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2019年9月30日 (月)

「こんなところに甲府城お堀跡(その23)」 三の堀跡 山神社付近

 「こんなところに甲府城お堀跡(その22)」をアップしてしばらくして、地元の新聞「山梨新報」に大変興味ある記事(*)が載った。私の書いた内容(< >内)を、まったくフォローしてくれるような記事だった。甲府城二の堀と三の堀に囲まれた場所に、職人が大勢住んでいたことがわかる。

(*) 「小江戸甲府 城下町の昔を訪ねる 6」山梨新報社発行「山梨新報」令和元年9月27日付

<・・・江戸時代に甲州街道宿場本陣があった柳町から今の遊亀通りを南進、レトロな旧商工会議所(*-1)の角を左折すると鍛治町通り(*-2)に入り、更に進むと桶屋町通り(*-3)となる 新月院前の信号を過ぎると開運橋を渡る。Imgp68291 この開運橋の下を南から北に流れているのが三の堀跡(濁川)だ。・・・橋の手前左側には山神社(*-4)があり、その横の三の堀跡の上に建物が建っている。・・・ >

(*-1)この「レトロな旧商工会議所」の建物は、現在は「甲府法人会館」で、大正15年に「甲府商工会議所」ビルとして立てられた山梨県最古の近代ビルだ。
(*-2)鍛冶職人が道路の両側に多く住んでいた町である。鍛冶職人は、主に桑や鎌といった農具を作っていた。
(*-3)桶屋町には桶や樽を作る職人が集まっていた。たらいや醤油、酒の醸造樽、棺桶まで作っていた。
(*ー4)山の神である大山衹命を祀っている。桶職人は材木を扱うため山の神への信仰が篤かったのだろう。桶屋町から出る木屑は製糸工場や銭湯の燃料としてリサイクルされた。

写真)山神社際三の堀跡の上にある建物の北方向を撮る。この先で右(東)にクランクしているのがわかる。

 

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甲府城・歴史」カテゴリの記事

コメント

 以前山梨では、山梨日日新聞と山梨時事新聞の日刊新聞がありましたが、シェア争いで(多分)山梨時事新聞は廃刊、それを引き継いで週刊で山梨新報が発行されています。山梨日日新聞以外の朝日新聞などに添付、無料で配達されているようです。
 山梨新報はUTYテレビ系列です。ちなみに山梨日日新聞はYBSテレビ系列です。

おはようございます。

このTsukaさまの記事の中に、「山梨新報」という初めて目にする言葉があり、調べてみたところ、地元密着型の週刊紙ということが分かりました。ネットでも読めるようなので、ときどき見てみようと思います。

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