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2019年10月28日 (月)

佐伯泰英「居眠り磐音」を読む(その4) 大月宿から小菅村を廻り江戸へ 

 佐伯泰英の「居眠り磐音 江戸双紙」を読み進めている。今、39巻「秋思ノ人」だ。老中田沼意次の企みで、要職の御側御用取次から甲府勤番追手組支配に左遷された坂崎磐音の剣友(師匠上役?)の速水左近が甲府勤番3年間の勤めを終え、江戸に戻る場面だ。
 甲府を発ち、柳町、酒折宮、鎮目、石和宿、栗原を通り、笹子峠を越える。峠の途中では矢立の杉を眺め、大月宿に至る。これらの地名は今現在もあり、親しみを持って読み進められるのだ。

 速水左近一行は、このまま甲州道中を小仏峠を越えて江戸へ向かうと思いきや、それがなんと甲州道中を大月宿で外れ、岩殿山の東側から裏街道を葛野川沿いに小菅村へ向かう。小菅村から青梅往還を江戸に向かうのだ。
 小説では、大月から小管に向かうのに松姫峠を越えるように書いてあるが、その頃はまだ松姫峠(という名の峠)はなかったはずだから、多分西原峠か佐野峠、十文字峠を越えて小管村に至ったのだろうと想像出来る。
 速水左近を追って、坂崎磐音一行もこれらの峠を越えて小菅村に至っている。 

 私は、昭和時代50年頃3年間仕事の関係で、この小菅村に住んでいた。下流で多摩川と名を変える小管川沿いの山あいの集落だが、お大尽の多い心豊かな人々が暮らすとてもいいところだった。そのころこの小菅在住の上司に、「私が若い頃は、大月で会合とか会議があるときには、朝早く小菅を発って、この十文字峠佐野峠西原峠を歩いて越えて大月へ向かったものだ」といい聞かされていた。懐かしい四十数年前の話。

 そんなこともあって私は、大月から小管に越える峠を一時何度も歩いたことがある。速水左近がこの峠を歩いたのだと思うと感慨深い。

・・・読書はいい。大げさにいうと生きている喜びを感じるときだ。

 「居眠り磐音 江戸双紙39 秋思ノ人」佐伯泰英著 双葉文庫 2012年6月 第1刷発行

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