カテゴリー「甲府城・歴史」の76件の記事

甲府城にまつわる色々なこと 歴史はおもしろい・・・ 

2017年7月24日 (月)

「塩部遺跡現地見学会」

 先日7月22日開催された甲府「塩部遺跡現地見学会」に出かけた。主催が甲府市教育委員会というのはわかるが、昭和測量株式会社も主催なのだそうだ。実際の遺跡発掘の作業は、一般の会社も請け負って専門的にやっているのだということを初めて知った。土地の所有者である駿台甲府高校も、諸々の協力をしてくれているとのこと、大変ありがたいことだ。今、甲府の上今井にある駿台甲府中学校をここに移転する工事をしているのだそうだ。

P10504211 塩部遺跡は、甲府工業高校の校舎改築時や隣のアルプス通りの開通前の発掘作業でも話題になっていたし、もっというと朝日小学校辺りも塩部遺跡の一部だそうで、ずいぶん広範囲の遺跡なのだ。

 今回は主に古墳時代の集落跡、弓や曲物などの木製品、土器、旧河川跡などが発掘されたとのこと、私が特に興味が引かれたのが周溝住居跡と、河川の跡がいくつも発掘されたことだ。

P10504051 河川の跡については、この辺りが相川の扇状地であり荒川の氾濫原でもあったことから、幾筋もの小川が流れていたことは頷ける。相川扇状地の扇端で水が結構沢山流れていたのではないか。

P10504031 またその幾筋かの川の跡から壊れた沢山の土器が発掘されたという。何らかの都合である時期土器を川に投げ捨てたことがあったのだ。

 大勢の人が見学に来ていた。子供連れの人も多く、子供の社会勉強にということだろうか。夏休みの自由研究の材料にもなるかな。
 それにしても、この暑さには参った。熱中症になる前に、早めに退散した。

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2017年6月25日 (日)

甲府城下町遺跡米蔵跡発掘現場見学会

P10503801_2 山梨県埋蔵文化財センターの甲府城下町遺跡発掘現場説明会に参加させてもらった。(6月24日)大勢の見学の人がいてビックリした。こんなに大勢の人が興味を持っているのだ。勧学院や甲府城御案内仕隊の仲間、知り合いも参加していた。

 場所は、甲府駅前平和通り西側、以前甲府信用金庫本店があったところで、私のこのブログ「こんなところに甲府城お堀跡」でも触れた「たこ公園 二の堀」の東側である。
 この場所の南側の道は、いつも通っている道だ。今日の説明の中で、この道自体、昔の古い道だという。埋蔵文化財センターの平成甲府城下町絵図で見ると、この道が二の堀を渡るところが甲府城の青沼町口になる。

P10503841_2 この辺り一帯は甲府城の武家屋敷があった場所で、ここには甲府城の米蔵があったとされるが、その後幾多の変遷があり監獄になったり病院になったりした場所だという。そしてごく最近になって甲府信用金庫本店になったのだ。今度は県庁関係の立体駐車場になるのだという。

 発掘されたのは、石積み跡、水路とみられる暗渠跡などだ。写真でも矢穴が確認できるがその特徴から江戸時代中期~後期の遺跡ではないかという。石積みは米蔵建物のものとは特定できないということだった。「獄」という字が書かれた皿のかけらも展示されていた。
 私が一番知りたかった二の堀との関連については、この場所の西側で南北に走る土塁状の盛り土が確認されたというが、やはり二の堀の土塁とは今のところ確定は出来ないという。

 写真右上;南西隅にあった石積み 集水升ではないかという
 写真左下;土塁跡ではないか 白い斜めの線があるところ 

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2017年6月17日 (土)

こんなところに甲府城お堀跡(その11) 中央四丁目地内 二の堀跡

Sawataya002_3 まさに「こんなところにお堀跡」だ。今回は、中央四丁目地内の二の堀跡。端的にいうとかなりの部分がお菓子屋さん老舗澤田屋の建物の下にある。

 城下町東側二の堀で場所的にいうと、このブログの「こんなところに甲府城お堀跡その9 中央二丁目地内 岡島第二駐車場脇」と、「その10 中央四丁目地内 漢方薬局西」のちょうど中間あたりにあることになる。

 つなぐNPOのフットパスに参加させてもらって、その途中で案Sawataya006_2内されたのがこの澤田屋。リニューアル一周年だという澤田屋二階での話でも、お店やお菓子の話などとともに、この建物の下に二の堀があったことに触れていた。工事の際の写真も何点か見せてくれて参考になった。

 さらに驚くことに限定販売のようだが「二の堀」というお菓子まで作って販売しているのだ。甲府やお店に関わる歴史、甲府城やその堀にまで関連づけて商売繁盛に結びつけている姿勢にびっくりしたり感心したり。試食させていただいたが美味しかった。本当は写真も撮ったので載せたいが商標権などにひっかると上手くないので残念だがやめた。(澤田屋のFacebookをご覧下さい。)Sawataya004

 こんな感じで、甲府城の歴史、お堀跡が、甲府の地域の活性化や振興に役に立つのであれば本当にうれしい。私のこのブログ「こんなところに甲府城お堀跡」のねらいに合致する。

* 山梨県埋蔵文化財センターの「平成城下町絵図」を見ると、ちょうどこの辺りに町人地から武家地に入る「八日町口」があったようだ。

 写真上;澤田屋前歩道上にある堀の溝蓋
 写真中;お店の紹介説明で提示された工事中の二の堀跡
 写真下;お店の裏(南)にある水路(二の堀跡)

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2017年5月12日 (金)

「こんなところに甲府城お堀跡(その10)」中央四丁目地内漢方薬局西 二の堀跡

・・・ 日本百名城25番「甲府城」には、お堀が鍛冶曲輪南遊亀橋両側に残存する。これが内堀の一部で甲府城では唯一のお堀らしいお堀である。
 甲府城には一の堀(内堀)、二の堀、三の堀があったが、そのほとんどが埋め立てられ当時の様子を知ることは出来ない。それでも、普段よく行っている場所、よく通っている道路の脇など思いがけないところに、ちょっとした溝、川になったり、側溝になったり、また暗渠になったりで、その甲府城のお堀跡が市内各地に残っている。
 今回改めてこのお堀跡を訪ねる「お堀跡発見ウォーク」を始めた。資料や地図を頼りに、駐車可能のところに車を停め(ウォーキングを兼ねているので出来るだけ遠くがいい)、そこから歩いて甲府城のお堀跡を訪ねる。併せて、可能であればお堀跡の近辺にある甲府城下町の賑わいを思い起こさせるもの、遺跡なども訪ねる。そして、写真なども撮り、その様子をまとめ、このブログで報告することにする。 ・・・
 

 「こんなところに甲府城お堀跡」10回目は、「中央四丁目地内漢方薬局西 二の堀跡」。

 甲府市遊亀通り問屋街入口交差点を西に入ると、左に治作鮨があり奥村本店がある。その奥村本店前の通りを挟んで反対側、漢方薬局の脇を北に伸びる水路がある。確証はないが、これが二の堀跡であると思われる。P1050273

 「こんなところに甲府城お堀跡(その9) 中央二丁目地内岡島第二駐車場脇 二の堀跡」(注-*)で紹介した二の堀跡をずっと南にたどるとここへ至る。更に南へ進みすぐ小宮山印店西で二の堀跡から三の堀跡につながるのだ。

 山梨県埋蔵文化財センター作製の「平成城下町絵図」を見ると、ちょうどこの辺りに町人地から武家地に入る「連雀町口」があったようだ。

  写真;奥村本店前で北(漢方薬局西脇)を見ている。

(注-*) → 「こんなところに甲府城お堀跡(その9) 中央二丁目地内岡島第二駐車場脇 二の堀跡」

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2017年5月 9日 (火)

こんなところに甲府城お堀跡(その9) 中央二丁目地内岡島第二駐車場脇 二の堀跡

P1050294 甲府市役所北側の東進一方通行の通りを進み、紅梅町南通りの「桜通り北」の信号を過ぎたところ右側に、岡島百貨店の大きな立体駐車場がある。

P1050264 その脇(西側)に水路のようになった二の堀跡がある。水路の左側手前には石垣が見える。もしかしたら当時の石垣の残りだろうか。
 この辺りの東西の通りは、両側に歩道があり結構人通りも多い。まさに「こんなところに甲府城お堀跡」である。

 山梨県埋蔵文化財センターの「平成城下町絵図」を見ると、ちょうどこの辺りに町人地から武家地に入る「山田(ようだ)町口」があったようだ。

 写真左;紅梅町南通りの「桜通り北」の信号辺りから東を見ている。
      右側自動販売機の前にある赤白の柵あるところに二の堀跡がある。
 写真右;赤白の柵のところで南を見ている。二の堀跡だ。

こんなところに甲府城お堀跡(その8) →  旧県立図書館前公園南二の堀跡

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2017年4月26日 (水)

こんなところに甲府城お堀跡(その8) 旧県立図書館前公園南二の堀跡

「こんなところに甲府城お堀跡(その8)」今回は、
   < 丸の内二丁目地内 旧県立図書館前公園南 二の堀跡 >

P1040691 今は甲府駅北口に移り、ずいぶん利用客が増えたという山梨県立図書館が以前あったところの東側、丸の内二丁目地内に結構広い公園がある。それほど利用されてはいないようだが、ビルが建ち並ぶ近辺では緑豊かな場所でほっと出来る場所である。

 たこ公園南で開渠となり、建物の間を南進した結構広い二の堀跡は、新道橋をくぐるとこの公園の下を暗渠で通っている。そして公園南でまた開渠となる。結構大きP1040692な広い水路である。往時と同じぐらいの巾なのかもしれない。

 10mも進むと東向きに向きを変え、広い幅のまままた大きな暗渠に吸い込まれていく。何となく恐ろしいぐらいだ。この先平和通りまで東進し、南に向きを変えて進んでいくのだが、全部暗渠なのでそんな気持ちにもなるのかもしれない。暗渠の上は家が建ち、道路や歩道となっていて、外から見たのではどう進んでいるのかよくわからない。

     写真上;旧県立図書館前公園南で開渠となる二の堀跡
          南側から北、公園を向いて撮っている

     写真下;10m位進んで東進、大きい暗渠に吸い込まれる二の堀跡
          西側から東を向いて撮っている

  こちらもご覧下さい → こんなところに甲府城お堀跡(その7)
      < 共立病院北側 協同駐車場南側 二の堀跡 > 

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2017年4月24日 (月)

中道往還を歩く 迦葉坂を越えて

 天正10年(1582年)3月、織田信長の侵攻で武田勝頼は天目山で自害し、これで信虎、信玄、勝頼と三代続いた武田氏は滅亡した。その後、甲斐は信長の領地となるが本能寺の変で信長が亡くなると、天正壬午の乱を経て徳川家康が支配することとなる。
 この時代、徳川家康が駿河から甲斐へ入るのに、中道往還迦葉坂を越えた。織田信長も甲斐侵攻の後この峠を越えて帰還したという。
 
 そんな話を右左口宿歴史文化村推進会の方々に聞きながら、新緑美しい中道往還迦葉坂を歩き越えた。つづら折りに登る峠道はとても登りやすく、あちこちに馬頭観音や千手観音などがあり、往時を偲ばせる。
 さらに今回うれしかったのが、フデリンドウやカタクリ、イカリソウ、ヒトリシズカなどの花々が見られたことであった。フデリンドウは、枯葉が積もった峠道の真ん中にいっぱい咲いていて、踏まないように気をつけなければならなかった。道脇あちこちに咲く春の山の花を愛でる楽しい峠歩きでもあった。

 企画引率してくれた甲府市中道公民館の方々、山梨山の会、右左口宿歴史文化村推進会の皆様に感謝しながら、今回の峠歩きのレポートとする。

フデリンドウ
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カタクリ
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イカリソウ
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ヒトリシズカ
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タチツボスミレ
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如意輪観世音像
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馬頭観世音像
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如意輪観世音像
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   (平成29年4月22日土曜日歩く)

   こちらも是非お読みください → 中道往還 迦葉坂を越えて(平成25年4月の記事)

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2017年4月 9日 (日)

甲府城の桜 満開

 今日、甲府の桜が満開だという報道があった。桜満開の前日昨日は「信玄公祭」の甲州軍団出陣が行われて大賑わいだった。雨にも降られず、よかったと思う。

 甲州軍団がパレードした平和通り両側もすごい人混みだったが、夜甲府城の遊亀橋前から鍛冶曲輪近辺出店が沢山出ているところを歩いたが、身動きがままならないほどの賑わいだった。甲府城の夜桜もみごとだった。

 桜満開の今日、午前中雨だったが、午後は雨も止み甲府城は花見客がいっぱいだったろう。私は、今日は甲府城の桜を愛でる余裕はなく忙(せわ)しく過ごした。

 写真は、二三日前に撮った甲府城の桜。

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2017年4月 7日 (金)

「こんなところに甲府城お堀跡」(その7) 共立病院北側 二の堀跡

・・・ 甲府城には、お堀が鍛冶曲輪南遊亀橋両側に残存する。これが内堀の一部で甲府城では唯一のお堀らしいお堀である。
 甲府城には一の堀(内堀)、二の堀、三の堀があったが、そのほとんどが埋め立てられ当時の様子を知ることは出来ない。それでも、普段よく行っている場所、よく通っている道路の脇など思いがけないところに、ちょっとした溝、川になったり、側溝になったり、また暗渠になったりで、その甲府城のお堀跡が市内各地に残っている。
 今回改めてこのお堀跡を訪ねる「お堀跡発見ウォーク」を始めた。資料や地図を頼りに、駐車可能のところに車を停め(ウォーキングを兼ねているので出来るだけ遠くがいい)、そこから歩いて甲府城のお堀跡を訪ねる。併せて、可能であればお堀跡の近辺にある甲府城下町の賑わいを思い起こさせるもの、遺跡なども訪ねる。そして、写真なども撮り、その様子をまとめ、このブログで報告することにする。 ・・・

「こんなところに甲府城お堀跡」今回は、
   < 共立病院北側 協同駐車場南側 二の堀跡 > P10405981

 甲府駅西側、朝日通りから南進中央線のガードをくぐると右正面に共立病院の大きな建物が見える。この建物の北側、協同駐車場との間に二の堀跡がある。
 この辺り昔は水門町といっていたようで、お堀の水の取り入れ口があったということなのだろうか。

 この共立病院北側のお堀跡沿いの狭い車道は、東進一方通行で横沢通りから甲府駅に出る近道でよく利用したものだ。(横沢通り中央線ガードは今工事中で、通れない)

   写真;朝日通りから穴切通りへ抜ける道から、西側を撮っている。

 「こんなところに甲府城お堀跡(その6)
    → 朝日通り北交差点の北約80m 三の堀

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2017年2月26日 (日)

甲府城の梅 開花情報

P1050010_2 平成29年2月25日午前現在の甲府城の梅園、梅の花開花情報です。

 甲府城の紅梅は、青空をバックに見事に満開です。白梅よりも咲くのが早いように思います。

 そして木によりますが、白梅も、お城の白壁をバックに満開です。違う木では、まだまだほとんどが蕾というのもあります。
 木によってかなり違うようです。日当たりはあまり変わらないのに。人間と同じように梅の木にも個性があるのでしょうか。もしかしたら同じ白梅P10500341_2でも種類が違うのかな。

 甲府城の梅園は、甲府駅南口を出たら左方向へ、以前に比べてずいぶん広くきれいになった歩道を、山交デパート北側を東に進みます。舞鶴陸橋の階段は上らず、ガード下を20mばかり過ぎたところで、右のお城の方を見上げるとわかります。稲荷曲輪の入口に紅梅白梅20本ほどの梅林があります。

 満開の梅の花見を兼ねて、是非甲府城においで下さい。

   平成29年2月9日の記事 → 甲府城の梅園

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