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2013年12月25日 (水)

「オリンピックの身代金」を観て

 録画しておいたテレビのドラマ「オリンピックの身代金~1964年・夏~」を観た。面白かった。4時間ほど一気に観てしまった。

 もちろんこれはドラマであり実際はなかったことだろうが、華やかなオリンピックの裏で、表にも出ず報道されないこのドラマに描かれたような犠牲や暗い悲しい出来事は結構多かったのだろう。

 このドラマは、今を描いているような気もした。7年後に開かれるオリンピックに向けて様々な施策が進められるのだろう。しかし、その影で犠牲になること、見捨てられる人がないよう祈るのだ。オリンピックがあるのだから、国の安全確保警備充実が必要になるのだから、福祉などの予算は減っても仕方がない、国民みんなが少しぐらいは我慢すべきだ、犠牲があっても仕方がないとかという雰囲気になっていくのではないか、雰囲気を作っていくのではないか。そういう懸念を払拭できない。

 また、特定秘密保護法が公布施行された後は、このドラマのように国民には知らされず表に出ず葬り去られていくような出来事が増えていくのだろうか。オリンピックのような華やかなこと国の施策に水をさすようなドラマ映画は作れない世の中になってしまうのではないかと危惧さえするのだ。特に最近、世の中が戦前回帰の様な気がする・・・というのはいい過ぎだろうか。
 更にいうならば、そのうちにこんなことをブログ・インターネットに書く人間は警察に捕まったりするのではないかとそら恐ろしくなるのだ。

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