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2014年1月10日 (金)

何故スケートが滑れるようになったか

 厳しい寒さが続くこの時季、思い出すこと・・・。私がスケートが結構上手に滑れるようになったのはこんなことがあったからだ。

 小学生の頃、近くの大きなお寺の竹藪の裏の田んぼにスケートリンクがあった。それ以前から毎年冬には集落の子どもたちが中心になってスケートリンクを作っていた。もともと田んぼに残っていた水が凍ったところに、近くの小川からバケツで水を汲んできて撒き、少しずつリンクにしていったのだ。
 誰から指示されるということでもなく、滑りたい一心で作業をした。近くの”にお”の陰には作業に使うバケツやほうきなどが置いてあった。きれいに平らな氷にするために、時々氷の上をほうきで掃いたりした。スケートリンクが少しでも完成すると”下駄スケート”で滑った。
 我が家にも下駄スケートがあった。もう兄たちは遊び滑る年齢ではなくなっていたので、私専用になった。下駄と鼻緒を紐でしっかり足に縛り、転ばないように滑ったが、結構みんな滑って転んだ。それがまた楽しかったのかもしれない。下が田んぼなので氷が割れて落ちることもなく、安全な冬の子どもたちの遊び場だった。

 スケートリンクで、もうひとつ思い出すことがある。新採用で勤めた学校で、冬には校舎の裏にスケートリンクを作っていた。時季になると宿直の男の職員を中心に、夜水を撒き凍らせてリンクを作ったのである。
 宿直室で酒を飲みながら教育談義に花を咲かせ、時々寒い真っ暗な外へ出て作業をした。寒くて辛かった。それでも子どもたちのためにと、ホースで水を撒き続けた。
 そのころもう既に温暖化がかなり進んでいたのか、なかなか十分に凍らせることが出来ず、うまくスケート場にならないこともあったが、それでも子どもたちが休み時間や放課後楽しそうに滑りよろこんでいたのを思い出す。授業の体育の時間はスケートということもあったかもしれない。

 懐かしいスケートに関しての思い出・・・。

 先日孫を連れて県営の屋内スケート場へ行った。もちろん下駄スケートでなく、靴のスケート靴だった。お休みの日ということもあって、スケート場はずいぶん混んでいた。結構若いカップルなどもいて、華やいだ雰囲気だった。時代は変わったが、スケートはまだまだ若者の楽しい冬のスポーツ、娯楽のひとつなのだと嬉しくなった。
 氷も整備されて滑りやすかった。孫も一生懸命練習してまあまあ滑れるようになってよかった。

  雪が降る 私がスキーを始めたのは

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