サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

カテゴリー

にほんブログ村ランキング参加中

« 思い出いっぱい八ヶ岳「北横岳」へ登る | トップページ | 武田勝頼終焉の地を訪ねる »

2018年9月10日 (月)

信玄終焉の地 勝頼大敗の地を訪ねる

Kuyoto002_5 甲府城の観光案内ボランティアの仲間と、長野県阿智村駒場と愛知県新城市方面への研修旅行に出かけた。(旅行といっても日帰りだが。)

 阿智村駒場長岳寺は初めて訪れた。駒場は武田信玄が三河野田城から甲斐へ戻る途中で亡くなった場所だ。長岳寺と中央自動車道を挟んで反対側の山の中で没したといわれている。(その場所信玄塚へは今回行かなかった)
Nagasino002 長岳寺には昭和49年武田信玄400年祭の折に 建てられたという十三重塔がある。
 
 新城市ではもちろん長篠設楽原史跡へ。そこでは長篠城籠城戦失敗を岡崎城の家康に伝え戻った後、Singenduka002武田軍に捕らえられて磔になったという鳥居強右衛門のインパクトある看板が迎えてくれた。長篠城では、日本百名城46のスタンプをゲット。

 武田勝頼はここで織田徳川連合軍に大敗した。長篠設楽原の戦いの戦没者15,000人を葬ったという信玄塚を見た。織田徳川軍が築いたという馬防柵もバスの中から見ることが出来た。

      (平成30年9月9日)

« 思い出いっぱい八ヶ岳「北横岳」へ登る | トップページ | 武田勝頼終焉の地を訪ねる »

」カテゴリの記事

甲府城・歴史」カテゴリの記事

コメント

 私も木喰上人には以前から興味をもっていました。NHKでも取り上げられたようで見ればよかったと思っています。
 今身延町なかとみ現代工芸美術館で「生誕300年 木喰展」が開かれていて見に行ってきました。レプリカではなく全国から集められた本物の沢山の仏像を見て感激でした。
 以前、旧下部町丸畑にある木喰の里微笑館へ行ったときのことがこのブログにもアップしてあります。よろしかったら、読んでください。

 「旧下部町丸畑 木喰の里微笑館」
   ↓
 http://gcd00322.cocolog-nifty.com/hana/2011/03/post-8b52.html

Tsukaさま、おはようございます。
お元気でしょうか。

武田家の歴史には疎いのですが、勝頼をもって武田家が終焉を迎えることは知識として知っていました。
新宿から甲府に向けて初めてあずさに乗ったとき、途中の駅で(駅名は定かではありません)「武田家終焉の地」という大きな看板が目に入り、なんだか山梨の方々の信玄愛をみたような気がしました。甲府に着いたら、ちょうど信玄公祭りの前で、街中に信玄公の文字があふれていました。お城もお祭りののぼりがたくさんありました。

ところで、今朝の「日曜美術館」で、木喰のことが取り上げられていました。円空に似た微笑仏だなあと思って、観ていましたが、円空とは違う独特の魅力に引き込まれてしまいました。
木喰は、身延町の生まれで、身延町には展示館もあるよとのこと。興味がわきました。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 信玄終焉の地 勝頼大敗の地を訪ねる:

« 思い出いっぱい八ヶ岳「北横岳」へ登る | トップページ | 武田勝頼終焉の地を訪ねる »

お薦めサイト

大蔵経寺山

  • 10-石和の町並み
     平成16年12月11日、初冬の穏やかな一日、積翠寺岩堂峠から大蔵経寺山へ登ってきました。

桜峠

  • 芦川北陵西端の山々
     平成17年1月29日、芦川北陵西端浅間山から桜峠を歩いてきました。  落ち葉の海を歩き、一面のカヤの原を越えて桜峠に行き着きました。  小さい頃からずっと眺めてきた山々です。

山と山の花セレクション

  • マツムシソウ
     山登り山歩きの折、撮りためて来た写真を主に「山と山の花セレクション」をまとめました。ご覧ください。

続 山と山の花セレクション

  • ミヤマシャジン
     山歩きの折に撮った山と山の花の写真・・・「続 山と山の花」です。ご覧ください。
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30