
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 富沢IC料金所も完成間近
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 不動沢地区の工事
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 めったに見ることの出来ない現場、また完成すれば絶対見ることの出来ない場所を見せてもらい大変勉強になり、楽しい一日であった。

2018年11月10日 (土)

天橋立 伊根浦 比叡山 近江八幡 の 旅

<山梨ことぶき勧学院中巨摩学園第25期生同窓会「輝きの会」の今回の旅は、「天橋立」 「伊根浦」 「比叡山」「 近江八幡」 への旅となりました。>

 山梨敷島を5時に出発、中央道、名神高速、北陸道、舞鶴若狭道、京都縦貫道を6時間、ようやく天橋立に到着。天橋立展望台の傘松公園内のレストランで昼食となりました。天橋立は逆光でしたが、いわゆる「天橋立」を眺めることが出来ました。こういう地形景観が何故出来るかひとしきりみんなで話したのでした。

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 その後訪れたのが、伊根浦 。伊根湾めぐりの船に乗り、海にまで迫った二階建ての建物(舟屋というそうです。)が並ぶ景色を眺めることが出来ました。ここは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されているそうです。

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 宿は、全国チェーンの大きなホテルで高台にあるホテルの部屋からは、遠く天橋立が眺められました。

 2日目は、まず紅葉の比叡山延暦寺でした。東塔地域を歩きましたが、国宝根本中堂は10年をかけての大改修中で、外からは眺めることが出来ませんでしたが、中の廻廊を歩き、参拝は出来ました。

 近江八幡では、新町通りを歩き近江商人の暮らしぶりを感じ、風情ある八幡堀を眺めました。

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    (平成30年11月5日~6日)

 

2018年10月29日 (月)

山梨百名山「八紘嶺」に登る

<先日の地元の新聞で、豊岡梅ヶ島林道が7年ぶりに開通したという記事をみて、前々から登ろうと思っていた静岡県境にある山梨百名山の一つ「八紘嶺」に登った。>

【 歩 い た 日 】 平成30年10月25日
【コースと時間】 甲府=(国道52号線)=大城入口=(林道豊岡梅ヶ島線)=安倍峠=八紘嶺登山口(静岡県側)10:00-10:40富士見台10:50-12:20八紘嶺頂上12:40-14:20登山口
【 参考にした資料 】
 「 山梨百名山 」 監修山梨県 平成10年3月 山梨日々新聞社 
 「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社

 国道52号線大城入口から、安倍峠まで約18㎞50分、林道は工事中のところがあったり狭く急な崖ブチを通るところもあり注意して走らないとあぶない。
 安倍峠を通過、少し静岡県側に下ったところにトイレ小屋のある駐車場がありここにも登山口があるようだが、今回は更に下ったところにあるけっこう広く車20台ぐらいは駐められそうな広い駐車場に車を駐める。

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 駐車場のすぐ峠寄りに登山口があった。大勢の登山客が登るらしくよく踏まれた登山道が続く。40分で富士見台。ここからは、綺麗に紅葉した山々の遙か向こうに少し雲に隠れているが雪を被った富士山が眺められた。文字通りの富士見台だ。右側には登ってきた林道が見え、左側には綺麗に紅葉した山肌が見える。その間、見下ろすと小さく町並みや富士川も眺めることが出来た。

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 富士見台からは、所々ロープがある急登があったり、また何回かアップダウンを繰り返し、静岡県側から吹き上がってきた霧の中、ようやく八紘嶺の頂上(1917.9m)に到着した。ここから北へ行くと七面山、西へ行くと大谷嶺(行田山)を経て以前登ったことのある山伏に至るという。

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 雨が降ることはなかろうと思ったが、結構深い霧が周りを取り囲んできたので早めに頂上を後にした。途中からは霧はなくなり、また周りの紅葉を眺めながら、ゆったりとした気持ちで登山口へ向かった。

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2018年10月21日 (日)

霧ヶ峰八島ヶ原湿原を歩き「鷲ヶ峰」に登る

<勧学院の仲間と、草紅葉の八島ヶ原湿原を歩き、鷲ヶ峰に登った。若い頃読んだ新田次郎の小説に、「鷲ヶ峰物語」があった。中身はよく覚えていないのだけれど、その頃からいつかは鷲ヶ峰に登ろうと思っていた。ずいぶん時間が経ったけれど、ようやく念願が叶った。今回は一泊の山旅、素朴で素敵な山の宿「ヒュッテ ジャヴェル」に泊まった。>

 沢渡のヒュッテの駐車場に車を止め、八島ヶ原湿原に向かった。しばらくは車道を、やがて湿原の木道を歩き、草紅葉の八島湿原を半周して西端の大きな看板のある広場に着いた。すぐそばをビーナスラインが通り、ビジターセンターの建物、駐車場が近くにある。(登り口ではわからなかったが、鷲ヶ峰を登りながら、振り返り見下ろしてわかった。)

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 鷲ヶ峰には、八島湿原の西端の広場にある登山口から一時間足らずで登ってしまった。登り始めは、石がゴロゴロしている急登だったが、尾根に登りきると後は何回かの軽いアップダウンで頂上(1,797.9m)に着いた。

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 遙か遠くの山々は頂上近くに雲がかかっていてよく見えなかったが、真下にはビーナスライン、遠くには諏訪湖や諏訪湖周りの町並み(岡谷諏訪だろうか)を眺め下ろすことができた。登る途中からは勿論八島湿原の草紅葉も眺めることができた。

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 この山行きでは沢渡の山小屋に泊まった。「ヒュッテ ジャヴェル」だ。昔からある山小屋だそうで、素敵な山小屋だった。ビーナスラインからちょっと入った沢渡にあり、まあ山小屋というより文字通り「ヒュッテ」という感じだった。1人、数人で静かな山歩きを楽しみたいという人達のためのヒュッテを、というご夫婦のこだわりが感じられた。素敵な山の中のヒュッテで楽しいうれしい一夜を過ごしたのだった。

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2018年10月 8日 (月)

平岩弓枝を読む 「はやぶさ新八御用旅 諏訪の妖狐」

 平岩弓枝の「はやぶさ新八御用旅 諏訪の妖狐」を読んだ。「御宿かわせみ」を読み切り、さて次はと思っていたとき目に入ったのがこの本だ。これも「はやぶさ新八御用旅」というシリーズもので、何冊もあるようだ。またしばらくこのシリーズものを読むことになるかな。

 知っていて読み始めたわけではないのだが、この小説は江戸から甲州街道を下り、甲府、諏訪が舞台だ。甲州街道沿いの今でも残っている知っている地名がいっぱい出てきて、興味をもって楽しく読み進めることが出来た。

 また折しも先日、山梨県立大学地域研究交流センターが開講している「歴史学的に山梨を読み解く」で山梨県考古学協会の新津健先生による「広重の歩いた身延道」の講義があった。
 歌川広重が甲府緑町の依頼で幕絵を描きに甲州へに来たときに身延まで足を伸ばしたという話の中で出て来た地名が、この 「はやぶさ新八御用旅 諏訪の妖狐」に細かく記述されているのだ。

・・・ 「普通、江戸の者が身延諸に参りますには、やはり甲州路を通って、甲府の西青沼町とやら申すところから身延道へ入るのが多いと聞いて居ります」
 藤助があらかじめ江戸を発つ時に持って来たという覚え書きのような紙を懐中から取り出した。
 それによると、確かに甲府の西青沼町を始点にして下石田、清水新居、西条、押越、河藤中島、布施、山神それから釜無川の舟渡しを経て浅原、東南湖、滝沢川を渡って大椚、青柳、鰍沢、箱原、西島、手打沢、切石、八日市場、飯富、下山、東谷、身延でおよそ十里八丁、更にもう一つ甲府からまっすぐ信州へ向けて韮崎へ出て、そこから鰍沢への道を行けば十四里二十一丁余となる。 ・・・

 新津先生の話を踏まえても、この本の記述は全く正確であるといえる。平岩弓枝も調べ取材をしたのだろう。知っている身近な地名、興味のある歴史、古い街道の話が出てくると、次へ次へと楽しく読み進めることが出来ていい。

 「はやぶさ新八御用旅 諏訪の妖孤」平岩弓枝 講談社  第一刷発行2011年5月17日

2018年10月 1日 (月)

NHKテレビ日曜美術館「微笑む仏」を観る

 録画してあったNHKテレビ日曜美術館「微笑(ほほえ)む仏~柳宗悦が見いだした木喰仏~」を観た。以前放送したが見逃していて、ブログ仲間の熊本のらぶさんが教えてくれたものだ。再放送があるということで、さっそく録画しておいた。

 大正時代、私の住む近くの池田村(当時)で民藝を唱えた柳宗悦に見いだされるまで、全く知られていなかった木喰上人、彼が50才を越えてから全国あちこちを廻り人々の願いに沿って沢山の「微笑仏」をつくっていったということに、何か山梨県人として誇りに思ったりもするのだ。

 テレビを観てさすがと思ったのは、映像の素晴らしさと、その取材力だ。映像については、撮影にとてつもなくいいカメラと照明を使っているのだろう。微笑仏(みしょうぶつ)の魅力を余すことなく表現撮影している。
 木喰上人は、北海道から九州まであちこちを廻り微笑仏をつくっていったのだが、その場所あちこちへ取材に行き、番組を作っている。日にちもかかるだろうし、費用もものすごくかかるだろうにと思ったのだ。NHKだから出来ることだと思った。
 木食上人を採り上げてくれ、彼がつくった微笑仏の魅力と素晴らしさを描き紹介したすごくいい番組でうれしくなった。

 あたかも今中富現代工芸美術館で「生誕300年 木食展」が開かれている。全国から集められた沢山の本物の微笑仏が展示されている。私は、先日一度見に行っているのだが、もう一度見に行きたくなった。

 以前、旧下部町丸畑にある木喰の里微笑館へ行ったときのことが、このブログにもアップしてあるのでお読みください。

 「旧下部町丸畑 木喰の里微笑館」
   ↓
 
http://gcd00322.cocolog-nifty.com/hana/2011/03/post-8b52.html

2018年9月21日 (金)

懐かしい映画「シェルブールの雨傘」を観る

 録画してあったNHKプレミアムシネマ「シェルブールの雨傘」を観た。この映画を観るのは、もう何度目になるだろうか。

 冒頭のシーン、真上からの雨傘の撮影アングルで、一つ一つの傘の動きが実に面白い。この後の映画への予感、興味を増しているように思う。映画全編を通しての明るい色調もよい。ミュージカルということもあるのか楽しささえ感じる。

 カトリーヌ・ドヌーブの美しさにため息が出る。後年封切りの「幸せはパリで」も観たが、この「シェルブールの雨傘」の頃のカトリーヌ・ドヌーブには初々しさが感じられ可愛く美しい。

 ソフィア・ローレン主演の映画『ひまわり』と同様、戦争で引き裂かれた男と女の運命の映画だが、この「シェルブールの雨傘」は寂しいけれども、結果的にはどちらかというとハッピーエンドで、これでいいのではと思ったのだった。
 それにしてもギイは、自分で名前をつけた女の娘に一言声を掛ければ更にハッピーエンドで終わったのに(^_^)。

 ・・・いい映画はいい。大げさにいうと生きていてよかったと思う一時だ。

「シェルブールの雨傘」
製作年;1964/製作国;フランス/配給;東和/上映時間;91分
<スタッフ>
監督脚本;ジャック・ドゥミ/音楽;ミシェル・ルグラン
<キャスト>
ジェヌビエーブ;カトリーヌ・ドヌーブ/ギイ;ニーノ・カステルヌオーボ/エムリー夫人;アンヌ・ベルノン/カサール;マルク・ミシェル

2018年9月13日 (木)

武田勝頼終焉の地を訪ねる

Sanmon001 山梨ことぶき勧学院中巨摩学園第25期生同窓会「輝きの会」の今回の活動は、「武田氏の文化遺産 3」で、甲斐市教育委員会の大嶌先生を講師に、甲州市旧大和村方面のフィールドワークとなりました。

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 午前中、甲斐市敷島総合文化会館小講堂で大嶌先生の講義を聞き、午後が現地見学となりました。

 最初に訪れたのが天童山景徳院。景徳院は、いうまでもなく武田家終焉の地であり、家康により勝頼主従の死を弔うために創建された曹洞宗のお寺。
 県指定有形文化財に指定されている山門(三門)を見、そこから右に10mほど行ったところに、勝頼のお墓がありました。勝頼のお墓の右には北條夫人、左には息子信勝のお墓がありました。Seiunji001_2
 ここで自害亡くなった勝頼親子は勿論、多くの家臣が逃亡し背いたなかで最後まで勝頼に従って亡くなった一族家来たちの気持ちを思うと胸が詰まります。

 その後更に奥の栖運寺へ。ここは武田家10代当主武田信満の開基、勝頼は岩殿山をめざしたのに小山田信茂に裏切られ、この武田家由縁の栖運寺に逃れようとしたともいわれています。
 奥にある石園は見るための庭ではなく、修行僧が座禅を組んだ禅庭ということです。
 また、この栖運寺がある木賊地区が「蕎麦切り」の発祥の地ということで境内に碑がありました。

      (平成30年9月11日)

2018年9月10日 (月)

信玄終焉の地 勝頼大敗の地を訪ねる

Kuyoto002_5 甲府城の観光案内ボランティアの仲間と、長野県阿智村駒場と愛知県新城市方面への研修旅行に出かけた。(旅行といっても日帰りだが。)

 阿智村駒場長岳寺は初めて訪れた。駒場は武田信玄が三河野田城から甲斐へ戻る途中で亡くなった場所だ。長岳寺と中央自動車道を挟んで反対側の山の中で没したといわれている。(その場所信玄塚へは今回行かなかった)
Nagasino002 長岳寺には昭和49年武田信玄400年祭の折に 建てられたという十三重塔がある。
 
 新城市ではもちろん長篠設楽原史跡へ。そこでは長篠城籠城戦失敗を岡崎城の家康に伝え戻った後、Singenduka002武田軍に捕らえられて磔になったという鳥居強右衛門のインパクトある看板が迎えてくれた。長篠城では、日本百名城46のスタンプをゲット。

 武田勝頼はここで織田徳川連合軍に大敗した。長篠設楽原の戦いの戦没者15,000人を葬ったという信玄塚を見た。織田徳川軍が築いたという馬防柵もバスの中から見ることが出来た。

      (平成30年9月9日)

2018年8月24日 (金)

思い出いっぱい八ヶ岳「北横岳」へ登る

 久しぶりに八ヶ岳へ登った。今回は北八ヶ岳「北横岳」、四回目になるだろうか。一回は娘息子とも登った山だ。最初登った時に、北横岳北峰頂上から大河原峠や双子山を望み、いつかはあそこへ行こう、登ろうと思った。遙か向こうのずいぶん遠くのように思ったものだが、その後大河原峠にも行き、そこから双子山にも登った。

 子どもたちといったときには、ロープウエイに乗るのに結構長い時間並んで乗った記憶があるが、今回は全く待ち時間無しで乗ることが出来た。以前は、日本ピラタスロープウエイといっていたが、今は「北八ヶ岳ロープウエイ」というそうだ。

 ロープウエイ頂上駅からしばらく坪庭を歩いて北横岳へ向かった。坪庭付近は、散歩の人がほとんどかと思ったが、山道へ入っていく人も大勢いた。家族連れで登っている人も大勢いて、私も子どもたちと登った日々を思い出し、子どもたちに思わずがんばれと声を掛けずにはいられなかった。
 三ッ岳分岐に近くなり振り返ると、坪庭から雨池峠への途中にある青い三角屋根の縞枯山荘が見えていた。

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 北横岳ヒュッテで一休み、山小屋脇にはヤナギランが咲いていた。

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 北横岳ヒュッテからわずかな時間で南峰到着、蓼科山は見えなかったが、南八ヶ岳、南アルプス方向はよく見えた。

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 更にわずかな時間で北峰。やはり大勢の人が休んでいた。一緒に登ったみんなに見せたかった双子山、大河原峠方面は雲で全く見えなくて残念。

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 下山途中、北横岳ヒュッテから二三分の七つ池に寄った。きっと七つあるのだろうが、二つだけ道があり見ることが出来た。本当に静かなたたずまいで寄ってよかった。

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 帰りに昔からの温泉「小斉の湯」に入り、一休みした後、茅野市豊平福沢の「ウバユリ」、「キツネノカミソリ」の群生地を見に寄った。しかし既に遅しで咲いた跡だった。来年は盛りに見に来るぞと思ったのだった。

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                 (平成30年8月17日登る)

・・・ 思い出の八ヶ岳「北横岳」 ・・・

□ 昭和58年9月4日 「北横岳 」「三ッ岳 」「雨池山 」「雨池峠 」「八丁平 」
 昭和58年9月の山行き。日本ピラタスロープウエイ山麓駅から、約10分で山頂駅へ。坪庭、北横岳ヒュッテを経て横岳山頂まで約50分。2480メートルの北峰から遙か大河原峠大河原ヒュッテを眺める。北横岳を戻り、三ッ岳、雨池山を経て雨池峠へ。三ッ岳付近が岩山で意外と厳しく、雨池へは近くに眺めながら、とうとう行けなかった。三角屋根の縞枯山荘の脇を通り、ロープウエイ山頂駅へ。花の写真は、ほとんど撮れなかった。

□ 昭和60年10月21日 「北横岳 」「亀甲池 」「双子池 」「雨池峠 」「八丁平 」
 10時10分ピラタスロープウェイ山頂駅出発。途中七ッ池へ寄って10時45分北横岳山頂。弁当、ゆっくり休む。12時出発、樹林帯の中の急坂を下る。12時40分、亀甲池。池の水が涸れた時に底が亀甲型にひび割れる様からの名だという。1時20分双子池。雌池、雄池畔のダケカンバ、シラビソ、カラマツ林の中を大石川林道に出て歩く。雨池峠を登り縞枯山荘を経て山頂駅へ。冷たい風が、冬間近を伝えていた。

□ 平成5年10月2日 「 麦草峠 」「 大石峠 」「オトギリ平 」「五辻 」「雨池 」
 麦草峠→大石峠→オトギリ平→出逢いの辻→五辻→八丁平→雨池峠→雨池→麦草峠     今回は茶臼山、縞枯山の山麓を一周したという形。約4時間の行程であった。五辻付近では、茶臼山山頂で、休み話している人たちの話し声が聞こえてきていた。ロープウエイの山頂駅近くでは着飾った人たちが賑やかに歩いて戸惑ってしまった。ゆっくりゆっくりの山歩き・・・。天気がよく眺めは抜群、霧ヶ峰、浅間山、遠く北アルプスの山々も。ナナカマド、マイズルソウ、ゴゼンタチバナ・・・。

□ 平成5年10月10日 「北横岳 」
 行きは、諏訪経由。日本ピラタスロープウェイ山麓駅は、祭日で大変混み合っていた。50分ほど行列に並ぶ。11時20分山頂駅出発。坪庭を経て12時30分、頂上。天気がよく、遠く北アルプス槍ヶ岳などもよく見えた。こんなに天気がいい山行きは久しぶりであった。息子、娘といっしょ。

□ 平成7年9月9日 「大河原峠 」「天祥寺原 」「亀甲池 」「双子池 」「双子山 」
 ずっと前、昭和58年9月北横岳から遙か眺めた大河原峠にとうとう立った。大河原ヒュッテ脇を出発10時10分、天祥寺原を下り亀甲池11時05分。双子池(雄池)11時40分、そして双子山山頂12時10分。眺めがいい。お茶、弁当がおいしい。山での至福の時。花の写真を撮りながらゆっくり大河原峠13時10分。ヨツバツガザクラ、マツムシソウ、キオン、ハクサンフウロ、ヤナギラン、コケモモ・・・。

□ 平成8年3月3日 「坪庭 」
 ピラタスロープウェイは、雪山登山の人とスキー客といっしょでごったがえしていた。山頂駅を出たところの温度はマイナス15度、鉄骨の樹氷?ができていた。坪庭は白一色、写真を撮っているグループが沢山いた。クロスカントリースキーで奥に入っていく人々も。北横岳へ向かうツアー客のカラフルな行列が印象的。

2018年7月31日 (火)

「月下美人」咲く

 今年も我が家の玄関先で、月下美人が咲いた。もう何度も書いているが、義父が育てていたのを引き継いで、世話をしてきている。
 強い花だと思う。十分な世話をしているわけでもないが、毎年よく花を咲かせて嬉しくなる。花は全く見事で綺麗だ。
 暗くなって花が開き始め、8時9時頃に満開になる。朝はもう萎んで、昨夜の美しさはない。正に「はかない美」の花だ。

「月下美人」
 学名;Epiphyllum oxypetalum/サボテン科クジャクサボテン属/夜開性/原産地;メキシコ/花言葉;はかない美、繊細、快楽、艶やかな美人

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2018年7月30日 (月)

藤沢周平原作 映画「武士の一分」を観る

 録画しておいた映画「武士の一分」を観た。確か一度映画館で観た記憶があるのだが、ブログに記録がない。そんなはずはないとよく調べたが、結局ブログにはアップしてなかった。ブログにアップするほどの映画でなかったということでもないだろうと、今回観て思ったのだが。

 話はまあ、単純だ。藩主の毒見役で失明してしまった木村拓哉演ずる三村新之丞が、妻の加世が騙されて密通した島田藤弥(坂東三津五郎)と果たし合いをして勝つというお話だ。一度わかれた妻もまた一緒に暮らすようになりハッピーエンドで終わる。

 以前、講演会でお話を聞いたことのある下男の徳平の役をした笹野高史がいい演技をしていた。失礼だが演技とすれば、木村拓哉よりよかったかもしれない。

 剣術の師である木部孫八郎の役を緒形拳が演じていた。この映画が出来た頃は、緒形拳もまだ元気だったのだ。

 藤沢周平の小説と同様、斬り合い果たし合いの場面は、正に真に迫る。この場面では、木村拓哉の演技もなかなかのものだった。

 檀れいもよかったし、安心して楽しく見ることが出来た映画だった。

・・・いい映画はいい。大げさに言うと生きていてよかったと思う一時だ。

「武士の一分」
監督;山田洋次/脚本;山田洋次 平松恵美子 山本一郎/製作;久松猛朗/製作総指揮;迫本淳一/音楽;冨田勲/製作会社;「武士の一分」製作委員会/配給;松竹
出演者;木村拓哉 檀れい 笹野高史 坂東三津五郎 緒形拳 桃井かおり 小林稔侍

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