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2017年10月12日 (木)

甲府城から移築された経緯は? 慶長院山門

 甲府駅西、JR中央線横沢ガード(*)を北上、愛宕町下条線を突っ切り横澤通りをしばらく行ったところの左側に、横澤山慶長院がある。Keityoin005曹洞宗のお寺である。

 白壁の美しい参道をまっすぐ進むと正面に古めかしい山門が見える。この門が、甲府城から移築した門ではないかといわれ、甲府空襲でも焼けずに残ったいかにも風格のある黒門である。

 この門、インターネットで調べてみたが、いつ頃、誰に、どういう経緯で移されたのかがよくわからない。先日参加した街めぐりの案内をしてくれた講師の方の口ぶりもどうもはっきりしない。

 今後引き続き、色々な文献資料を調べてみようと思っている。

(*)このガードは、今工事中で通ることが出来ない。もう三年も交通止めだが、先日の新聞報道では更に3年延長して通行止めが続くという。


<追記(H30.3.25)> 
 先日参加したある講習会の講師も、慶長院の山門について甲府城から移築されたとの説についてどうもはっきりしない、郭内の入口にあった沢山の町口にあった門の一つが移築されたという説もあると述べられていた。

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