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2017年11月15日 (水)

「漫画 君たちはどう生きるか」を見る読む

 少年の頃、経済的にも精神的にも我が家は落ち着いておらず、私は不安定な気持ちで日々過ごしていた。年代的にも、心の不安定な頃であったかも知れない。
 そんな中、社会や人間のありよう、人の心のありよう、愛すること、友人について等々、いろいろな意味で私に強い影響を与えた本があった。

 下村湖人の「次郎物語」、井上靖の「あすなろ物語」 ジョルジュ・サンドの「愛の妖精」、ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」など。(少年雑誌、学年雑誌に載っていた概略小説、粗筋物語もあったかも知れない。)
 その中の一冊に、吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」があった。今もどこか我が家の物置の本箱の隅に残っているかも知れない。

 今回この「君たちはどう生きるか」が、漫画化発売されたと聞いて、これは中学生の孫に読ませなければと思って早速買おうとした。ところがあちこちの本屋さんに行って探し聞いてみたが、どこも売り切れ品切れだという。残念というより、こんなに売れているんだ読まれているんだと何かうれしくなってしまった。結局インターネットで、注文取り寄せ、手に入れることができた。

 私が少年の頃、この「君たちはどう生きるか」を読もうとした経緯(いきさつ)や、本の中身は詳しく覚えていないが、上に書いたようにものすごいカルチャーショックであったことは覚えている。
 その頃、どういう気持ちでこれを読んだのだろうか。どんな感想を持ったのだろうか。不安定な私の気持ちを落ち着かせてくれたもの、その後の私の生き方を方向付けてくれたものだったに違いない。

 今回改めて読んでみて、社会の中の自分、友達関係のこと、ものの見方、労働など、ちょうど中学生に読ませたい中身だと思った。私が生まれた10年前1937年に出された本とは思えない、いじめ、貧困など現在に通じる話題もある。いや、本の中身全部が、今の子供たちに伝えたいこと、考えてもらいたいことである。
 大筋は漫画であるが、叔父さんがコペル君に宛てたノートの部分は文章で、3~5ページにわたり文章の部分もある。

 孫がどういう反応を示すか、全部読み切るかどうか、どんな感想を持つかわからないが、「私がおまえと同じ頃、ものすごく感銘を受けた本だよ。」といいながら渡そうと思っている。

  ・・・読書はいい。大げさにいうと生きている喜びを感じるときだ。

 「漫画 君たちはどう生きるか」
   原作:吉野源三郎 漫画:羽賀翔一 マガジンハウス 2017年10月第5刷

2017年11月11日 (土)

紅葉の石空川渓谷を歩く 日本の滝100選「精進ヶ滝」

Syojigataki015_2<勧学院27期生のハイキングクラブの仲間と、紅葉真っ盛りの石空(いしうとろ)川渓谷を歩きました。精進ヶ滝滝見台からは、素晴らしい日本の滝100選「精進ヶ滝」を眺めることができました。帰る途中ファッサマグナ(石空川大露頭)も見学しました。>

【山行日】 2017年11月9日(木)
【 天 候 】 快晴
【コースタイム】
 むかわの湯駐車場=精進ヶ滝入口駐車場9:05~9:25三の滝(見返りの滝)~9:50精進ヶ滝滝見台10:10~フォッサマグナ~11:00精進ヶ滝入口=むかわの湯

Syojigataki003_2 むかわの湯駐車場に集合。乗り合わせて精進ヶ滝林道を精進ヶ滝入口駐車場へ向かいました。駐車場は、紅葉した木々に囲まれ、周りの芝生は色とりどりの落葉で「織る錦」でした。

Syojigatake005_2 駐車場からすぐの入口の吊り橋を渡り渓谷沿いの山道が始まりました。鉄製の橋を幾つか渡り、また鉄製の急な階段を登り、、「一の滝」、「二の滝」、「三の滝」の滝を眺めながら45分、「精進ヶ滝滝見台」へ行き着きました。

Syojigataki001 落差121mという素晴らしい日本の滝100選「精進ヶ滝」の眺めに、みんな歓声をあげたのでした。まわりの山々も黄色く赤く紅葉していました。精進ヶ滝の下方には落差40mの九段の滝も見えました。ここから見るSyojigataki010と精進ヶ滝も九段の滝も一緒になって一つの長大な滝に見えます。
 こんな素敵な滝の眺めがあるなんて、みんな来てよかったよかったと言い合ったのでした。

 帰りに、駐車場すぐの入口の吊り橋の手前にあるフォッサマグナを見学しました。「糸魚川-静岡地質構造線」石空大断層露頭だそうです。勧学院OBだけに、ハイキングに来てまで生涯学習だねと笑い合いました。

2017年10月28日 (土)

阿難坂から山梨百名山「三方分山」へ 初雪化粧の富士山を望む 

【 歩 い た 日 】 平成29年10月26月(木)
【コースと時間】 精進湖他手合浜駐車場8:00-8:10精進集落-9:00女坂峠9:10-10:00三方分山10:15-10:30精進山-11:00三沢峠(精進峠)-12:10根子峠12:35-12:50パノラマ台13:10-13:20根子峠-14:00精進湖畔パノラマ台下バス停-14:05出発地点他手合浜駐車場
【参考にした資料 】
 「 1:25,000地形図 精進 」 平成11年7月 国土地理院
 「 1:25,000地形図 市川大門 」 平成18年11月 国土地理院
 「 新版アタック山梨百名山 」 山梨メープルクラブ 平成22年4月 山梨日々新聞社
 「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社Ananzaka002_4

 精進湖畔他手合浜の駐車場に車を駐め、精進集落から女坂峠(阿難坂)1,215mを目指した。登り道の左、昔精進小学校があったところに大杉を見る。砂防堤を三つ越えると、ジグザグの登りやすい昔の峠道になる。昔、駿河の魚を甲府へ送ったりした中道往還だ。戦国時代、織田信長も徳川家康もこの峠を越えたのだという。頭が欠けた石仏が並ぶ峠へは1時間ほどで到着した。古い峠という雰囲気であった。

 この峠から右へ行くと五湖山を越え山梨百名山王岳方面、左へ登ると三方分山だ。峠の向こう側は芦川への下り道。以前来たときには、草ぼうぼうで古関まで下れるのかなと思うほどであったが、今日見ると綺麗な峠道が下っていた。この峠道をいつか下ることがあるだろうか。

Hujisan002 峠からかなりの急坂を1時間足らずで三方分山(1,422m)へ着いた。山頂は南東方面が切り開かれ、富士山が眺められた。昨日降った雪で初雪化粧の富士山の眺めが素晴らしかった。正に富士山だ。
 この頂上から北へは、蛾ヶ岳を通り、市川大門へ続く昔からのハイキングコースの道が分かれている。途中飯田釈迦ヶ岳へも寄れる。

Fujisan008 山頂から南へ続く尾根を下る。精進山1,409mを通り、45分で三沢峠(精進峠)1,260m、さらに1時間余で根子峠。アップダウンが何回もある結構厳しい山道であった。

 根子峠から15分でパノラマ台(1,320m)へ。Fujisan007三方分山ではほとんど人に会わなかったが、パノラマ台には大勢の人がいてにぎやかであった。
 ここからも、雪化粧の富士山の眺めが素晴らしかった。眼下に精進湖、東方に西湖、河口湖、そして五湖山、節刀ヶ岳、十二ヶ岳などが眺められた。

 湖畔に降り、駐車場までの道からも富士山の素晴らしい眺めがあり、思わず写真を撮ったが、ああこれは絵はがきの写真だなと思わず苦笑い。外国人団体客も、大勢賑やかに富士山にカメラを向けていた。

2017年10月12日 (木)

甲府城から移築された経緯は? 慶長院山門

 甲府駅西、JR中央線横沢ガード(*)を北上、愛宕町下条線を突っ切り横澤通りをしばらく行ったところの左側に、横澤山慶長院がある。Keityoin005曹洞宗のお寺である。

 白壁の美しい参道をまっすぐ進むと正面に古めかしい門が見える。この門が、甲府城の山の手御門から移築した門ではないかといわれている冠木門だ。甲府空襲でも焼けずに残ったといういかにも風格のある黒門である。

 この門、インターネットで調べてみたが、いつ頃、誰に、どういう経緯で移されたのかがよくわからない。先日の街めぐりの案内をしてくれた講師の方の口ぶりもどうもはっきりしない。

 今後引き続き、色々な文献資料を調べてみようと思っている。

(*)このガードは、今工事中で通ることが出来ない。もう三年も交通止めだが、先日の新聞報道では更に3年延長して通行止めが続くという。

2017年10月 5日 (木)

リベンジ 南アルプスの女王 「仙丈ヶ岳」

<仙丈ヶ岳は甲府盆地からは眺めることが出来ない。南アルプス北部にある奥深い山で、標高は3,033m、日本百名山、花の百名山、山梨百名山だ。
 仙丈ヶ岳に、4年前平成25年8月に登った。霧と雨の中の4時間半の登りは、本当にきつかった。頂上からは何も見えなかった。もちろん頂上まで登った満足感もあったし、少しの高山の花の写真を撮ることは出来たが、甲斐駒ヶ岳と比して「南アルプスの女王」といわれているその素晴らしい山の姿や頂上からの眺望を見ることはまったく出来なかった。その時、いつかは晴れた日の眺めのよい時に、絶対再度登ろうと心に決めたのだった。>

【 歩 い た 日 】 平成29年9月30月(土)~10月1日(日)
【 コースと時間 】
<1日目>芦安山岳館7:10=8:10広河原9:00=9:30仙丈ヶ岳二合目コース入口9:40-10:20二合目-11:40四合目-12:10大滝の頭(五合目)-13:15馬の背ヒュッテ13:45-15:00仙丈小屋
<2日目>仙丈小屋6:00-6:40仙丈ヶ岳7:10-8:30小仙丈ヶ岳8:40-9:45大滝の頭(五合目)-11:00二合目-11:30仙丈ヶ岳二合目コース入口-11:40長衞小屋13:00-北沢峠13:30=広河原=芦安山岳館
【参考にした資料 】
 「 1:25,000地形図 仙丈ヶ岳 」 平成24年12月 国土地理院
 「 新版アタック山梨百名山 」 山梨メープルクラブ 平成22年4月 山梨日々新聞社
 「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社

 芦安からバスで約1時間で広河原、そこで小型バスに乗り換え北沢峠に向かう。待ち時間が少しあったので、北岳への入口、有名な吊り橋近くへ行き北岳の写真を撮った。素晴らしい晴天、素晴らしい眺めに、今日の仙丈ヶ岳登山への期待が高まるのだった。

Senjyo010

 北沢峠の200~300m手前林道の北沢長衞小屋へ向かう道の入口のちょうどその反対側に 「仙丈ヶ岳二合目コース入口」がある。小さい川に架かる木で出来た橋を渡り、いよいよ登山開始だ。

Senjyo030

 ゆっくり登る。40分ほどで二合目、ここで北沢峠から尾根沿いに登ってきた道へ合流する。前回は、北沢峠からこの尾根沿いの道を登ってきたのだ。

 二合目から1時間50分ほど林の中の厳しい登りで、五合目「大滝ノ頭」に着いた。前回はここから小仙丈ヶ岳方面に登ったのだが、今回はここから馬ノ背方面に向かう。いくつかの徒渉点、そして藪沢小屋を経て、馬ノ背フィッテに到着。大勢の登り下りの人が休んでいてごった返していた。ここでちょっと遅いお昼を食べた。

 馬ノ背フィッテから、今日の宿泊場所仙丈小屋へ進む。木々の背丈が低くなり、ハイマツになった。振り返ると去年登った甲斐駒ヶ岳が頂上付近に雪があるように白い。正面には仙丈ヶ岳、仙丈小屋が見えてきた。

Senjyo050

Senjyo040

 いつもだったら、こういう風に展望がよいと勢いが出るのだが、今回は厳しい。足がなかなか前に進まない。ほうほうの体でようやく仙丈小屋に着いた。小屋の周りは寒さで我慢が出来ないくらいだったが、中はぬくぬく。生き返る思いだった。

 小屋の外へ出ると、甲斐駒ヶ岳と鋸岳が夕日に輝いていた。鋸岳の向こうには八ヶ岳が見える。

Senjyo060

 遠く北アルプス槍ヶ岳、穂高、中央アルプス御嶽山などなど・・・・眼下には伊那谷の街の灯が瞬きだしていた。
 夜、外にあるトイレに向かう時には、満天の星、寒くなければずっと見ていたいと思うほどだった。

 小屋は満員でごった返し、予約無しの人も含めて一畳に二人ぐらいの床だったが、小屋主の素朴で温かい対応でいい気持ちで過ごすことが出来た。

 朝、仙丈小屋から朝日が当たっている仙丈ヶ岳を見上げる。もう大勢の人が頂上に立っているのが見えた。今日あそこへ登るのだ。無事登り切れるだろうか。冷たい風が強く。リーダーの指示で着られるだけ着て寒くないような服装で出発した。所々霜柱が立っていた。

Senjyo200

 40分ぐらいの登りで頂上着。ちょうどそれほどの人がおらず、周りの眺望を楽しみ、写真も沢山撮ることが出来た。前回登った時には何も見えなかった頂上だが、今回の眺めは素晴らしいの一言に尽きる。苦しい中登ってきてよかった。至福の時だ。
 日本一高い富士山、二番目の北岳、三番目の間ノ岳が並んでいる、めったに撮れない写真も撮った。(残念ながら逆光で上手くは撮れなかったが。)

Senjyo101

Senjyo102

 下りも気を抜かずというリーダーの言葉に気を引き締める。昨夜泊まった仙丈小屋を真下に見て歩く。この辺りが藪沢カールだという。登って来た時と少し違って岩がゴロゴロしている道を下る。時々は岩登りの様な感じで、岩々を乗り越え進むところもあった。途中、思いがけず山道脇に、二匹の雷鳥の姿を見て感激。夫婦かな、親子かな。雷鳥が仙丈ヶ岳で見られるなんて運がよかった。

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 小仙丈ヶ岳で大休憩、ここも眺めのいいところだ。前回来たときには、ここが小仙丈ヶ岳だということもわからないぐらいで通過してしまった。本当に今回はラッキーだった。付き添ってくれたガイドの方々も、「こんなに天気がよくて眺めのよい時は珍しいですよ。」といっていた。

Senjyo020

 無事に登り口の「仙丈ヶ岳二合目コース入口」に到着。そのまま長衞小屋に向かう。長衞小屋のカレーと水のなんと美味しかったことか。

Senjyo022

 帰りは長衞小屋から北沢峠まで20分位歩き、北沢峠からバスに乗った。広河原でジャンボタクシーに乗り換え、芦安へ。

 素晴らしい眺めに恵まれ、前回のリベンジを果たし満足満足の山行きだった。

 
  2013年8月12日の記事 → 日本百名山 山梨百名山「仙丈ヶ岳」

2017年9月26日 (火)

私のブログ「山と山の花」の記事数が1,000件に

 私のこのブログ「山と山の花」の記事数が、今書いているこの記事で1,000件になった。このブログを書き始めたのが、平成14年(2002年)1月5日からだから、15年半年余りで記事数1,000件になったということである。

 多分記事をいっぱい書いてアクセス数も多いブログは他に沢山あるだろうけれども、15年間コンスタントに記事を書き続け、記事数1,000件になったブログはそれほど多くないだろう。結構みんなに読まれ有名になったブログも、いつの間にか更新されなくなりいつの間にかなくなっていたということが多いのだ。

 このブログは、ブログのタイトルにしているように、主に私の山歩きの記録を山や山の花の写真とともに載せているが、その他アマチュア無線、パソコン、野菜づくりのことなどを載せている。最近は、「定年後の暮らしは」というテーマで、読書、映画、甲府城の歴史、生涯学習で学んだことのレポートなど多種多彩の記事のアップになっている。

 少し巾が広がりすぎたかなという感じもあるが、ブログの記事が多方面に渡り頻繁に書かれ載せられているということは、それだけ私が充実した日々を過ごしているということだろう。

 このブログは私が今生きている証なのだ。このブログが書き続けられているということは、私が生きているということなのだ。

 こちらもお読みください → ブログを10年書いてきて

2017年9月25日 (月)

「マイあさラジオ」の『お便り』に癒やされる

 NHKラジオ第一放送「マイあさラジオ」で流される『お便り』には、同感したり小さい感動があったり、楽しく聞いている。不思議と癒やされることが多い。

 もちろんどうゆうお便りを採用するかは、番組制作のスタッフの恣意が入り込むわけだが、それでもスタッフが意図していないあるいは気がついていない内容のお便りなども放送されるのではないかと思う。

 季節の移ろい、地域の話題、家族の動静などが多いが、時には身内の介護のことや障害を持った子供の躾けの苦労など重い内容もあったりする。アナウサーも結論的なことをいわないのがいい。

 まだ起きていない家族がいるので、その他の時間は最低限の音量で聞いているのだが、「お便り」の時は音を大きくして聞いている。

 今朝も「お便りを」楽しみに、「マイあさラジオ」を聞いた。いつかは私も『お便り』を送ってみようかなと思っている。

2017年9月23日 (土)

定年後の暮らしは山登り三昧 山梨百名山「三ッ峠」に登る

<勧学院第27期生OBハイキングクラブの今回の山行きは、岩登りのメッカ山梨百名山「三ッ峠」となった。もちろん私たちは岩登りをするわけではなく、ごく普通のハイキングだ。東京辺りから来る方たちは、富士急線三ッ峠駅から登る人が多くこちらが表登山道のようだが、今回私たちは裏登山道の御坂峠側から登った。今日の記事の最後に、40年ほど前に私がこの三ッ峠に登った時のレポートも載せておいた。その頃はこんな簡単なレポートだった。>

 いつものように北巨摩合同庁舎に集合、車相乗りで、三ッ峠裏登山口金ヶ窪沢登山口に向かった。この登山口の駐車場を三ッ峠と反対方面に行くと、何年か前に登った清八峠を通り山梨百名山「本社ヶ丸」へつながる。本社ヶ丸に登った時は駐車場が満杯で駐めるのに苦労したが、今日は駐車場はガラガラでスムーズに駐められた。Fuji002

 車高の高いジープのような車では登れるかなというほど広い山道を登った。しかし所々かなりの急坂があったり、石がゴロゴロしているところがあったりで、やはり山登りの道だと思った。山荘や頂上付近に沢山ある無線設備鉄塔などのメンテナンスの車が登るのだ。

Mitutoge005 林の中をひたすら登った。尾根に登りきり、急に開けたところにある三ッ峠山荘前では、富士山がよく見えていた。真っ青な青空をバックにというわけにはいかなかったが、やっぱり富士山はいい。

 ロッククライミングの岩場も見えた。昨日のことだか、ここで滑落した人がいてヘリコプターで救助されたとのニュースがあった。岩登りは魅力があるのだろうが、危険と背中合わせなのだ。最近新聞には毎日のように道迷い遭難などの記事が載っている。安全に気をつけて登りたいものだと思う。

 頂上(開運山 1785.2m)には、三角点があり山梨百名山の木標や石の表示盤方位盤など賑やかであった。富士を眺めながらお昼Torikabuto002をという話もあったが、時間が少し早いので北に見える御巣鷹山で食べようということになり先に進んだ。ところが御巣鷹山は、大きな建物と鉄塔が建っているだけで、頂上を示す表示板などもなく眺めもなく、食事をするような場所ではなかった。

 結局最初に富士を眺めた三ッ峠山荘前に戻り、そこでゆっくりお昼とした。

 登りは、1時間半ほどかかったが、下りは1時間ほどで下りきった。下りは余裕で、登山道脇の花々を眺めたり山の四方山話をしながらの楽しい下りであった。
 その後、「みさかの湯」で温泉に入り汗を流したのだった。この「みさかの湯」の庭は、大きなバラ園で季節には綺麗なのだろう、その頃また来てみたいと思った。

                         ( 平成29年9月20日登る )

 ************************

□ 昭和53年8月2日 「三ッ峠 」 □
 御坂旧道は通る車も少なく両側から草木が覆い被さっていた。御坂トンネルは灯もなく真っ暗。トンネルを出たところの天下茶屋は既になく、ちゃちな売店のような建物があるのみ。富士は見えなかった。三ッ峠入口9時。頂上に無線中継所があり、そこまでジープが登るらしく、割合広い道が頂上まで通じていた。稜線に出たのが10時20分。木無山、開運山、御巣鷹山を歩き回り、11時50分下山。

2017年9月22日 (金)

ラジオ深夜便「明日へのことば」 富丘太美子さんの話

 NHKラジオ第一放送のラジオ深夜便「明日へのことば」は、時々早く目が覚めたときなどに聞いている。聞いている人の少ない早朝にはもったいないいい話が多く、私は寝ずにそのままずっと聞いてしまうことが多い。
 ラジオ深夜便は、この「明日へのことば」が終わると、誕生日の花、花言葉の紹介があって終わる。もっともこのすぐ後、「マイあさラジオ」が始まりずっと聞いてしまうのだが。

 今朝のラジオ深夜便「明日へのことば」は、画家富丘太美子さんの「鋳物工場の“美しさ”を描く」というお話であった。どちらかというぼくとつとした素朴な話しっぷりで、決して話がうまいということではないが、実感のこもった、味のあるいい話であった。

 40年間小学校教師をしていたということで、親しみを持って話が聞けたのかもしれない。忙しくて子供たちに十分なことがしてあげられなかったといっていたが、私も同じ思いだ。
 絵は退職する前は、余り描いたことがなかったという。退職後、亡くなった旦那さんがよく絵を画いていて、絵に描かれた工場がどこかと探していて鋳物工場の絵を画くようになったそうだ。

 工場で働いている人たちの邪魔にならないように写真を撮って、それを元に絵にするのだという。話の端々に、工場で誇りを持って真剣に働く人たちへの慈しみの気持ちを感じた。それが素晴らしい絵を描かせているのだろう。
 自分の絵はまだまだ50点だという。100点になるまで描き続けて欲しいと思ったのだった。 

 この放送は、インターネットの「ラジオ深夜便」のホームページで、聞くことが出来るという。大勢の人に聞いてもらいたいものだと思った。

2017年9月18日 (月)

「くろちゃん甲府城つづりⅡ」「豊富郷土資料館のブログ」復活を願う

 私が、このブログ「山と山の花」を書き始めて15年が経った。記事数も1,000件に届きそうだ。我ながらよく続けていると思う。

 さて、よく見ていたホームページやブログが、更新されなかったり閉鎖されてしまったり寂しい思いをすることがよくある。
 以前「峠のむこうへ」というホームページがあり、私の好きな峠歩きの「師匠」でもあった。千田さんという方が書いていたのだが、仕事でも忙しくなったのか何年か前に更新がなくなってしまった。
 それでも、しばらくは観ることが出来、その後も峠歩きの参考にさせてもらっていた。千田さんは山梨県の峠もよく歩き、文献等もしっかり調べての記事は本当に素晴らしいものであった。学術文書のようなときもあった。
 更新がなくなってもしばらく観ることの出来たホームページも、残念ながらやがてホームページそのものがなくなってしまった。

 最近、寂しく残念に思っているのが、「くろちゃんの甲府城つづりⅡ」と「豊富郷土資料館のブログ」の二つのブログが4月以降半年更新がないことだ。

 二つのブログとも、以前は更新が頻繁にあり、内容も大変勉強になり、楽しく読ませてもらった。イベントの告知や実施後の様子の報告などもあり、地域振興、観光振興にもずいぶん役に立っていたのではないかと思う。

 どうも、ブログを書いていた担当者が他部署へ異動してしまったようだ。奇しくもくろちゃんの方が、3月31日「平成28年度最後の日!」、豊富資料館の方が同じ31日「勤務最後の日」という記事を最後に更新がなくなっている。

 担当者が替わってということは、まああることで仕方がないのかも知れないが、なんとか替わりの方が書いてくれないかなと思う。復活を願っている。

2017年9月17日 (日)

「こんなところに甲府城お堀跡」(その13) 朝日二丁目地内 二の堀跡

 正に「こんなところに甲府城お堀跡」だ。いつも通っている北へ一方通行の朝日町通りのちょうど中間辺り、通りの西側「互助センター友の会」の駐車場の奥に「二の堀」跡発見。この駐車場建物の北側の東西の通りも朝日町通りから横沢通りへの抜け道でよく通っている道だ。

Ninohori008 余談になるが、この朝日町通りは、甲府駅北口が出来る前は山梨大学の学生さんが通学でよく通った道だそうだ。昔からの商店街衰退がいわれている中で、現在もハナミズキ祭、夏祭りなどのイベントを開催したりで頑張っている商店街だ。

 この朝日町通りは、よく引き合いに出している山梨県埋蔵文化財センターの「平成甲府城下町絵図」を見ると、「新先手小路」と表記されている。

 写真は、駐車場から西方向を見ているが、堀跡の遙か向こうに見えるのが「魚春寿し」さんである。二の堀は、この魚春寿しさんの建物の下を通り(もしかしたらお堀は埋まっているのかも知れないが)、左(南方向)に曲がりあの御金蔵稲荷のある朝日公園西側の堀跡につながるのだ。

 「こんなところに甲府城お堀跡」(その1)で書いた朝日公園から東側に伸びる二の堀跡がつながってうれしくなってしまった。妻に、「どぶみたいな川や溝を見て廻って何が楽しいの。」と嫌みを言われるが、益々甲府城お堀跡めぐりが面白くなってきた。

 「こんなところに甲府城お堀跡」(その1) → < 朝日町自治会館南 二の堀跡 > 

2017年9月15日 (金)

「こんなところに甲府城お堀跡(その12)」 武田一丁目地内 二の堀跡

・・・ 日本百名城「甲府城」には、お堀が鍛冶曲輪の南、遊亀橋両側に残存する。これが内堀の一部で甲府城で残っている唯一のお堀らしいお堀である。
 甲府城には一の堀(内堀)、二の堀、三の堀があったが、そのほとんどが埋め立てられ当時の様子を知ることは出来ない。それでも、普段よく行っている場所、よく通っている道路の脇など思いがけないところに、川になったり、ちょっとした溝、側溝になったり、また暗渠になったりで、甲府城のお堀跡が市内各地に残っている。・・・
 

 「こんなところに甲府城お堀跡」12回目は、NPO法人つなぐのフットパスに参加しての探索、「武田一丁目地内石橋酒店北 二の堀跡」。Ninohori002_2

 甲府駅北口集合、この辺りが甲府城清水曲輪だという。バス停の脇には石垣跡が残っている。曲輪の北西隅には清水櫓がそびえていたのだろうか。

 愛宕町下条線を朝日町方面に進み、甲府合同庁舎北の信号を右に曲がる。この角には旧法務局の建物があった。今はマンションが建つとかで工事が盛んに進んでいる。

 右に曲がり、北に向かうこの通りが昔の「御手先小路」だそうだ。この道を北に進み、新紺屋小南西の信号手前100m位に、東に向かう狭い道がある。(車は通れない。)、その数m南、今は駐車場になっている空き地と石橋酒店の間の先に側溝が見えた。これが東西に伸びる甲府城第二の堀跡である。

 家と家の間を流れる溝のような感じで、底はコンクリートで固めてある。先の方は草ぼうぼうで、よく見えない。

 山梨県埋蔵文化財センターの「平成城下町絵図」を見ると、ちょうどこの辺りに「堅町口」があったようだ。

 写真)「御手先小路」の道路から数m入ったところ(駐車場脇)で、東を見ている。手前は暗渠になっている。

2017年9月 8日 (金)

山梨百名山「滝子山」に登る

<甲府から国道20号笹子トンネルを出て笹子駅前を通過、左にJR中央線を見て右へカーブするところに、滝子山登山口に行く「吉久保入口」がある。ここを通る度に、何時かは「滝子山」へ登るぞと思ったものだ。しかし、頂上まで結構時間がかかるということで、ずっと後回しになっていた。>

【 歩 い た 日 】 平成29年9月5日(火)
【コースと時間】  甲府6:00=吉久保入口=7:00道証地蔵(登山道入口)7:30-8:55大鹿山分岐(難路・迂回ルート分岐)-迂回ルート-9:30難路・迂回ルート合流-9:45壊れた資材置き場-10:40防火帯上(大谷ヶ丸分岐)-11:10滝子山山頂12:00-難路ルート-14:30道証地蔵(登山道入口)=甲府      ( =~車  -~歩き )
【参考にした資料 】
 1:25,000 地形図「笹子」 平成7年12月  国土地理院
 「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社
 「アタック 山梨百名山」  山梨メープルクラブ編 平成22年4月 山梨日日新聞社

 道証地蔵(登山道入口)先まで林道があり、車で行けるということがわかったことも今回「滝子山」に登ろうと思った理由だ。東京辺りから来る登山客は笹子駅からこの道証地蔵(登山道入口)まで歩くわけだが、車だと1時間ばかり省略することが出来る。道証地蔵(登山道入口)手前に、車数台置ける駐車場がある。

 林道を離れ、登山道入口を下り、早速小谷を橋で渡った。この後、山の斜面をトラバース気味に登ったり、谷沿いに時々川を橋で渡ったり、小さい沢の流れを石伝いに渡ったりで登った。

 途中難路・迂回ルート分岐では、どちらかを行こうか迷ったが、登りは迂回ルートを取ることにした。それほど時間もかからず、まもなく難路ルートと合流、先年の大雪のせいではないかと思われる潰れた資材置場らしきところを過ぎしばらく行ったところで広い防火帯を登るようになった。防火帯の山道脇には、マルバダケブキが沢山咲いていた。

Takigoyama006_3

 防火帯の最上部で大谷ヶ丸からの道を合流、小さい池のそばにある木の祠を過ぎ、右に回り込みながら登るとすぐ頂上になった。頂上の隅っこにヤマハギが咲いていた。

Takigoyama002_2

Takigoyama008_2

 秀麗富嶽十二景に選定されていて、正面に大きく見えるという富士山は残念ながら見えなかったが、南に高川山、鶴ヶ鳥屋山、本社ヶ丸、北に雁ヶ原摺山、黒岳などを眺めることが出来た。

 下りは、難路ルートをとった。文字通り崩壊したすべり落ちそうな砂場の道を横切ったり、岩場を乗り越えたりしながらの気を抜けない下りになった。ただ左の谷には、一枚岩のきれいな水の流れや小さい滝があったりで、あまり苦労を感じなかった。谷沿いの気持ちのいい下りであった。

Takigoyama005

Takigoyama004_2

 以前からずっと登ろう登ろうと思っていた「滝子山」・・・往復6時間にわたる山歩きも何とかこなし、何とも気持ちのいい山行きとなった。

2017年8月25日 (金)

「山梨から登山の魅力を発信!」

 先日(8月19日)、山梨県立文学館講堂で「やまなしですごす『「山の日』シンポジウム」が開催され参加した。国民の祝日となった8月11日「山の日」に、ちなんだ山梨県のイベントだ。キャッチフレーズが「山梨から登山の魅力を発信!」。

 前半で、作家の樋口明雄さんと山岳ガイドの花谷泰広さんの講演があった。お二人とも他県の生まれだが、山梨の山の魅力に惹かれ今は山梨にお住まいだという。自然監視員や山の日アンバサダーもしているとのこと。

 樋口さんの「山に暮らし、山の物語を書く」という講演は、飾らずどちらかというとぼくとつと山の麓で過ごす生活と、そこで書く小説について話しておられた。とても楽しい心の温まるお話だった。書くのは、山岳小説冒険小説ミステリーの傾向のある小説だという。「天空の犬」は、南アルプスを舞台に山岳救助犬とハンドラーの女性警察官の活躍を描いたものだそうで是非読んでみたいものだと思った。

 花谷さんの話の中で、花谷さんが主宰している「ヒマラヤキャンプ」のビデオが放映されたが、これはもう壮絶過ぎて見ていられないくらいだった。若者に(花谷さんもまだ若者だと思うが)、山登りの素晴らしさ、技術を教えようという花谷さんの情熱が感じられた。

 その後の対談コーナーでも、お二人の山が好きだ、山梨の山を愛しているしているという姿勢がひしひしと伝わってきた。司会の方の進行も上手で、山について、山梨の山について楽しいうれしい話し合いになった。

 それにしても山梨の「山の日」のイベントだから、やっぱり8月11日にやった方が趣旨に合っているのにな、と思ったのだった。

2017年8月24日 (木)

もう一度「飯盛山」

<勧学院中北教室第27期生OBハイキングクラブの今回の山行きは、「飯盛山」となりました。クラブでは今までに何回か計画されたのですが、そのたびに雨になり、足場が悪いのではということで、止む無く中止となっていた山行きです。私自身はつい先日登ったのですが、八ヶ岳など雲に隠れて見えませんでしたので、今回は素晴らしい眺望を期待し出かけたのでした。>
 
 先日は、小海線清里駅から歩きましたが、今回は平沢集落まで車、そこから歩き始めました。すぐ平沢峠方面へ車道を分け進むと、すぐ登山道になりました。細い丸太で階段状に作られたとても広い登山道で、むしろ遊歩道という感じでした。よく山へ登っているメンバーによると、つい二三年前地元で整備してくれたのだそうです。
 沢の音を聞きながら歩き林の中の道が終わると、周りが見渡せる広場に出ました。この間来たときには屋根はあるのに中にベンチがない中途半端な東屋でしたが、今回はちゃんといすが設置してありました。ありがたいことです。しばらく休憩です。

 東屋のあるところからも広い登山道が続きます。やがて右方向に、文字通り飯を盛ったような飯盛山が雲の間に見えてきました。次第に眺めのよくなった登山道を進み、しし岩方面からの道を合わせるとすぐ頂上でした。

Meshimoriyama002

 頂上からは、残念ながら今回も、八ヶ岳や南アルプスの山々はどこも雲に隠れ見えませんでした。ちょっと離れた展望台で飯盛山の頂上を眺めながらお昼を食べたのですが、その間にも飯盛山がガスに隠れてしまうこともありました。

 同じ道を下りました。登る時にはあまり気がつかなかったのですが、山の花がいっぱい咲いていて山の花を眺めながらの楽しい下山でした。

<コオニユリ>
Yuri002

<フシグロセンノウ>
Fusigurosenno002

<マツムシソウ>
Matumusiso002

<アサマフウロ>
Furo002

<タカネナデシコ>
Nadesiko002

<ヤマハハコ>
Hahakogusa002

<シモツケ>
Simotuke002_2

 丘の公園の「天女の湯」で汗を流し、ゆっくり休み帰路に向かいました。

    (平成29年8月20日歩く)

2017年8月15日 (火)

奥秩父「ナメラ沢」って?

 先日、日本三大峠の一つ雁坂峠へ登ったときのことだ。雁坂トンネル入口の駐車場に車を駐め、出発の準備をしているところへ、一台の車が到着、二人の若者が私と同じように出発の準備を楽しそうにして、すぐ出発していった。私も準備を終え、舗装の林道をゆっくり歩き後を追う様な形になった。Namerazawa0027

 40分ぐらい歩いた林道終点の橋の上で、二人は休んでいた。ゆっくり登ってきたのにお二人さんずいぶん長い時間休んでいるなと思いながら通り過ごし、私は山道に入った。

 頑強そうな若者だから、すぐ追いついて来て追い越していくだろうなと思いきや、いつまで経っても二人は追いついてこない。どうしてしまっただろかと不思議に思いながら、私は這々の体で雁坂峠に到着。ガスが出ていて期待した眺めもほとんどなく、残念に思いながらしばらく休憩の後下山した。雁坂トンネル入口駐車場に戻った時には、もNamerasawa002う二人が乗ってきた車はなかった。

 峠歩きのレポートを書こうと、ふと思いつき「ナメラ沢」と検索してみた。出るわ出るわナメラ沢沢登りのレポートがいっぱい出て来た。なるほどナメラ沢は奥秩父の沢登りで有名なところだったのだ。そういえば、林道終点からしばらく行ったところに写真のような案内表示板があった。そしてその近くには谷へ降りていく薄い踏み跡があった。

 二人は、ナメラ沢遡行を楽しみ帰って行ったんだと納得したのだった。インターネットには、ナメリ沢を遡り破風山に登り、雁坂峠を下ったというレポートもあり、ああこういう楽しみ方、こういうルートもあったのだと思ったのだった。

2017年8月13日 (日)

今日も峠を行く 日本三大峠「雁坂峠」

【 歩 い た 日 】 平成29年8月10日(木)
【コースと時間】  甲府5:30=6:30雁坂トンネル入口駐車場6:50-7:30林道終点-8:15クツキリ沢出会-(10分休憩)-9:10井戸ノ沢-10:45雁坂峠11:45-12:40井戸ノ沢-13:50林道終点14:00-14:40駐車場=甲府   ( =~車  -~歩き )
【参考にした資料 】
 「ぐるっと山梨市」 山梨県山梨市役所
 「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社
 「アタック 山梨百名山」  山梨メープルクラブ編 平成22年4月 山梨日日新聞社

 日本三大峠(*)の一つ「雁坂峠」を歩いた。雁坂トンネル入口の駐Karisaka001車場に車を駐め、出発の準備。駐車場の奥にあるゲートの脇を抜け、舗装の林道をしばらく歩く。この林道は、亀田林業所というところが作った私有の林道らしい。

 (*)南アルプス三伏峠、北アルプス針ノ木峠、奥秩父雁坂峠

 40分ぐらい歩いて林道の終点。ここから昔の峠道らしいジグザグの比較的歩きやすい道もあるが、石がごろごろの沢を歩いたり、何ヶ所か徒渉するところがあったりで結構厳しいところもある登山道であった。武田信玄の軍用道路であったというし、江戸時代から大正時代にかけては秩父大滝村の繭を塩山の繭取引所に運んだ交易の道だったというが、この峠越えは本当に大変だったろうなと思ったのだった。

 途中わずかだが山の花が咲いていた。

<イワタバコ>

Iwatabako002

<ミヤマオトギリ>

Karisaka004

<シモツケソウ>

Idonosawa002

<ソバナ>

Karisaka006


 時間的に見てもう着きそうだと思ってから、ジグザグの笹原の急な山道が続きへたばりそうになった頃ようやく峠に到着した。ああ、疲れた。Karisaka002

 峠には甲武信岳の方から歩いてきたという山ガールが一人Karisaka003。いろいろ楽しい山談義。この方は、昨日西沢渓谷入口のバス停から戸渡尾根を木賊山に登り、甲武信小屋に泊まり、破風山、雁坂嶺を経てここまで来たのだという。ずっと眺めはなく、雲の中だったそうだ。

 私は本当は、山梨百名山でもある「雁坂嶺」も登りたかったのだが、期待した眺めも全くなく、まだ40分ほどかかるということで今回は諦めたのだった。

 登る時に比べて少し楽な気持ちで峠を下った。林道脇の広場には、ニホンジカの親子がいて心が和んだ。

2017年8月 5日 (土)

山梨百名山「笠取山」に登る

<ブログをFacebookとTwitterに連携してから、私のブログ「山と山の花」を読んでくださる方が増えて嬉しい。これからも大勢の方に私のブログをご覧頂きたいと思っている。今回は、民俗芸能「春駒」で有名な一之瀬高橋から登る山梨百名山「笠取山」の登山レポート。>

【 歩 い た 日 】 平成29年8月4日(金)
【コースと時間】  甲府5:30=6:30柳沢峠=7:00作場平7:20-7:50一休坂分岐-8:50ヤブ沢峠9:00-9:20笠取小屋-雁峠分岐-9:40小さな分水嶺9:50-10:20山梨百名山木標のあるピーク10:40-10:50笠取山山頂-11:05水干分岐-11:20水干-11:40小さな分水嶺12:10-笠取小屋-一休坂-13:20一休坂分岐-13:50作場平=甲府
【参考にした資料 】
 「甲州市ガイドマップ 甲州」 山梨県甲州市役所
 「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社
 「アタック 山梨百名山」  山梨メープルクラブ編 平成22年4月 山梨日日新聞社

 柳沢峠を越える国道411号線は、40年ほど前仕事の関係で毎週行き来した道である。当時とは違って今は、特に塩山側はループ橋が出来たりでずいぶん走りやすくなった。それでも柳沢峠まで1時間かかった。柳沢峠を越え、落合の集落を過ぎたところを左折、一之瀬高橋に進む。新犬切峠を越えてしばらく進むと、作場平に着く。Kasatori006ここが笠取山の登山口だ。車が10台以上駐められる駐車場がある。

 よく整備された広い登山道が続く。沢には木で立派な橋が作ってある。この辺りは東京都の水源林、よく手入れがしてあって気持ちがいい。ありがたいことだ。谷を流れる水も本当に清らかだ。これが大東京の水瓶になっているのだ。

 ヤブ沢峠に出るとなんとここには林道が走っていた。実際車が走っているのだ、新しい輪達があった。笠取林道らしい。多分許可車両しか走れないのだろう。林道を20分ほど歩くと笠取小屋。この小屋も昔からある小屋で、昔は造林小屋だったという。バイオトイレも整備されている。これも水源林関係で作られたのだろう。

Kasatori010 笠取小屋を過ぎるとすぐ雁峠分岐だ。帰ってきてから気がついたのだが、雁峠にもそれほど時間をかけずに行けたようで、ちょっと寄ればよかった。「小さな分水嶺」と名付けられた丘に登る。ここが、多摩川、荒川、富士川の分水嶺だという。

Kasatori002_2 東にはまさに笠をかぶせたような笠取山が見える。登山道がまっすぐ上に向かっている。あの急坂を登るのだろうかと一瞬たじろいだが、頑張って登り始めた。30分ほど急坂を登り切り、山梨百名山の木標のある見晴らしのよいピークに着いた。登りきった達成感Kasatori004に満たされ、気持ちのよい風に癒やされる。これがあるから山に登るのだ。登ってきた道とその先の草原が眼下に見える。残念ながら、遠くに見える山々の頂には雲がかかり、いつもする周りの山々の同定が出来なかった。

Kasatori005 しばらく休んで更に奥へ進むと笠取山山頂(1953m)だ。眺めはない。山頂を東に下ると15分ほどで水干分岐、そこから更に15分ほどで今日の山行きの目的地の一つでもKasatori007ある「水干」。ここが東京湾まで138㎞流れ下る多摩川の水源だそうだ。まさに一滴一滴、水が滴り落ちていた。水干の岩の上には、シモツケが咲いていた。

 「小さな分水嶺」に戻り昼食、おにぎりの美味しいこと。千葉からはるばる来たというご夫婦と楽しい山談義。山歩きの楽しみの一つだ。

 帰りは、笠取小屋からミズナラの天然林の中、一休坂を下った。新しい看板、案内板を建てるという水源林の作業員の方たちが働いていた。ありがたいことだ。「ご苦労様」と声を掛け、軽やかな気持ちで山を下った。久しぶりの楽しい山行きだった。

2017年7月24日 (月)

「塩部遺跡現地見学会」

 先日7月22日開催された甲府「塩部遺跡現地見学会」に出かけた。主催が甲府市教育委員会というのはわかるが、昭和測量株式会社も主催なのだそうだ。実際の遺跡発掘の作業は、一般の会社も請け負って専門的にやっているのだということを初めて知った。土地の所有者である駿台甲府高校も、諸々の協力をしてくれているとのこと、大変ありがたいことだ。今、甲府の上今井にある駿台甲府中学校をここに移転する工事をしているのだそうだ。

P10504211 塩部遺跡は、甲府工業高校の校舎改築時や隣のアルプス通りの開通前の発掘作業でも話題になっていたし、もっというと朝日小学校辺りも塩部遺跡の一部だそうで、ずいぶん広範囲の遺跡なのだ。

 今回は主に古墳時代の集落跡、弓や曲物などの木製品、土器、旧河川跡などが発掘されたとのこと、私が特に興味が引かれたのが周溝住居跡と、河川の跡がいくつも発掘されたことだ。

P10504051 河川の跡については、この辺りが相川の扇状地であり荒川の氾濫原でもあったことから、幾筋もの小川が流れていたことは頷ける。相川扇状地の扇端で水が結構沢山流れていたのではないか。

P10504031 またその幾筋かの川の跡から壊れた沢山の土器が発掘されたという。何らかの都合である時期土器を川に投げ捨てたことがあったのだ。

 大勢の人が見学に来ていた。子供連れの人も多く、子供の社会勉強にということだろうか。夏休みの自由研究の材料にもなるかな。
 それにしても、この暑さには参った。熱中症になる前に、早めに退散した。

2017年7月23日 (日)

霧ヶ峰の「ニッコウキスゲ」

 もう30年も40年も前のこと、行っても行っても辺り一面ニッコウキスゲの花が咲き乱れている光景・・・、今回ハイキングクラブの仲間と霧ヶ峰に行くことになって、そんなおぼろげな光景を思い出したのだった。

Nikkokisuge004

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 霧ヶ峰ビーナスライン車山肩の駐車場は、もう車がいっぱいだったが、タイミングよく何とか駐車できた。駐車場から見上げるとすぐ上の丘の方には、ニッコウキスゲの花がいっぱい見えていた。

 今回はとりあえず車山を目指すことになっていた。駐車場から車山に向けて出発、すぐのところ、ちょっと離れたところに小規模なニッコウキスゲの群生地があった。それを遠くから眺めた後、石がごろごろしている山道を登った。途中、道脇に一輪二輪咲くニッコウキスゲ。、40分ぐらいで車山の頂上(1,925m)に着いた。頂上にはドームの付いた大きな建物があった。その先に車山の向こう側から登ってくるリストの頂上駅がある。

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 以前スキーに夢中になっていた若い頃、冬には何度もここまでリフトで登ってきたことがあった。麓に見えるホテルやロッジが沢山あるところ、私がよく宿泊した「ロッジ山梨」なんてなのはまだあるのだろうか。

 久しぶりの頂上でしばらく休憩、もと来た道を戻った。東京の中学校の一行などともすれ違った。「こんにちわ」という若い元気な声に励まされる。

 駐車場まで戻り、今度は車山肩から強清水、八島ヶ原湿原方面に行く道に入り、進んだ。ほんのちょっと行ったところが、もう素晴らしいニッコウキスゲの群生地だった。みんなで「すごいね、きてよかったね。」と大喜び。他にも見ている人がいっぱい、自由に進めないぐらいだった。

 道の両側には、電気柵が巡らしてあった。鹿の食害を防ぐためだという。そうか、以前は霧ヶ峰一面のニッコウキスゲだったが、鹿に食べられてしまって、この辺りだけになったのかと思ったのだった。今、各地の山の花の群生地だったところがなくなってしまい、鹿などの動物からの花の保護活動が盛んに行われているというが、ここもそうだったのだ。保護活動に取り組んでいる関係者に感謝しながら、あたり一面に咲くニッコウキスゲを楽しんだのだった。

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 霧ヶ峰を下り、麓の茅野市米沢にある「塩壺の湯」(ナトリウム-炭酸水素塩・硫酸塩・塩化物冷鉱泉)で、ゆっくり山歩きの汗を流し、くつろいだ。

    (平成29年7月21日歩く)              

<ニッコウキスゲ>
分類:ユリ科ワスレグサ属/学名:Hemerocallis middendorffii var. esculenta/生育地:山地の草原/分布:北海道から本州の中部地方にかけて
花言葉:心安らぐ人 日々新たに

撮影カメラ ; PENTAX K-7
            レンズ ;  SMCPENTAX-DA 18-55mmAL

2017年7月16日 (日)

庭の花を撮る 「月下美人」

 今年も我が家の庭で「月下美人」が咲いた。夜に花を開き、一晩しか花を咲かせないことで有名な花だ。

Gekka0021

 花言葉が、「はかない美 繊細 快楽 艶やかな美人」 だそうだが、何となく頷けてしまう。

Gekka004

 亡くなった義父が育てていた花で、思い入れの深い花。挿し木で簡単に増え、今は何鉢も咲くようになった。

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 夜8時頃に見た時には半開きだった。夜寝る前10時頃に見に行った時にフラッシュを焚いて撮った写真だ。

 「月下美人」 学名;Epiphyllum oxypetalum/サボテン科クジャクサボテン属/夜開性/原産地;メキシコ/花言葉;はかない美、繊細、快楽、艶やかな美人

  撮影カメラ ; PENTAX K-7
     レンズ ;  SMCPENTAX-DA 18-55mmAL

2017年7月15日 (土)

ゴーヤのささやかな「緑のカーテン」完成

 甲府市地球温暖化対策地域協議会の肝いりで、ささやかだが「緑のカーテンづくり」に取り組んでいる。もう何年もやっているので、「緑のカーテンづくり」のコツはつかんでいるつもりだ。

 甲府市環境センターで「緑のカーテンづくり」セミナーが開かれたのが5月13日、その時配布された苗を我が家の台所の吐き出しの外に植えた。地面を掘ってならし、地植えとした。土はホームセンターで買ってきたものを使った。乾燥防ぎ、雑草抑えの意味でワラを敷いた。

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 その後、角目10㎝のネットを張った。茎が1m位に伸びた頃「摘心」、この作業が「緑のカーテン」を作るために大切な作業だそうだ。ハサミなどですると病気がうつることがあるということで指で摘んだ。

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 その頃から朝夕2回水をたっぷりやった。そして2週間に一回ぐらいこれまたホームセンターで買ってきたゴーヤの肥料を撒くようにした。

 そして今、結構立派な「緑のカーテン」になった。もう屋根の庇に届きそうだ。天井に潜り込んでは上手くないので、上に伸びすぎた茎は切った。

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 ゴーヤの実も沢山なっている。栄養もあるそうで、ジュースにしたり妻に料理に使ってもらおうと思っている。

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 台所の中から見ると、「緑のカーテン」は実に涼しそうだ。真昼はだめだが、朝夕はガラス戸を開けておくと涼しい風が吹き込んで気持ちがいい。

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 冷房を使わないで過ごせることも多い。我が家の「緑のカーテン」も地球温暖化防止にほんのちょっとでも役に立っているだろうか。 

2017年7月 2日 (日)

こんなに綺麗な花が咲くなんて 「サボテンの花」

 トゲのあるどちらかというとまああまりかっこいいとはいえないサボテンから、こんなに綺麗な花が咲くなんて。今日の「庭の花を撮る」は、「サボテンの花」。

 ずっと咲かなかったこのサボテンの花が咲くようになって数年経つ。どちらかというと花段(花壇)の隅っこに、ほっぽってあったという感じなのだが、今になってみるとそれが反ってよかったのかもしれないと思う。花を咲かせるコツは、水をあまりやらないことだという。やるときには、ザッといっぱいやるのがいいのだそうだ。

 現金なもので、花が咲くようになってからホームセンターから買ってきたサボテンの肥料を時々やったり、少し日当たりのよいところへ置き換えたりしている。

 インターネットで調べてみても、細かいサボテンの花の種類、名前はわからないのだが、サボテンのマニアはいっぱいいるのだということがわかった。こんなに綺麗な花が咲くサボテンに夢中になる人が沢山いるということには、私も頷ける様な気がする。

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<サボテン>
科名;サボテン科/英名;Cactus/別名;シャボテン 仙人掌(センニンショウ) 覇王樹(ハオウジュ)/原産地;南北アメリカ大陸/色;赤 ピンク 白 黄 オレンジなど
花言葉;燃える心 偉大 暖かい心 枯れない愛

2017年7月 1日 (土)

庭の花を撮る 「ブルースター」

 今日の「庭の花を撮る」はこのブログでも何度も載せてきているが、「ブルースター」。写真のように花は薄い空色で、目立たないがなんとなく高貴な感じがして私は好きな花だ。

 今咲いているほとんどが簡易ビニールハウスの中で、鉢で冬を越してきたものだが、なかには外の地で冬を越したものもある。結構強いのだ。

 花が終わると大きなさやが出来て、しばらくすると白い綿毛が飛び出て来る。それで瑠璃唐綿(ルリトウワタ)ともいうそうだ。飛び出た種が飛んで行き地面に落ち増えていく訳だ。

 特に春にはアブラムシが付くので、時々オルトランを葉っぱと根元に撒くと、まもなくアブラムシは消える。茎を切ると、牛乳のような汁が出て、手に付くとネバネバして気持ちが悪い。カブれる人もいるそうだ。

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Burusuta002

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Burusuta006

<ブルースター>
キョウチクトウ科・ルリトウワタ属/和名;ブルースター 瑠璃唐綿(ルリトウワタ)/学名;Tweedia caerulea(Oxypetalum caeruleum) /花言葉;幸福な愛 信じあう心

2017年6月25日 (日)

甲府城下町遺跡米蔵跡発掘現場見学会

P10503801_2 山梨県埋蔵文化財センターの甲府城下町遺跡発掘現場説明会に参加させてもらった。(6月24日)大勢の見学の人がいてビックリした。こんなに大勢の人が興味を持っているのだ。勧学院や甲府城御案内仕隊の仲間、知り合いも参加していた。

 場所は、甲府駅前平和通り西側、以前甲府信用金庫本店があったところで、私のこのブログ「こんなところに甲府城お堀跡」でも触れた「たこ公園 二の堀」の東側である。
 この場所の南側の道は、いつも通っている道だ。今日の説明の中で、この道自体、昔の古い道だという。埋蔵文化財センターの平成甲府城下町絵図で見ると、この道が二の堀を渡るところが甲府城の青沼町口になる。

P10503841_2 この辺り一帯は甲府城の武家屋敷があった場所で、ここには甲府城の米蔵があったとされるが、その後幾多の変遷があり監獄になったり病院になったりした場所だという。そしてごく最近になって甲府信用金庫本店になったのだ。今度は県庁関係の立体駐車場になるのだという。

 発掘されたのは、石積み跡、水路とみられる暗渠跡などだ。写真でも矢穴が確認できるがその特徴から江戸時代中期~後期の遺跡ではないかという。石積みは米蔵建物のものとは特定できないということだった。「獄」という字が書かれた皿のかけらも展示されていた。
 私が一番知りたかった二の堀との関連については、この場所の西側で南北に走る土塁状の盛り土が確認されたというが、やはり二の堀の土塁とは今のところ確定は出来ないという。

 写真右上;南西隅にあった石積み 集水升ではないかという
 写真左下;土塁跡ではないか 白い斜めの線があるところ 

2017年6月24日 (土)

千曲川源流を歩く

 勧学院のハイキングクラブの仲間と、千曲川源流を歩いた。高原野菜の畑が延々と続く野辺山、川上村の集落を通り過ごし、千曲川源流入口の毛木平駐車場に着いた。駐車場につく直前には道路脇あちこちにSirobananoimgp1784ベニバナイチヤクソウの群落が見えた。

 毛木平駐車場は正式には、毛木場(もうぎば)駐車場というそうだ。60台は停められる広い駐車場だ。

 駐車場を出発すると、道の両側にはシロバナノヘビイチゴの群落があちこちにあった。最初イチリンソウかなと思ったが、葉っぱを見ると違った。Imgp17441

 青々とした葉の木々の中の道を気持ちよく歩く。十文字峠への道を分けどんどん進むとやがて沢の音が大きく聞こえだしImgp17761た。鳥の声もあちこちから聞こえてきた。沢のすぐ脇の道を歩くようになり、脇から流れてくる小さい川を渡ったりして、ナメ滝に着いた。この辺りが1783mだという表示があった。

 毛木平駐車場からナメ滝までゆっくりゆっくり歩き3時間、今日はここまでということになった。仲間みんなで歩くのだから仕方がないが、本当は千曲川源流水源地標まで行きたかった。

 毛木平駐車場に戻り、ベニバナイチヤクソウの群落を見て回った。まさに花の絨毯だ。「ヘルシーパークかわかみ」で汗を流し、帰路についた。

  (6月16日歩く)

2017年6月23日 (金)

長野川上村毛木平の「ベニバナイチヤクソウ」

 千曲川源流ハイキングに出かけた。ハイキングついては別にレポートをするが、その千曲川源流入口駐車場「毛木平」近辺にベニバナイチヤクソウの素晴らしい群生地があった。

 川上村の集落やあの高原野菜畑を通り過ごし、森林の中に入ると未舗装の道路となる。その辺りから毛木平の駐車場に着くまでの500mほどの道路の、主に右側一帯にベニバナイチヤクソウの群生地がある。駐車場の手前すぐのところで車を降り、花や葉っぱを踏まないように群生地に入った。

 話には聞いていたが、これほどとは思っていなかった。まさに花の絨毯を敷き詰めたような感じだ。仲間と一緒だったので余りゆっくりは写真が撮れなかったが、それでも何枚か撮ることが出来てうれしかった。
 

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             (平成29年6月16日撮影)


<ベニバナイチヤクソウ>
学名;Pyrola asarifolia ssp. incarnata 科名;ツツジ科イチヤクソウ属
花期は6月~7月 北海道、本州の中部地方以北に分布する 亜高山針葉樹林帯の林内に生える多年草 群生することが多い
花言葉;恥じらい

撮影カメラ ; PENTAX K-7   レンズ ;  SMCPENTAX-DA 18-55mmAL

2017年6月21日 (水)

久しぶりの雨に生き返った野菜

P10503621_2 甲府盆地、昨日は久しぶりに雨が沢山降った。日照り続きで困っていた野菜農家、果樹農家もほっとしたことだろう。水が確保できずお田植えが出来ないというニュースもあったが、これで稲作農家もお田植えが出来よかった。

P10503681 今朝畑(家庭菜園だが)に行った。我が家の畑の野菜もまさに生き返ったように生き生きとしていた。日照り続きでジャガイモは小さいまま収穫となってしまい残念に思っていたが、今度は、なす、ピーマン、シシトウなど沢山収穫できるだろう。

 なかなか余裕がなく、これまで日照り続きで暑かったこともあり、草だらけの畑だったが、今朝は珍しく妻も畑へ出て草取りをしてくれて、きれいな畑になりよかった。

写真右上;なす  昨日の雨で土がはね、汚れているがすぐ食べるのには影響ない
写真左下;なかなか大きくならなかったオクラ  急に大きくなった

2017年6月17日 (土)

こんなところに甲府城お堀跡(その11) 中央四丁目地内 二の堀跡

Sawataya002_3 まさに「こんなところにお堀跡」だ。今回は、中央四丁目地内の二の堀跡。端的にいうとかなりの部分がお菓子屋さん老舗澤田屋の建物の下にある。

 城下町東側二の堀で場所的にいうと、このブログの「こんなところに甲府城お堀跡その9 中央二丁目地内 岡島第二駐車場脇」と、「その10 中央四丁目地内 漢方薬局西」のちょうど中間あたりにあることになる。

 つなぐNPOのフットパスに参加させてもらって、その途中で案Sawataya006_2内されたのがこの澤田屋。リニューアル一周年だという澤田屋二階での話でも、お店やお菓子の話などとともに、この建物の下に二の堀があったことに触れていた。工事の際の写真も何点か見せてくれて参考になった。

 さらに驚くことに限定販売のようだが「二の堀」というお菓子まで作って販売しているのだ。甲府やお店に関わる歴史、甲府城やその堀にまで関連づけて商売繁盛に結びつけている姿勢にびっくりしたり感心したり。試食させていただいたが美味しかった。本当は写真も撮ったので載せたいが商標権などにひっかると上手くないので残念だがやめた。(澤田屋のFacebookをご覧下さい。)Sawataya004

 こんな感じで、甲府城の歴史、お堀跡が、甲府の地域の活性化や振興に役に立つのであれば本当にうれしい。私のこのブログ「こんなところに甲府城お堀跡」のねらいに合致する。

* 山梨県埋蔵文化財センターの「平成城下町絵図」を見ると、ちょうどこの辺りに町人地から武家地に入る「八日町口」があったようだ。

 写真上;澤田屋前歩道上にある堀の溝蓋
 写真中;お店の紹介説明で提示された工事中の二の堀跡
 写真下;お店の裏(南)にある水路(二の堀跡)

2017年6月11日 (日)

久しぶりに「飯盛山」へ

<若い頃何度も登った「飯盛山」・・・、先日本当に久しぶりに登った。穏やかに走る小海線に乗るのも久しぶりだった。>

Kurinso002 平日の朝早くということもあるのか小海線清里駅で降りたのは、数人。ごく最近再建されてというあの萌葱の村「ロック」方面でなく、駅前をすぐ左方向に曲がり進む。
 まもなく国道141号線を横切り、下り気味にアスファルト道を平沢集落に向けて歩く。千ヶ滝への道を右に分けると、橋を渡り長野県に入る。少し登り気味に進むと平沢集落だ。
 平沢峠方面へ車道を分け進むと、すぐ登山道になる。細い丸太で階段状に作られたとても広い登山道だ。むしろ遊歩道という感じ。途中登山道脇にクリンソウが咲いていた。林の中の道が終わり、周りが見渡せる広場に出た。屋根はあるのに中にベンチがない中途半端な東屋でしばらく休憩。

Mesimoriyama002 東屋のあったところからも広い登山道が続く。やがて左方向の尾根にレンゲツツジのピンク色が見え、文字通り飯を盛ったような飯盛山が右正面に見えてくる。次第に眺めのよくなった登山道を進む。しし岩方面からの道を合わせるとすぐ頂上だった。Mesimoriyama004

 記憶だとすっきりした独立峰だったような気がするが、北側を見るとすぐそこに同じぐらいの高さの山が見えた。麓から見る場所によっては双耳峰に見えるのではないだろうか。頂上からは、残念ながら八ヶ岳や南アルプスの山々の頂上はどこも雲に隠れ見えなかった。それでも気持ちのよい風の吹く山頂で、360度の展望を楽しんだ。

 下りは、しし岩方面へ。ほとんど平坦な尾根道だった。しし岩(平沢峠)には広い駐車場があり、沢山の車が停まっていた。バスも停まっていて、先ほどすれ違った団体ツアー客かなと思ったのだった。

 しし岩からまたしばらく山道を下り、その後は麓の野菜畑が続く高原のアスファルト道をてくてく野辺山駅へ向かった。

    (平成29年6月9日歩く)


<クリンソウ>
学名;Primula japonica/分類;サクラソウ科 サクラソウ属/開花時期;4~6月/分布;北海道から四国/生育地;山地の湿地や沢沿いなど/花言葉;物思い 幸福を重ねる 物覚えのよさ

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