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2016年6月14日 (火)

峠を行く ドノコヤ峠を越えて芦安鉱山跡を訪ねる

<念願のドノコヤ峠を越え、芦安鉱山跡まで歩いた。聞くに勝る難しい山行きだった。同行引率してくれた芦安ファンクラブのみなさんの援助がなければとても達成できなかった峠越えだった。>

 桃の木温泉より更に奥に送迎のマイクロバスで進む。大雨でもあればとても走れないだろうと思うような河原の中も走る道だ。15分も走っただろうか、車で行ける最終地点のようで広場に何台か車が停まっていて、そこで車から降りる。いよいよ出発だ。全員で準備体操をし、歩き始める。

 流れを右に渡ったり左に渡ったり河原歩きが続く。ごく最近出来たと思P1040164われる立派な砂防堤を過ぎ、歩き始めて30分程で右の尾根に向けて登り始める。この登り口も知っている人でなければわからないかもしれない。小尾根に登り切ったところに、インターネットでよく見た鉄板製の道標があった。この道標はファンクラブの今回同行してくれた隊長さんが10年ほど前に設置したのだという。この後、随所に同じような鉄板製の道標が設置されていた。

P1040172 今回の企画に向けてファンクラブの方々が山道を修理したり新しく造ってくれていただいているようで、それほど難儀をせず登ることができた。やがて大崩ガレを大きく上の方へ迂回して登ることになる。程なく向こう側の南アルプスの山々が見える大尾根に達した。多分夜叉神峠から高谷山を経てドノコヤ峠、唐松峠から櫛形山の方へ抜ける尾根だろうと思った。尾根へ出てしばらく下ったところがドノコヤ峠だった。バスを下りたところからP1040187歩き始めて2時間50分程かかったことになる。(5分10分程休んだ時間を含めて)

 野呂川側は大きく崩れている。以前はここの峠から峠道が直接下ったのだろうが、崩れていてとても降りれるような状況でない。峠から先の高みに登り、そこから下りの道が始まった。

P1040194 しばらくは昔の峠道という感じでジグザグに下っていくと沢に降り立った。これがドノコヤ沢か。強くなった日射しで石や砂の照り返しがあったりで暑い中を、沢の流れを左右に渡ったりしながらかなり下っていったところに鉱山跡を示す大きな岩があった。ドノコヤ峠から1時間程で鉱山跡に着いたことになる)

 沢から登ったすぐのところの石垣で作られた平地でお昼を食べながら、ファンクラブの方の芦安鉱山跡についての話を聞く。その後、鉱山跡を案内してくれた。苔むした石垣で作られた平地を過ぎると、有刺鉄線に囲まれた火薬庫の建物がまだ残っていた。鉱石を選別していらなくなった瓦礫を捨てた場所(ズリ場というらしい)や、圧巻の坑道口も見た。
 残念ながら、私が一番見たかった分校跡は、出発の時間の関係もあり見ることが出来なかった。そうでなくても私はもう歩き廻る力の限界だったかもしれない。P1040205

 帰りに向かいまたドノコヤ沢を登るのだが疲れがたまったのだろうか、足が攣り始め自由に歩けない。ファンクラブの方が攣りにすぐ効く薬を飲ませてくれたり、リュックをしばらくの間背負ってくれたりしてくれて、本当に助かった。おかげでようやくドノコヤ峠に帰り着いた。
P1040228
 峠からは下りで大分楽になったが、しかし落ちれば大けがをするだろうと思われようなガレ場のトラバースが何箇所かあってとても気が抜けない下りが続いた。

 御勅使川の沢へ下りきりホッとした。少し楽になった気持ちで、沢の流れを右へ左へと渡り、ようやく車のところまで辿り着いた。

 最初にも書いたが、芦安鉱山跡に辿り着くのは、正に聞くに勝る難路で遠かった。ファンクラブのみなさんの援助がなければとても行ける場所ではなかった。
 それでも前々から行きたい行きたいと思っていたドノコヤ峠を越え、芦安鉱山跡までなんとか行くことが出来てとてもうれしかった。おまけにファンクラブさんから綺麗な修了証書までいただいた。
 今回の山行きを企画してくれた芦安ファンクラブ、そして同行してくれたファンクラブのみなさんに心から感謝を申し上げる。本当にありがとうございました。

                    ( 平成28年5月22日登る )

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コメント

 丁寧なうれしいコメントをいただき、ありがとうございました。勧学院を担当されているようでご苦労様です。
 このブルグにも書いてありますが、私も2回4年間勧学院に在籍しました。もちろん私は生徒として。充実した4年間でした。その後もその時の同期生と一緒に活動したりしています。その様子もこのブログに時々アップしています。
 是非素晴らしい教室になりますよう益々のご活躍をお祈りしております。「北都留教室の窓」のブログも今後拝見させていただきます。
 以前きっと同じ仕事で精を出していたのでしょう。今後ともよろしくお願いします。またのお越しを、またコメントをお待ちしております。

こんばんは。突然の訪問です。平成28年度から山梨ことぶき勧学院北都留教室を担当しています。県民の皆さんに勧学院について知っていただきたく4月から「ことぶき勧学院北都留教室の窓」というブログを書いています。中北教室でも6月から始めていますので、どれどれと検索していたところこの素晴らしいブログを見つけたわけです。藤沢周平・山の花々、もしかしたら前の仕事も同じかなあ?・・・なんだかうれしくなってコメントを書いています。格調高い文章、深く広い見識に圧倒されます。時々訪問させていただきます。勧学院も30周年。節目の年を迎えます。

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