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2017年9月の8件の記事

2017年9月26日 (火)

私のブログ「山と山の花」の記事数が1,000件に

 私のこのブログ「山と山の花」の記事数が、今書いているこの記事で1,000件になった。このブログを書き始めたのが、平成14年(2002年)1月5日からだから、15年半年余りで記事数1,000件になったということである。

 多分記事をいっぱい書いてアクセス数も多いブログは他に沢山あるだろうけれども、15年間コンスタントに記事を書き続け、記事数1,000件になったブログはそれほど多くないだろう。結構みんなに読まれ有名になったブログも、いつの間にか更新されなくなりいつの間にかなくなっていたということが多いのだ。

 このブログは、ブログのタイトルにしているように、主に私の山歩きの記録を山や山の花の写真とともに載せているが、その他アマチュア無線、パソコン、野菜づくりのことなどを載せている。最近は、「定年後の暮らしは」というテーマで、読書、映画、甲府城の歴史、生涯学習で学んだことのレポートなど多種多彩の記事のアップになっている。

 少し巾が広がりすぎたかなという感じもあるが、ブログの記事が多方面に渡り頻繁に書かれ載せられているということは、それだけ私が充実した日々を過ごしているということだろう。

 このブログは私が今生きている証なのだ。このブログが書き続けられているということは、私が生きているということなのだ。

 こちらもお読みください → ブログを10年書いてきて

2017年9月25日 (月)

「マイあさラジオ」の『お便り』に癒やされる

 NHKラジオ第一放送「マイあさラジオ」で流される『お便り』には、同感したり小さい感動があったり、楽しく聞いている。不思議と癒やされることが多い。

 もちろんどうゆうお便りを採用するかは、番組制作のスタッフの恣意が入り込むわけだが、それでもスタッフが意図していないあるいは気がついていない内容のお便りなども放送されるのではないかと思う。

 季節の移ろい、地域の話題、家族の動静などが多いが、時には身内の介護のことや障害を持った子供の躾けの苦労など重い内容もあったりする。アナウサーも結論的なことをいわないのがいい。

 まだ起きていない家族がいるので、その他の時間は最低限の音量で聞いているのだが、「お便り」の時は音を大きくして聞いている。

 今朝も「お便りを」楽しみに、「マイあさラジオ」を聞いた。いつかは私も『お便り』を送ってみようかなと思っている。

2017年9月23日 (土)

定年後の暮らしは山登り三昧 山梨百名山「三ッ峠」に登る

<勧学院第27期生OBハイキングクラブの今回の山行きは、岩登りのメッカ山梨百名山「三ッ峠」となった。もちろん私たちは岩登りをするわけではなく、ごく普通のハイキングだ。東京辺りから来る方たちは、富士急線三ッ峠駅から登る人が多くこちらが表登山道のようだが、今回私たちは裏登山道の御坂峠側から登った。今日の記事の最後に、40年ほど前に私がこの三ッ峠に登った時のレポートも載せておいた。その頃はこんな簡単なレポートだった。>

 いつものように北巨摩合同庁舎に集合、車相乗りで、三ッ峠裏登山口金ヶ窪沢登山口に向かった。この登山口の駐車場を三ッ峠と反対方面に行くと、何年か前に登った清八峠を通り山梨百名山「本社ヶ丸」へつながる。本社ヶ丸に登った時は駐車場が満杯で駐めるのに苦労したが、今日は駐車場はガラガラでスムーズに駐められた。Fuji002

 車高の高いジープのような車では登れるかなというほど広い山道を登った。しかし所々かなりの急坂があったり、石がゴロゴロしているところがあったりで、やはり山登りの道だと思った。山荘や頂上付近に沢山ある無線設備鉄塔などのメンテナンスの車が登るのだ。

Mitutoge005 林の中をひたすら登った。尾根に登りきり、急に開けたところにある三ッ峠山荘前では、富士山がよく見えていた。真っ青な青空をバックにというわけにはいかなかったが、やっぱり富士山はいい。

 ロッククライミングの岩場も見えた。昨日のことだか、ここで滑落した人がいてヘリコプターで救助されたとのニュースがあった。岩登りは魅力があるのだろうが、危険と背中合わせなのだ。最近新聞には毎日のように道迷い遭難などの記事が載っている。安全に気をつけて登りたいものだと思う。

 頂上(開運山 1785.2m)には、三角点があり山梨百名山の木標や石の表示盤方位盤など賑やかであった。富士を眺めながらお昼Torikabuto002をという話もあったが、時間が少し早いので北に見える御巣鷹山で食べようということになり先に進んだ。ところが御巣鷹山は、大きな建物と鉄塔が建っているだけで、頂上を示す表示板などもなく眺めもなく、食事をするような場所ではなかった。

 結局最初に富士を眺めた三ッ峠山荘前に戻り、そこでゆっくりお昼とした。

 登りは、1時間半ほどかかったが、下りは1時間ほどで下りきった。下りは余裕で、登山道脇の花々を眺めたり山の四方山話をしながらの楽しい下りであった。
 その後、「みさかの湯」で温泉に入り汗を流したのだった。この「みさかの湯」の庭は、大きなバラ園で季節には綺麗なのだろう、その頃また来てみたいと思った。

                         ( 平成29年9月20日登る )

 ************************

□ 昭和53年8月2日 「三ッ峠 」 □
 御坂旧道は通る車も少なく両側から草木が覆い被さっていた。御坂トンネルは灯もなく真っ暗。トンネルを出たところの天下茶屋は既になく、ちゃちな売店のような建物があるのみ。富士は見えなかった。三ッ峠入口9時。頂上に無線中継所があり、そこまでジープが登るらしく、割合広い道が頂上まで通じていた。稜線に出たのが10時20分。木無山、開運山、御巣鷹山を歩き回り、11時50分下山。

2017年9月22日 (金)

ラジオ深夜便「明日へのことば」 富丘太美子さんの話

 NHKラジオ第一放送のラジオ深夜便「明日へのことば」は、時々早く目が覚めたときなどに聞いている。聞いている人の少ない早朝にはもったいないいい話が多く、私は寝ずにそのままずっと聞いてしまうことが多い。
 ラジオ深夜便は、この「明日へのことば」が終わると、誕生日の花、花言葉の紹介があって終わる。もっともこのすぐ後、「マイあさラジオ」が始まりずっと聞いてしまうのだが。

 今朝のラジオ深夜便「明日へのことば」は、画家富丘太美子さんの「鋳物工場の“美しさ”を描く」というお話であった。どちらかというぼくとつとした素朴な話しっぷりで、決して話がうまいということではないが、実感のこもった、味のあるいい話であった。

 40年間小学校教師をしていたということで、親しみを持って話が聞けたのかもしれない。忙しくて子供たちに十分なことがしてあげられなかったといっていたが、私も同じ思いだ。
 絵は退職する前は、余り描いたことがなかったという。退職後、亡くなった旦那さんがよく絵を画いていて、絵に描かれた工場がどこかと探していて鋳物工場の絵を画くようになったそうだ。

 工場で働いている人たちの邪魔にならないように写真を撮って、それを元に絵にするのだという。話の端々に、工場で誇りを持って真剣に働く人たちへの慈しみの気持ちを感じた。それが素晴らしい絵を描かせているのだろう。
 自分の絵はまだまだ50点だという。100点になるまで描き続けて欲しいと思ったのだった。 

 この放送は、インターネットの「ラジオ深夜便」のホームページで、聞くことが出来るという。大勢の人に聞いてもらいたいものだと思った。

2017年9月18日 (月)

「くろちゃん甲府城つづりⅡ」「豊富郷土資料館のブログ」復活を願う

 私が、このブログ「山と山の花」を書き始めて15年が経った。記事数も1,000件に届きそうだ。我ながらよく続けていると思う。

 さて、よく見ていたホームページやブログが、更新されなかったり閉鎖されてしまったり寂しい思いをすることがよくある。
 以前「峠のむこうへ」というホームページがあり、私の好きな峠歩きの「師匠」でもあった。千田さんという方が書いていたのだが、仕事でも忙しくなったのか何年か前に更新がなくなってしまった。
 それでも、しばらくは観ることが出来、その後も峠歩きの参考にさせてもらっていた。千田さんは山梨県の峠もよく歩き、文献等もしっかり調べての記事は本当に素晴らしいものであった。学術文書のようなときもあった。
 更新がなくなってもしばらく観ることの出来たホームページも、残念ながらやがてホームページそのものがなくなってしまった。

 最近、寂しく残念に思っているのが、「くろちゃんの甲府城つづりⅡ」と「豊富郷土資料館のブログ」の二つのブログが4月以降半年更新がないことだ。

 二つのブログとも、以前は更新が頻繁にあり、内容も大変勉強になり、楽しく読ませてもらった。イベントの告知や実施後の様子の報告などもあり、地域振興、観光振興にもずいぶん役に立っていたのではないかと思う。

 どうも、ブログを書いていた担当者が他部署へ異動してしまったようだ。奇しくもくろちゃんの方が、3月31日「平成28年度最後の日!」、豊富資料館の方が同じ31日「勤務最後の日」という記事を最後に更新がなくなっている。

 担当者が替わってということは、まああることで仕方がないのかも知れないが、なんとか替わりの方が書いてくれないかなと思う。復活を願っている。

2017年9月17日 (日)

「こんなところに甲府城お堀跡」(その13) 朝日二丁目地内 二の堀跡

 正に「こんなところに甲府城お堀跡」だ。いつも通っている北へ一方通行の朝日町通りのちょうど中間辺り、通りの西側「互助センター友の会」の駐車場の奥に「二の堀」跡発見。この駐車場建物の北側の東西の通りも朝日町通りから横沢通りへの抜け道でよく通っている道だ。

Ninohori008 余談になるが、この朝日町通りは、甲府駅北口が出来る前は山梨大学の学生さんが通学でよく通った道だそうだ。昔からの商店街衰退がいわれている中で、現在もハナミズキ祭、夏祭りなどのイベントを開催したりで頑張っている商店街だ。

 この朝日町通りは、よく引き合いに出している山梨県埋蔵文化財センターの「平成甲府城下町絵図」を見ると、「新先手小路」と表記されている。

 写真は、駐車場から西方向を見ているが、堀跡の遙か向こうに見えるのが「魚春寿し」さんである。二の堀は、この魚春寿しさんの建物の下を通り(もしかしたらお堀は埋まっているのかも知れないが)、左(南方向)に曲がりあの御金蔵稲荷のある朝日公園西側の堀跡につながるのだ。

 「こんなところに甲府城お堀跡」(その1)で書いた朝日公園から東側に伸びる二の堀跡がつながってうれしくなってしまった。妻に、「どぶみたいな川や溝を見て廻って何が楽しいの。」と嫌みを言われるが、益々甲府城お堀跡めぐりが面白くなってきた。

 「こんなところに甲府城お堀跡」(その1) → < 朝日町自治会館南 二の堀跡 > 

2017年9月15日 (金)

「こんなところに甲府城お堀跡(その12)」 武田一丁目地内 二の堀跡

・・・ 日本百名城「甲府城」には、お堀が鍛冶曲輪の南、遊亀橋両側に残存する。これが内堀の一部で甲府城で残っている唯一のお堀らしいお堀である。
 甲府城には一の堀(内堀)、二の堀、三の堀があったが、そのほとんどが埋め立てられ当時の様子を知ることは出来ない。それでも、普段よく行っている場所、よく通っている道路の脇など思いがけないところに、川になったり、ちょっとした溝、側溝になったり、また暗渠になったりで、甲府城のお堀跡が市内各地に残っている。・・・
 

 「こんなところに甲府城お堀跡」12回目は、NPO法人つなぐのフットパスに参加しての探索、「武田一丁目地内石橋酒店北 二の堀跡」。Ninohori002_2

 甲府駅北口集合、この辺りが甲府城清水曲輪だという。バス停の脇には石垣跡が残っている。曲輪の北西隅には清水櫓がそびえていたのだろうか。

 愛宕町下条線を朝日町方面に進み、甲府合同庁舎北の信号を右に曲がる。この角には旧法務局の建物があった。今はマンションが建つとかで工事が盛んに進んでいる。

 右に曲がり、北に向かうこの通りが昔の「御手先小路」だそうだ。この道を北に進み、新紺屋小南西の信号手前100m位に、東に向かう狭い道がある。(車は通れない。)、その数m南、今は駐車場になっている空き地と石橋酒店の間の先に側溝が見えた。これが東西に伸びる甲府城第二の堀跡である。

 家と家の間を流れる溝のような感じで、底はコンクリートで固めてある。先の方は草ぼうぼうで、よく見えない。

 山梨県埋蔵文化財センターの「平成城下町絵図」を見ると、ちょうどこの辺りに「堅町口」があったようだ。

 写真)「御手先小路」の道路から数m入ったところ(駐車場脇)で、東を見ている。手前は暗渠になっている。

2017年9月 8日 (金)

山梨百名山「滝子山」に登る

<甲府から国道20号笹子トンネルを出て笹子駅前を通過、左にJR中央線を見て右へカーブするところに、滝子山登山口に行く「吉久保入口」がある。ここを通る度に、何時かは「滝子山」へ登るぞと思ったものだ。しかし、頂上まで結構時間がかかるということで、ずっと後回しになっていた。>

【 歩 い た 日 】 平成29年9月5日(火)
【コースと時間】  甲府6:00=吉久保入口=7:00道証地蔵(登山道入口)7:30-8:55大鹿山分岐(難路・迂回ルート分岐)-迂回ルート-9:30難路・迂回ルート合流-9:45壊れた資材置き場-10:40防火帯上(大谷ヶ丸分岐)-11:10滝子山山頂12:00-難路ルート-14:30道証地蔵(登山道入口)=甲府      ( =~車  -~歩き )
【参考にした資料 】
 1:25,000 地形図「笹子」 平成7年12月  国土地理院
 「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社
 「アタック 山梨百名山」  山梨メープルクラブ編 平成22年4月 山梨日日新聞社

 道証地蔵(登山道入口)先まで林道があり、車で行けるということがわかったことも今回「滝子山」に登ろうと思った理由だ。東京辺りから来る登山客は笹子駅からこの道証地蔵(登山道入口)まで歩くわけだが、車だと1時間ばかり省略することが出来る。道証地蔵(登山道入口)手前に、車数台置ける駐車場がある。

 林道を離れ、登山道入口を下り、早速小谷を橋で渡った。この後、山の斜面をトラバース気味に登ったり、谷沿いに時々川を橋で渡ったり、小さい沢の流れを石伝いに渡ったりで登った。

 途中難路・迂回ルート分岐では、どちらかを行こうか迷ったが、登りは迂回ルートを取ることにした。それほど時間もかからず、まもなく難路ルートと合流、先年の大雪のせいではないかと思われる潰れた資材置場らしきところを過ぎしばらく行ったところで広い防火帯を登るようになった。防火帯の山道脇には、マルバダケブキが沢山咲いていた。

Takigoyama006_3

 防火帯の最上部で大谷ヶ丸からの道を合流、小さい池のそばにある木の祠を過ぎ、右に回り込みながら登るとすぐ頂上になった。頂上の隅っこにヤマハギが咲いていた。

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 秀麗富嶽十二景に選定されていて、正面に大きく見えるという富士山は残念ながら見えなかったが、南に高川山、鶴ヶ鳥屋山、本社ヶ丸、北に雁ヶ原摺山、黒岳などを眺めることが出来た。

 下りは、難路ルートをとった。文字通り崩壊したすべり落ちそうな砂場の道を横切ったり、岩場を乗り越えたりしながらの気を抜けない下りになった。ただ左の谷には、一枚岩のきれいな水の流れや小さい滝があったりで、あまり苦労を感じなかった。谷沿いの気持ちのいい下りであった。

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 以前からずっと登ろう登ろうと思っていた「滝子山」・・・往復6時間にわたる山歩きも何とかこなし、何とも気持ちのいい山行きとなった。

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