カテゴリー「自分史」の60件の記事

まだ続いているささやかな人生、まとめるのは少し早いけれど・・・

2016年12月26日 (月)

ゴム動力模型飛行機

 自分史に加えること一つ。

 昭和30年代、小中学校生の頃のことである。身延線東花輪駅から先日書いた花輪四ツ角までの間が、その当時私の家から一番近い色々の商店が並ぶ通りであった。

 一番駅に近くの左側に、その頃行っていた床屋さん(*)、そして次に生鮮食品雑貨の佐野屋さん、そしてしばらく行くとこれまた以前書いたことのある映画館「宝嶺」があった。
 駅からの通り、右側には確か和菓子屋さんがあったような記憶がある。そして更に先に歯医者さんがあった。この歯医者さんには何回か通った。

  (*)この床屋さんに通ったのは、もっと後かもしれない。
     この頃は、家でバリカンで丸坊主にしてもらっていたかも。

 先ほど書いた映画館の隣に近辺にはなかった薬屋さんがあった。薬の他のものも売っていたようで私は、そこでゴム動力模型飛行機の制作セットを買ったのである。七五三の飴袋のような細長い紙袋(ビニールの袋もあったか)に飛行機セットが入っていた。

 この飛行機は私の兄がよく作っていて、それで私も作るようになったようだ。竹ひごをろうそくの火であぶり曲げて翼などを作っていった。竹ひごをヒューム管で繋ぎその部分をうまく曲げて、飛行機がよく飛ぶように調整したりした。竹ひごで作った翼、尾翼などに薄い紙を張った。プロペラは、最初は薄い木製だったが後になるとプラスチックになったような気もする。プロペラを回す動力は何重にもしたゴムひもであった。

 完成した飛行機は調整してもなかなかうまく飛ばないことが多かった。それでも時々は上手に出来て、結構うまく飛んだものもあった。上へぐんぐん上がり、水平飛行に移り、そしてゴム動力が尽きゴムが垂れ下がりながらもグライダーのように遠くまで飛んだこともあった。うれしい気持ちでいっぱいだった。

 飛ばしたのは近所の稲を刈り終わった広い田んぼが多かった。だからよく飛ばしたのは、もしかしたら今の時期であったかもしれない。

 遙か昔の少年の頃の思い出。おとなしく本を読んでいるのが好きな少年だったが、戸外の遊びも結構やっていたのだ。

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2016年12月10日 (土)

懐かしい風景 西花輪交差点(花輪四ツ角)

 先日の地元の新聞山梨日日新聞に、西花輪交差点の拡張工事が終了、完成したとの記事が載っていた。
 この交差点は、甲府から市川方面へ向かう県道と南アルプスから浅原橋を渡って身延線東花輪駅前を通り豊富方面に向かう県道が交差する四ツ角で、朝夕通勤時などよく渋滞していた場所だ。右折車線が出来たそうで、これからはだいぶスムーズに通り抜けられることだろう。

 実はこの四ツ角は、私にとってとても思い出深い場所なのだ。遙か昔私が幼稚園か小学校低学年の頃、よく母親に連れられ母親の実家に行くときに乗ったバスの停留所がこの四ツ角にあったのだ。
 我が家から歩いて身延線東花輪駅前を通り、四ツ角まで20分ほどだったろうか。四ツ角はまだ舗装もしてなくて砂利のデコボコ道だった。天気のいい時には、車が通ると、砂埃がもうもうと舞っていた。
 ここの停留所から確か鰍沢車庫行きだったろう、ボンネットバスに乗り、浅原橋を渡って南湖、大椚を通り青柳追分で降りた。その近くにあった親戚に寄り、そこからまた歩いて母親の実家のある舂米まで向かったのだ。どれくらいかかっただろうか、ゆっくり歩いて1時間ぐらいかかったのだろうか。今だったら車で30分40分ぐらいで行けるが、その当時は半日仕事だった。

 新聞の一つの記事を読み、遙か昔の小さい子どもの頃の風景と、若かった母親の姿を思い出したのだった。

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2016年9月25日 (日)

カムバックハム 「JCC-500」アワード申請 アマチュア無線健在 

 先日「JCC-500」アワードを、JARL(日本アマチュア無線連盟)に申請した。「JCC-400」を受賞したのが、平成4年9月だから実に24年ぶりに「JCC-500」の申請が出来たということである。カムバックハム(平成27年6月カムバック)でここ一年余、主に7MHzと3.5MHzで精力的に交信を重ねた成果で、大変うれしく思っている。

 「JCC-500」というのはJARLが発行しているアワード(交信した地域や局数などの成果を証明し称えるもので証明書や認定書といったもの)で、日本国内の異なる500市のアマチュア無線局と交信して、 QSLカードをそれぞれの市のアマチュア局から各1枚得るというアワードである。平成22年4月からは、東京23区も一つの市として有効となった

 アマチュア無線人口が減ってきているといわれて久しいが、7MHzと3.5MHzを改めてやってみると、まだまだ沢山の人がアマチュア無線を楽しんでいるのがわかりうれしくなる。QSLカードの交換などしなくて、もっぱら無線機の話、機械やアンテナの話を延々とする方もいる。それはそれでいい。アマチュア無線の楽しみ方は人それぞれだ。

 私は沢山のQSLカードを集め、それぞれの人が工夫して作った素敵なカードを眺めたりまたそれを使ってアワードを申請したりするのが好きなのだ。
 JCCは800まである。まあ800は無理だろうと思うが、せめて次の目標を600と定め、アクティブにアマチュア無線を続けていこうと思う。

  ” たかがアマチュア無線、されどアマチュア無線 ” 

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2016年6月24日 (金)

霧ヶ峰「コロボックル・ヒュッテ」のこと

 私の部屋の書棚に平凡社発行の新版「邂逅の山」がある。もうずいぶん前に買い、チラチラッと読んでそのまま他の山の本と一緒に本棚に並べてあった本である。この本を書いたのが、手塚宗求さんで「コロボックル・ヒュッテ」の創設者だ。改めてこの本を通して読んだ。
 
 この「コロボックル・ヒュッテ」を実際見たのは今回(6月14日)が初めてであるが、もしかしたら私が山を頻繁に歩くようになったのは、この「コロボックル・ヒュッテ」の辺りが写っている霧ヶ峰の写真をずいぶん前見たからかもしれないと思う。
 
 今回霧ヶ峰を歩いた時に撮ったのが下の写真だが、この写真と同じような白黒の写真が何かの本に載っていたのだ。上に書いた「邂逅の山」ではない。どの本に載っていたのか定かでないが、正にこの写真と同じような写真であった。不思議と心惹かれ、山へ憧れの思いがより一層強くなったのだった。

<蝶々深山から車山湿原方面に下ったところから車山肩方面を撮った写真である。中央右の林の中に「コロボックル・ヒュッテ」がある。>
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  「新版 邂逅の山」 手塚宗求 平凡社 2002年8月10日初版第一刷

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2016年4月28日 (木)

ロールコール2,000回記念 名古屋・知多半島への旅

Nagoyajyo002 私の所属しているアマチュア無線クラブ甲府盆地無線倶楽部は、平成28年3月12日にロールコール2,000回を達成した。ロールコールをコンスタントに2,000回続けるということは、全国的にも珍しい偉業だと思う。

 これを記念して甲府盆地無線倶楽部で、4月25日26日に名古屋知多半島方面への「ロールコール2,000回記念旅行」を実施した。

 中央道を名古屋方面に向かい、熱田神宮に参拝した後、名古屋囲み屋で名物まぶしきしめん付きの昼食。

Jal002 尾張の名城名古屋城を訪れ、天守閣に登った。その後入った本丸御殿の豪華さに目を見張った。100名城のスタンプもゲットできてよかった。

 宿泊は、知多半島突端日間賀島の「大海老」だった。仲間の望月さんは、若い頃この旅館を海水浴でよく利用したそうだ。

 二日目の中部国際空港では、ひっきりなしに離着陸する飛行機に、子どものように時間を忘れ見入ってしまった。空港内セントレアのえびせんの里のお店でミックスえびせんを5袋もおみやげで買ってしまった。

 気心が知れた仲間で、楽しい旅行ができてよかった。

 平成28年3月13日の記事 →  「ロールコール2,000回」

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2016年4月 9日 (土)

定年後はボランティア三昧 信玄公祭会場係ボランティア

 今日は、信玄公祭ボランティアで会場係を担当した。危険防止のための声がけと、甲府城内の行列通路の確保が主な仕事だった。

 役得で全甲州軍団行列隊が通るのを間近で見ることができた。信玄公役の陣内孝則さんも通路を歩くのを至近距離で見られた。まあ、それだけのことだが。

 ボランティア会場係では、顔見知りもいたが、ほとんどの人が初顔合わせ。空いた時間には色々世間話もできて楽しかった。

 社会奉仕もでき、また祭りも楽しむことも出来て、有意義な時間を過ごすことが出来た。

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2016年1月 2日 (土)

新年を迎えて 私のブログとホームページ

 新年早々私のブログ「山と山の花」をご覧いただき、ありがとうございます。ここは、私の趣味の山歩き、山や山の花の写真、アマチュア無線、パソコン、野菜づくり、その他仕事と極端にプライベートなこと以外のいろいろなことを気ままに書き込み載せているささやかなブログです。今年は、前述した「戦前」にならないような私なりの取り組みの一つとしてこのブログに記事を載せていきたいとも思っています。

 また、このブログ「山と山の花」の中の特に山歩き、峠歩き、古道歩きに関わる内容に絞ったブログが、「私の山歩き峠歩き古道歩き」です。
 結構マイナーなバリエーションルートもあります。経路時間参考資料などできるだけ詳しく既述したつもりです。是非ご覧いただき参考にしてください。(もちろんあくまで参考で、実際歩く時は自己責任でお願いします。)

 さらにこれらのブログとは別に、私のホームページ「山と山の花、アマチュア無線そしてパソコン」があります。
 ホームページは、内容的にはこれらのブログと同じようなものですが、山の花の写真や山歩きの記録、アマチュア無線への取り組みの様子などを載せていて、ブログよりはずっと整理した形になっています。
 特に「山と山の花の写真のページ」は、名前になっていることからおわかりのように、私のホームページやブログは、全てこのページからスタート出発広がったもので、自分としてはとても充実していると思っています。
 ホームページ「山と山の花、アマチュア無線そしてパソコン」は、ブログからリンクしていますので、こちらも是非ご覧ください。
 

 ご感想、ご意見などコメントをいただくととてもうれしいです。ブログの記事からコメントがいただけるシステムになっています。記事の下の「コメント(0)」をクリックしてくださると書くことが出来ます。ブログは毎日ではないですが、結構頻繁に新しい記事を書いています。


<このページは、昨日書いた「平成28年 新年を迎えて」の後半を、再掲したものです。>

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2016年1月 1日 (金)

平成28年 新年を迎えて

 あけましておめでとうございます。甲府盆地は穏やかな日和で、清々しい新年を迎えました。また、家族みんな元気で明るい正月を迎えることが出来ました。今年も、家族一同健康で明るくいい年でありますようにと祈らずにはおれません。

 去年が終戦後70年、その戦後が終わりもう「戦前」に入っているのではないかと大勢の人たちが危惧しています。マスコミなどが伝えるいわゆる世論も戦争反対のすう勢なのだと思うにも関わらず、「戦前」への政策をひたすら進めている現政府内閣の支持率がいいというのが私にはどうも合点がいかないのです。
 今年がけっして「戦前」にならないように、息子孫たちが戦場にかり出されるような、そして日本が戦場になるような世の中に決してならないように、ささやかでも私に出来ることをして行こうと思う正月です。

 私はまもなく定年退職後8年となります。まあまあ心身ともに健康に過ごしています。このブログでもよくふれていますが、近くの公園や河川敷のウオーキング、山歩き、峠歩き、時たまのゴルフなどが健康の秘訣なのでしょうか。
 また、野菜づくりも気持ちが和らぎます。県が生涯学習の一環で設置している山梨ことぶき勧学院は卒業しましたが、同級生で作ったOBの会が続いており、自主的な学習や研修での学びとその合間の仲間との語らいも楽しです。さらに3年余り前から始めた甲府城御案内仕隊の観光ボランティア、地域の学校の安全パトロールボランティアも生きがいの一つになっています。

 そして、長い間勤めてきた仕事に関わり、時々請われて続きの仕事をさせていただいています。私のライフワークともいえる仕事ですので、これからも役に立つことがあれば精を出していきたいと思っています。

 皆様方にとって今年がよりよき年になりますよう心からお祈りしております。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

続きを読む "平成28年 新年を迎えて"

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2015年11月 1日 (日)

カムバックハム 「430MHz-100」アワード申請

 VUオールモードの無線機を購入してから、かなり経って430MHzを始めた。仕事で忙しい日々を過ごしていて手続き等する余裕がなかったのだ。平成10年8月だった。それから17年、「430MHz-100」をようやく達成した。

 「430MHz-100」というのはJARL(日本アマチュア無線連盟)が発行しているアワード(交信した地域や局数などの成果を証明し称えるもので証明書や認定書といったもの)で、周波数430MHzアマチュアバンドで、異なる100局のアマチュア無線局と交信して、QSLカード(交信証明書)をそれぞれのアマチュア局から得るというアワードである。

 平成10年8月に430MHzを始めてからも忙しい日々が続いた。また山梨では430MHzバンドで電波を出す局は少なく、交信してもQSLカードを発行する人はあまりいないということで、「430MHz-100」がなかなか達成できなかった。

 今年5月新しい無線機(HF~430MHzトランシーバー)を思い切って購入し、安定して50Wの電波が出せるようになったということもあり、ようやく430MHz-100達成ということになった。

 心待ちにしていたQSLカードが、先日JARLビューローから届いた。そして今日JARLへ「430MHz-100 」アワードを電子申請した。

 都会地のアマチュア無線局とかものすごくアクティブな局にとって「430MHz-100」は簡単なアワードかもしれないが、私にとってはようやく達成できたという感じで、嬉しさひとしおである。

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2015年10月 2日 (金)

定年後の暮らしはボランティア三昧

 現役の頃十分過ぎるほど社会貢献をしてきたつもりで、定年後は余りそういう視点で過ごし方を考えるのはやめようと思った。現職の頃、忙しくて十分やれなかった山歩きや山の花の写真を撮ったり、アマチュア無線を楽しんだり、また下手の横好きのゴルフをしたりで自分のために時間を使っていこうと考えていた。しかし結果的には、退職後も長い間勤めてきた仕事に関わって請われて第二の仕事に就き、相変わらず忙(せわ)しい日々を過ごすことになった。

 それでも退職後何年か経ちその第二の仕事にも切りを付け、念願の山歩きやゴルフ、野菜づくりなどを十分楽しんだ。ところがしばらくして、でもやっぱり更に何か社会の役に立ちたい、社会に貢献したいという気持ちが強く湧き上がった。

 折しも、山梨県で第28回国民文化祭が開催され、それに関わって沢山のイベントが行われた。新聞やインターネットにそのイベントのボランティア募集のお知らせが載り、「これだ。」と応募することになった。そして種々雑多のボランティアに携わった。イベントの会場案内、会場内の掃除、会場展示物の保全管理などだ。国民文化祭は一年近く開催されたが、まさにボランティア三昧の日々であった。国民文化祭を盛りあげる上で少しは貢献したと自負している。

 その後地域の自治会長を仰せ付かり努めたが、これもボランティア精神がなければできないことで大変だったが、一方勉強になることも多かった。

 今ボランティアで精を出しているのが、観光ボランティア「甲府城御案内仕隊」への参加である。もともと歴史には興味があり、毎回楽しく県内外から甲府城を訪れる人たちに観光案内をしている。案内した人から、「今日のように説明していただくと、甲府城の歴史がよくわかります。ありがとうございました。」というふうにいわれることもありうれしくなる。

 もうひとつ大事なボランティアに従事している。子どもたちの通学路の安全パトロールだ。通学途中の子どもが襲われたり車にはねられたりで、世の中物騒になった。そんな中、子どもたちの安全を守ろうと精を出している。このボランティアのいいところは、都合のいい時にということで、義務的でないことだ。どうしてもやらなければということになると重荷になる。重荷になると長続きしない。ボランティアが重荷になっては、もはやボランティアではない。

 少しでも社会の役に立ちたい、社会をよくしたい、社会に貢献したいという気持ちで、定年後の暮らしは正にボランティア三昧の毎日である。

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