サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

カテゴリー

にほんブログ村ランキング参加中

« 続々 佐伯泰英「居眠り磐音」を読む  とんでもない展開に | トップページ | 「こんなところに甲府城お堀跡(その23)」 三の堀跡 山神社付近 »

2019年9月22日 (日)

こんなところに甲府城お堀跡(その22) 北へ進む三の堀跡 山神社付近

< 日本100名城に数えられる「甲府城(舞鶴城)」には、お堀が鍛冶曲輪の南、遊亀橋両側に残存する。これが内堀の一部で甲府城で残っている唯一のお堀らしいお堀である。P1040573 甲府城には内堀(一の堀)、二の堀、三の堀があったが、そのほとんどが埋め立てられ当時の様子を知ることは出来ない。それでも、甲府市内の普段よく行っている場所、よく通っている道路の脇など思いがけないところに、川になったり、ちょっとした溝、側溝になったり、また暗渠になったりで、甲府城のお堀跡が市内各地に残っている。>

 江戸時代に甲州街道宿場本陣があった柳町から今の遊亀通りを南進、レトロな旧商工会議所の角を左折すると鍛治町通りに入り、更に進むと桶屋町通りとなる。Imgp68261 新月院前の信号を過ぎると開運橋を渡る。この開運橋の下を南から北に流れているのが三の堀跡(濁川)だ。

Imgp68281市内の側溝や川はみんな、北から南に流れているのに、ここは南から北に流れている。人工の工作物であることがわかる。

 橋の手前左側には山神社があり、その横の三の堀跡の上に建物が建っている。Imgp68241 地区の集会場のような感じである。公共の建物故、河川の上に建てることが許されているのだろうか。その建物の下を北に三の堀跡は流れている。その先3回ほどクランクして、以前記述した「深町河岸跡」辺りに至る。

 写真左上)甲府城内堀 遊亀橋南端から西方向を撮る
 写真右上)桶屋町通り開運橋から南方向を撮る
 写真右下)三の堀跡に架かる開運橋と堀の上にある建物
 写真左下)山神社際堀跡の上の建物の北方向を撮る

« 続々 佐伯泰英「居眠り磐音」を読む  とんでもない展開に | トップページ | 「こんなところに甲府城お堀跡(その23)」 三の堀跡 山神社付近 »

甲府城・歴史」カテゴリの記事

コメント

 コメントありがとうございます。

 強風が吹き荒れ、ある面慣れていなかったということもあり、千葉県の台風災害は大きく大変のようです。

 今調査中で、はっきりしたらブログにも書こうかと思っているのですが、朝日町辺りの二の堀跡も濁川なのだそうです。一級河川です。

 就活大変ですね。いい結果が出ますように。お会いして親しくお話をしましたから気になります。

Tsukaさま、おはようございます。

三連休、台風に翻弄されました。
熊本は大きな被害はなかったのですが、先月の台風と同じく、宮崎は大変だったようです。

さて、お堀跡シリーズですね。お堀跡なのに濁川のネーミングは、やはりふさわしくありませんよね(^^;)

息子が就職試験のために帰ってきています。(まだ就職が決まっていません!)
どうなるのか心配です。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 続々 佐伯泰英「居眠り磐音」を読む  とんでもない展開に | トップページ | 「こんなところに甲府城お堀跡(その23)」 三の堀跡 山神社付近 »

お薦めサイト

大蔵経寺山

  • 10-石和の町並み
     平成16年12月11日、初冬の穏やかな一日、積翠寺岩堂峠から大蔵経寺山へ登ってきました。

桜峠

  • 芦川北陵西端の山々
     平成17年1月29日、芦川北陵西端浅間山から桜峠を歩いてきました。  落ち葉の海を歩き、一面のカヤの原を越えて桜峠に行き着きました。  小さい頃からずっと眺めてきた山々です。

山と山の花セレクション

  • マツムシソウ
     山登り山歩きの折、撮りためて来た写真を主に「山と山の花セレクション」をまとめました。ご覧ください。

続 山と山の花セレクション

  • ミヤマシャジン
     山歩きの折に撮った山と山の花の写真・・・「続 山と山の花」です。ご覧ください。
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30