サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

カテゴリー

にほんブログ村ランキング参加中

« 定年後の暮らしは読書三昧 湊かなえ「絶唱」を読む | トップページ | 甲斐百山「醍醐山」に登る »

2020年5月24日 (日)

こんなところに甲府城お堀跡(その26) ~ 三の堀跡を辿る 近習町口から甲斐奈神社裏あたり ~

< 日本100名城に数えられる「甲府城」には、お堀が鍛冶曲輪の南、遊亀橋両側に残存する。これが内堀の一部で甲府城で残っている唯一のお堀らしいお堀である。往時 甲府城には内堀(一の堀)、二の堀、三の堀があったが、明治以降そのほとんどが埋め立てられ当時の様子を知ることは出来ない。それでも、甲府市内の普段よく行っている場所、よく通っている道路の脇など思いがけないところに、川になったり、ちょっとした溝、側溝になったり、また暗渠になったりで、甲府城のお堀跡が市内各地に残っている。>

 今回は『平成甲府城下町絵図』(*)でいう近習町口から甲斐奈神社裏あたりまで三の堀跡を辿る。

 甲府城跡今の遊亀橋の東側にある庄城稲荷と、甲府市の旧社会教育センターの間の道を東に進み、JR中央線の踏切から南に向かう桜町通りを突っ切る。『甲府城城下町絵図』によると、この辺りに「近習町口」があったという。
 20~30m進むと左側に車20台ほどとめられそうな駐車場があり、その北西隅に小さな石の祠(由緒のあるものか、ここにあったお宅の屋敷神様か?)がある。Imgp90211 ここから駐車場の北隅を巾30㎝ほどの側溝が東方向に向かっている。この側溝が三の堀跡だろうか。

 更に東に進むと境町通りにぶつかり、その向こうに結構大きい駐車場がある。この駐車場の北側を側溝が東に進んでいる。駐車場の北東隅で直角に曲り、南に向かう。この曲がり角駐車場北東隅に石の祠が2棟ある。二つとも結構大きい石の上にのっている。Imgp90081 駐車場の東側を南進した側溝は、駐車場の南東隅で直角に曲り東に向かう。
 東に向かう側溝は、ちょうど横近習大神宮の東側にある大きな駐車場とカトリック甲府教会の北側に当たる。この側溝が三の堀跡だろうか。今回確認できたのはここまでで、この後は三の堀跡側溝も暗渠も確認できていない。
 途中で一度クランクして立川ケースの建物の一軒おいて南側に至る。

 三の堀跡は、長禅寺ガードから南進してくる通りを突っ切って旧富士川小学校の敷地の南側を東進しているはずであるが、個人住宅が並んであり側溝も暗渠も確認は出来なかった。

 旧富士川小学校校地に沿って南側を東進した三の堀跡は、ちょうど校庭の真ん中あたりで曲がり、南進することになる。そして東進してきた横近習通りが終わりになるあたりにある松田菓子店一軒おいた東側で通りを突っ切り、Imgp90151 住宅街の中で向きを変えて東に向かう。そしてようやく瑞泉寺、甲斐奈神社の北側に至る。この辺りの三の堀跡は残念ながら側溝も暗渠も確認できていない。そもそも側溝暗渠も見当たらない。

 写真右上;近習町口があったというあたりから20~30m東にある駐車場北西隅にある石の祠
 写真左上;境町通りの東にある大きい駐車場 左塀沿いの側溝が三の堀跡だろうか 向こうに大きい石の上に乗っかっている石の祠二つが見える
 写真右下;写真中央、松田菓子店の向こうに見える黄色い柵のところで三の堀跡が右に突っ切る?

(*)『平成甲府城下町絵図』作成;山梨県埋蔵文化財センター 協力;甲府市教育委員会

« 定年後の暮らしは読書三昧 湊かなえ「絶唱」を読む | トップページ | 甲斐百山「醍醐山」に登る »

甲府城・歴史」カテゴリの記事

コメント

件の立川ケースの道路を挟んだ東側に個人所有地は、駐車場になっていますが、古風な家の写真がネットに残っていました。
https://kaz794889.exblog.jp/21226451/

この家の北側が石垣で高さが2~3mほどあり、旧富士川小学校裏庭が窪地となっていました。道路との境界にフェンスがあり、高さがあるので、子供ながらに乗り越えて降りないほどでした。

子供時代を思い出してみると、旧富士川小学校は、今よりも低く、正門(長禅寺側、保育園付近)から校庭まですこし下るような状態でした。調べながら思い出すと感慨深いものがあります。

 山猫さん、コメントありがとうございます。甲府城三の堀を調べていらっしゃるようで、うれしく読ませていただきました。
 三の堀も、南部から東区域甲斐奈神社までは、確かに確認できているのですが、この旧富士川小学校あたりははっきりわかりませんでした。 
 その当時の現地を見ていらっしゃるということは、何よりも確かなことです。大変参考になる、情報をお知らせいただきありがとうございました。
 時々、甲府城のお堀に関わる現地レポートをこのブログに載せています。今後とも是非よろしくお願いします。

初めまして。三の堀を調べていて、こちらにたどり着きました。私は旧富士川小学校出身で、このあたりの少し古い地形は覚えがあります。
立川ケースの道路を挟んだ東側に個人所有地の駐車場(北側は公民館の防災倉庫?)があります。昔はここに古風な住宅があり、小学校側に石垣がありました。
今は公民館として整地されていますが、木造の富士川小学校があった時は、ここが小学校の裏庭で窪地となっていて、雨の後はぬかるんでいました。
窪地から富士川小学校境界の南側に向かって高さ3mほどの高さに土がもってあり、そこが植物園のようになって東側まで続いていました。おそらくこれが三の堀土手だったのでしょう。
以上、参考になれば幸いです。

 コメントありがとうございました。
 こちらの小学校では、昨日入学式、今日始業式でした。ようやくという感じで、本当によかった。

 下校時に、安全パトロールボランティアで子供たちを見送りましたが、子供たちの元気さ、明るさにこちらが元気づけられました。前の人と間隔をあけて集団下校でした。

 今回のレポートの三の堀跡辿りは、全行程確信が持てませんでした。明治以降の変遷の中で、ほとんど全部埋めたれられてしまったのでしょう。

Tsukaさま、お元気ですか?
明日から授業再開です。しかし、給食はありません。
密集を避けるための2分割登校です。
でも・・・私のクラス(というか、1年生をのぞいたほぼ全部のクラス)は41人いるため、2分割と言っても、密集は避けられません。
特別支援の子どもさん4人が在籍しているため41人-4人が実際の受け持ちなのですが、国語と算数以外は一緒に勉強しています。6年生には43人のクラスもあります。
話がそれました。
記事を読みながら、Tsukaさまとお城から長善寺まで歩いたことを思い出しました。
確かガードもありました。お堀が側溝という形でも、ちゃんと痕跡を残していることに驚きました。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 定年後の暮らしは読書三昧 湊かなえ「絶唱」を読む | トップページ | 甲斐百山「醍醐山」に登る »

お薦めサイト

大蔵経寺山

  • 10-石和の町並み
     平成16年12月11日、初冬の穏やかな一日、積翠寺岩堂峠から大蔵経寺山へ登ってきました。

桜峠

  • 芦川北陵西端の山々
     平成17年1月29日、芦川北陵西端浅間山から桜峠を歩いてきました。  落ち葉の海を歩き、一面のカヤの原を越えて桜峠に行き着きました。  小さい頃からずっと眺めてきた山々です。

山と山の花セレクション

  • マツムシソウ
     山登り山歩きの折、撮りためて来た写真を主に「山と山の花セレクション」をまとめました。ご覧ください。

続 山と山の花セレクション

  • ミヤマシャジン
     山歩きの折に撮った山と山の花の写真・・・「続 山と山の花」です。ご覧ください。
2020年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30