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カテゴリー「日本遺産 御嶽昇仙峡」の14件の記事

令和2年6月日本遺産に認定された御嶽昇仙峡 そのストーリーの構成文化財などを訪ねる

2021年3月 2日 (火)

徽典館学頭 友野霞舟 八王子山(白山)に遊ぶ

 甲府市街から北西方向に見える 八王子山(630m)は、私にとっては地元の山といえる。緑ヶ丘スポーツ公園から湯村山法泉寺山を経て登ったり、和田峠を登り切ったところにあるヘラブナ釣りで有名な千代田湖畔から登ったり、また梨木峠から尾根づたいに登ったりで、もう数え切れないほど登っている。Imgp06941_20210304121101

 千代田湖(昭和12年に出来た人造湖)もない江戸時代後期に、この山に登り、格調高い漢文エッセーを書いた人がいる。友野霞舟(とものかしゅう)である。題は『 遊白山記 』といい、今でいう山岳紀行随筆である。

 友野霞舟(1791~1849)は江戸時代後期の儒者漢詩人で、江戸の昌平黌から派遣された初代の徽典館(山梨大学の前身)の学頭(学長)である。

Imgp06901  山梨大学名誉教授の成瀬哲生先生の論文を読むと、友野霞舟は甲府愛宕町から塔岩町を通り和田村の名主のところに寄り一休み、和田峠を上り、下帯那町に出た。そして、まず今も四阿があり眺めのよい白山に登り、さらに南進して大きい石の祠のある八王子山に至ったようだ。八王子山山頂の様子や眺めなど、格調高い漢文で書いている。(もちろん成瀬先生の論文の訓読があるのでわかるのだが)

*八王子山山頂には最近「白山」という木標が、祠の裏の木にぶら下がっている。どうも、先ほどの和田峠辺りから四阿のある白山、さらに八王子山から梨木峠辺りまでの山域全体を「白山」といっているのではないかと思う。今でもそのようだ。

 帰りは、平瀬に降り、羽黒町から湯村、塩部、古府中というルートで歩いたと書き記す。最後にこの日の同遊の者が16人だったと結んでいる。

 成瀬先生の論文で 訓読 を読むとよくわかり楽しい。成瀬先生に感謝します。

 写真上 四阿のある白山から千代田湖、南アルプス方面を眺める 
 写真下 現在の八王子山山頂 八王子権現の石の祠がある

【参考文献資料】
・『友野霞舟 「白山に遊ぶ記」ー徽典館の文学-』 成瀬哲生 平成25年(2013年)度 山梨大学教育人間科学部紀要
・ 甲府文芸講座マガジン「 昇仙峡に魅せられた人たち 」 平成10年3月 甲府市教育委員会発行
・「『甲斐山岳』第11号別冊 甲斐百山 」 日本山岳会山梨支部 令和元年12月15日発行     

2021年2月28日 (日)

日本遺産 御嶽昇仙峡を訪ねて 乙骨耐軒の碑

 滝上から下り仙娥滝を見て、昇仙橋を渡り、石門の手前で左上を見上げると、「乙骨耐軒の碑」がある。碑といっても大きな岩盤に縦長方形に彫られたものである。正確には「仙嶽新道銘」。ちょっと高いところにあるので、ほとんどの人は気が付かず通り過ぎる。私も昇仙峡マイスターをする前は、全く知らなかった。Imgp17321

 乙骨耐軒は、山梨大学教育学部の前身徽典館の初代学頭(学長)である。御嶽新道の開発に尽力した長田円右衛門の功績を讃え、乙骨耐軒が撰文し、当時一流の文人であり甲府勤番支配(知事)だった浅野梅堂が書いたものである。

 残念ながら長い年月の間に、碑文は朽ちてほとんど読むことは、不可能だ。読めても漢文で、私には読解するのは無理か。先日紹介した長田円右衛門顕彰碑のようにこの碑の説明板でもあるといいのになと思った。
Imgp17301  この仙嶽新道銘について、「甲府を自慢する会のblog」が詳しい。ありがたいことだ。

 昇仙峡を案内するときに、興味がありそうな人には、長田円右衛門顕彰碑とともに目立たないこの碑の紹介もしていこうと思ったのだった。

【参考資料】
・甲府文芸講座マガジン「 昇仙峡に魅せられた人たち 」 平成10年3月 甲府市教育委員会発行
・ブログ「甲府を自慢する会のblog」  http://kofuwojiman.livedoor.blog/ 

 2021年2月1日の記事 → 日本遺産御嶽昇仙峡を訪ねて 長田円右衛門顕彰碑

2021年2月 9日 (火)

日本遺産 御嶽昇仙峡を訪ねて 旧羅漢寺跡

【歩いた日】令和3年2月7日(日)
【天候】晴れ
【歩いたコースタイム】
 天神森市営無料駐車場(9:50)~長瀞橋西詰パノラマ台方面登山口~(10:50)外道合流地点・休憩(11:00)~獅子平分岐~(11:50)萬霊塔・旧羅漢寺下降点・休憩(12:00)~(12:15)旧羅漢寺跡(12:20)~(13:00)現在の羅漢寺・休憩(13:30)~(14:20)天神森市営無料駐車場
【参考にした資料 】
・「 1:25,000地形図 甲府北部 」 平成2年2月 国土地理院
・甲府文芸講座マガジン「 昇仙峡に魅せられた人たち 」平成10年3月 甲府市教育委員会発行
・「 ふる里自然観察路 ガイドブック 」 平成26年1月 甲斐市商工観光課発行

 

<昇仙峡ロープウエイが運休>
 最初は、八王子峠(昇仙峡ロープウエイ山頂駅パノラマ台)から御岳道外道を下って、倒れている萬霊塔があるところ(旧羅漢寺跡下降点)を旧羅漢寺跡へ下ろうかと考えていたが、ロープウエイが運休ということを聞き、つい先日御岳道上道を下った時と同じ天神森長瀞橋西詰の登山口から、外道ノ原経由で旧羅漢寺跡を訪ねることにした。Imgp15581

<長瀞橋西詰登山口から外道ノ原 旧羅漢寺跡下降点へ>
 長瀞橋西詰の登山口から外道ノ原を通って獅子平分岐までは先日と全く同じルート。その先倒れた萬霊塔のある旧羅漢寺跡下降点までは、結構時間が長く感じた。ずっと以前何回か歩いた道なのだが、こんなに距離があり時間がかかったかなと思ってしまった。外道ノ原へ出てから下降点まで50分かかった。やっぱり八王子峠から下ってくる方がずっと短い時間で下降点までこれたのではないかと思う。Imgp15601

<歌川広重が描いた鞍掛岩>
 旧羅漢寺跡への下降点辺りからは、歌川広重が描いたという「鞍掛岩」が葉を落とした木々の向こうによく見えた。葉が茂る時期にはもしかしたらよく見えないかもしれない。Imgp15611

<日本遺産の案内看板>
 旧羅漢寺跡下降点には、以前と同様倒れた萬霊塔があり、新しく「日本遺産 旧羅漢寺の遺構 → (甲斐市商工観光課)」の看板が立っていた。 

<羅漢寺沢を下る>
 さて、いよいよ萬霊塔のある旧羅漢寺跡下降点から下り始める。最初は広い山の急斜面という感じで枯れ葉が降り積もった急坂を稲妻形に下っていく。Imgp15691 わずかな踏み跡もある。木々に巻かれた赤テープに導かれる。次第に広い沢(羅漢寺沢というらしい)の左岸を下るようになった。

<旧羅漢寺跡があった>
 沢が狭くなり、枯れ葉に埋まった炭焼窯跡を見るとすぐ石仏と石祠があり、その先旧羅漢寺跡に着いた。最初の平坦地の下に、よく写真で見る旧羅漢寺の石垣があった。Imgp15701

 二段の平坦地はすぐ確認できたが、その他はここもそうかなと思うぐらいだ。開基から800年余り、火災で焼失し現在の羅漢寺の地に移ってからも370年余り、長い間に急峻な谷間にあった本堂や庫裏があった敷地も崩れてしまったのだろう。
 木立越しに岩山が見える。羅漢寺沢左岸にそそり立つ羅漢寺山(一の岳、二の岳、三の岳)全体が修行の場であったという。

 しばらく旧羅漢寺の昔を偲んだ後、今度は現在の羅漢寺をめざし下り始めた。それからも何カ所かに古い石垣が見られた、また見上げるほどの巨大な岩や炭焼窯跡も。

Imgp15751<ボルダリングの若者たち>
 更に下ると、驚くことに、大きな石の下に3人の若者がおり、何事かと眺めると、なんとボルダリングを楽しんでいるのだ。この若者たちは、昇仙峡荒川向こう岸の遊歩道から羅漢寺橋を渡り、下から登って来たのだろう。楽しそうに訓練にいそしむ若者たちがけがをしないようにと祈りながら、私は更に下に歩き下った。

<荒川が見えたが>
 大分広くなった沢の林の中を赤テープに従って下る。途中踏み跡のはっきりした山道も出てきた。林の向こうにグリーンライン県営駐車場辺りのお店の屋根が見え出し、やがて昇仙峡荒川沿いに出た。しかし、目指していた現在の羅漢寺は、まだだった。

Imgp15801<崖っぷちの山道を歩く>
 荒川の右岸の崖っぷちの山道がまだまだ続いた。結構高いところに山道が続いており、羅漢寺沢を下っている時よりも、この道の方が恐怖を感じた。ここから足を踏み外したら、荒川の川に崩れ落ち大けがをするだろうと、細心の注意を払い歩いた。羅漢寺の橋のたもとへ出て、ほっと安心をしたのだった。上の萬霊塔がある下降点から1時間ほどで麓に着いた。

<奇岩奇石を眺めながら>
 羅漢寺橋を渡り、昇仙峡荒川左岸の遊歩道を50分かけて歩き下った。途中、色々な奇岩を眺めつつ下り、飽きなかった。天神森に近づくと結構大勢の人が歩き上ってきて驚いた。これから、仙娥滝まで行くのは大変だ。もっとも犬を連れている人もいて、ウオーキング程度ですぐ戻って来るのかなと思った。

2021年2月 1日 (月)

日本遺産 御嶽昇仙峡を訪ねて 長田円右衛門顕彰碑

 昇仙峡滝上から仙娥滝を見て、昇仙橋、石門を少し下ったところの右谷側に東屋がある。Imgp69441この東屋脇に日本遺産御嶽昇仙峡のストーリー構成文化財の一つである長田円右衛門の顕彰碑がある。長田円右衛門はこの御嶽昇仙峡に新道を開削し、昇仙峡を世に知らしめた人物である。

 この碑文の最後に『鶴梁学人賛』とある。”鶴梁”とは、長田円右衛門と格別の親交があったこの時代の甲府学問所徽典館(現在の山梨大学教育学部の前身)の学頭「林鶴梁」である。Imgp69451_20210201204301 鶴梁は、この昇仙峡をよく訪れ、円右衛門と深い交流があったという。円右衛門の功績を讃えて、この碑にある円右衛門の姿を柳渓(りゅうけい)という絵師が描き、”手足にヒビ、アカギレを切らしながら山を切り、谷を割るなど苦難の末始めて道を開いた顔は醜く鬼のようであるが心は菩薩のようである”と鶴梁が賞賛したのだ。

【参考資料】
・甲府文芸講座マガジン「 昇仙峡に魅せられた人たち 」 平成10年3月 甲府市教育委員会発行

2021年1月23日 (土)

日本遺産 御嶽昇仙峡を訪ねて 御嶽古道「上道」を下る

【歩いた日】2021年1月21日(木)
【  天  候  】快晴
【コースタイム】
 天神森長潭橋西詰登山口(9:50)~(10:10)アスファルトの道へ出る~(10:20)再び山道に入る~(10:50)外道ノ原(11:00)~(11:20)太刀の抜石(11:30)~(11:50)獅子平上道分岐~(12:20)尾根途中大休憩(12:40)~(13:00)畑跡~(13:10)大仏殿~(13:40)吉沢桜橋
Imgp13961 【参考にした資料 】
 「 1:25,000地形図 甲府北部 」 平成2年2月 国土地理院
 「 昇仙峡の上道と下道(外道) 」昇仙峡マイスター 雨宮洋一
 「 ふる里自然観察路 ガイドブック 」 平成26年1月 甲斐市商工観光課

<天神森から外道ノ原をめざす>
 天神森長潭橋西詰の登山口から歩き始める。(写真左上)結構急な花崗岩の坂道を10分程登るとアスファルトの道路へ出る。千田へ通ずる道路だろうか。そのアスファルトの道をやはり10分ぐらい歩いて、再び山道に入る。

Imgp14121 時々急なところもあるが、だいたい軽い登り30分余りで外道ノ原へ出た。以前八王子峠パノラマ台辺りから、ここを通る外道を麓の吉沢まで下ったことがある。

<歌川広重が描いた外道ノ原>
 外道ノ原をゆっくり登る。この辺りの景色を歌川広重が絵に描いたのだ。その頃の景色とほとんど同じ景色を写真に撮った。(写真左中)不思議な形が浮き出た大岩の脇を通り進み、「太刀の抜石」に寄る。岩の向こうに富士山が見えていた。(写真右)

Imgp14211

<獅子平方面へ向かう>
 ここで分岐をパノラマ台の方面へ行かず、左獅子平方面へ向かう。 この道も何年か前、勧学院OBの仲間たちと獅子平から登り歩いた道だ。20分余で獅子平方面と上道との分岐。左下に北仙開拓の何軒かの廃屋が見える。今日歩き下る上道方面を見ると、ピンク色のテープが巻いてある。私と同じようにこの道を歩く人がいるにはいるのだ。(写真左中下)

Imgp14301 <いよいよ上道を下る>
 何年か前尾根伝いのこの上道を下ったが、結構長い下りに不安になり途中で右方向亀沢方面に下ってしまったのだ。その時以来のこの上道を下る。今回の歩きは、そのリベンジの意味もある。

 馬頭観音、石仏など古い道らしきものは見当たらない。冬の尾根道なので、枯れ木越しに右左の山々がよく見える。右方向に南アルプスの山々、甲斐駒と地蔵ヶ岳の間に見えたのは仙丈ヶ岳か?(写真左下)左には帯那山、見越山の先にある電波塔もよく見えていた。30分ほど歩いたところで大休止、昼食とする。上道完歩の見通しも立ち、至福の時だ。

Imgp14341<畑跡があった>
 再び下り始めてすぐ四等三角点の標識を発見。(写真右下)手元にある地図の標高600m地点だろうか。三角点を少し過ぎたところで、右側下から枯れ葉や土に隠れているがコンクリートの小道が登って来ていてびっくり。地形図にもある亀沢方面から登ってくる実線(途中から点線)の道だ。もしかしたらずっと昔、亀沢辺りの人々はテーラーなどでここまで畑仕事に登って来ていたのだ。以前私が上道を下っていて亀沢方面に下ってしまった時は、この道を下ったのかもしれない。Imgp14361

 そのコンクリートの道が尾根の先に伸びている。そして、なんとその少し先が、先日御霊若宮辺りから上道下見で登って来て、山道整備の方々と出会った畑跡だった。ついに上道完歩!

<吉沢桜橋へ>
 そこから先は、先日の帰りと同様、大仏殿の方へ下った。途中、吉沢から外道を上る道に出たようで、日本遺産の標識があった。吉沢の家々が並ぶ集落を通り、荒川桜橋を渡ってバス停に着いた。

<念願の御岳古道の上道を完歩>
  念願の御嶽古道、上道を上からであったが、すべて歩き通した。風もなく天気もとても良く、快適で満足満足の山歩きであった。


 ********************


◇ 平成11年12月11日 の記録
   「八王子山」「羅漢寺山」「白砂山」「外道」

 バスは清川で15分ほど停車、金桜神社を廻り仙ヶ滝上。ロープウェイでパノラマ台へ。ここを八王子山(1025m)というそうである。一旦、羅漢寺山(1058m)へ。川窪の部落30戸を湖底に沈めて昭和61年にできた荒川ダム(能泉湖)や先日登った太刀岡山など眺めがよかった。その後、白砂山(985m)を経て尾根づたいに亀沢へ下る。

 本当は、その昔、黒平などの人々が、甲府の町に出るのに使った道、「外道」を吉沢に下ろうと思ったのだが・・・。亀沢から歩いて金石橋へ。後は、いつも歩いている荒川河川敷を千松橋まで。さらに千塚自宅まで。約4時間、2万歩。


◇ 平成25年6月7日の記事
   → 金桜神社から八王子峠へ そして外道を下る

◇平成25年6月27日の記事
   → 御岳道を歩く

◇平成25年7月5日の記事
   → 御岳道をめぐって

◇平成25年9月7日の記事
   → 続 御嶽道を歩く

2021年1月19日 (火)

日本遺産 御嶽昇仙峡を訪ねて 御嶽古道(上道)を歩く

Imgp13861  今日は、御嶽古道の上道の登り口を確認し、ウオーキングを兼ねて一部を歩いた。

<「御霊若宮」から登り始める>
 最近出来た茅ヶ岳東部広域農道の亀沢大橋の東詰、「甲斐国志」神社部にも載っている「御霊若宮」があるところから山道が登っている。獣除けの金網のゲートの扉を開けて入ると尾根道になる。踏み跡がずっと続いている。林の中にピンク色のテープが木に巻き付けてあり、これが目印になりルートが確認できた。Imgp13651

<倒木がいっぱいだ>
 最初は落ち葉が降り積もった快適な尾根道が上っていたが、しばらく歩き登ると、何年か前の台風の時に倒れた木なのか、倒木が沢山見られるようになった。しかし、通りやすいように道の部分は切り開いてあって、難なく歩くことが出来た。もし切り開いてなかったら歩くのが不可能だったかもしれない。

Imgp13701<御岳道を整備している方々と会う>
 登り初めて40~50分ほどたったところで、枯れたススキの原になった。昔の畑ではないかと思った。するとそこへ山歩き姿の3人の方々が下ってきた。
 話を聞くと、近くで農園をしている方々でボランティアで御岳道の整備をしているのだという。ありがたいことだ。先ほどの倒木もこの方々が切り開いてくれているのだ。

 上道をこのまま登って、獅子平下る道、下道へ下る道との分岐までにはまだまだかなりあるということで、今日は元々上道の登り口の下見という気持ちでもあったので、その方たちに頼んで一緒に引き返し下ることにした。

<吉沢「常説寺」方面に下る>
 しばらく下ったところで、私が登ってきた道ではなく吉沢へ直接降りる道を下るのだという。後をついて行くと山道がまもなく車が通れるくらいの道になった。Imgp13781 そしてすぐ大きな建物がありびっくりした。吉沢にある「常説寺仏殿」だという。そこからアスファルトの道となった。

 3人の方々は、そのまま常説寺の方へ下るということで、私はそこでお別れし一部完成している茅ヶ岳東部広域農道を歩き、車を駐めてある亀沢大橋東詰の上道登り口へ向かった。

Imgp13801<「台嶺山圓乗寺跡」を見る>
 途中、農道(といっても、広いアスファルトの立派な道路)を歩いている時に、右上方に何かありそうな気になるところがあり、ごく新しい数段の階段を上ってみた。そこには沢山の供養塔五輪塔が並んでいた。以前甲斐市教委の大嶌先生に教えて頂いていた御岳道一の鳥居をくぐって最初の祈願所「台嶺山圓乗寺跡」だった。農道の工事に先立って行われた発掘作業で見つかったものだと大嶌先生が説明していたのを思い出したのだった。

<御嶽古道上道を完歩目指す>
 御岳道 何年か前、八王子山(パノラマ台)から下り、外道との分岐を上道に入り下ったのに途中で尾根をはずれ亀沢に下ってしまったののリベンジをずっと考えていたのだが、今回の探索で見通しがついた。
 近いうちに、上道の完全制覇を目指すことにする。

2020年11月17日 (火)

日本遺産 御嶽昇仙峡を訪ねて 昇仙峡の紅葉

 日本遺産に認定されて初めての紅葉の時季を迎えた特別名勝昇仙峡、今年はとりわけ紅葉がみごとだ、日本遺産認定を祝っているように。

 コロナ禍で観光客の減少が心配されたが、gotoキャンペーンのおかげか昇仙峡にある市営県営の広い無料の駐車場が平日でもいっぱいになるなど観光客で賑わっている。長瀞橋から仙娥滝まで4㎞程、軽いハイキング気分で渓谷の紅葉を楽しみながら歩く人もいっぱいだ。滝上のお土産屋さん街、影絵の森美術館なども賑わい、昇仙峡ロープウエイでパノラマ台まで上る人も多い。 

 昇仙峡の入り口長潭橋は、今新しい橋の工事中。昇仙峡紹介の定番の長潭橋の紅葉のきれいな写真は撮れなくなってしまった。新しい橋のコンクリートの橋脚が映り込んでしまい残念だが、今日の紅葉の長潭橋を撮った。

Imgp09542

 巨岩、奇岩の間を流れる清流と紅葉した木々を撮る。

Imgp10421

Imgp10121

 天鼓林の辺りの紅葉は素晴らしい。昇仙峡一かもしれない。景色に馴染んだ古い休憩小屋の屋根に赤い紅葉の葉っぱが積もっていた。

Imgp10271

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Imgp09752

Imgp10351

 定番の仙娥滝、普段余り見られない虹が架かっていてラッキー。

Imgp10621

Imgp10601

 滝上のお土産屋さんが設置した休憩所の赤い傘とマッチした紅葉。

Imgp11041

2020年11月 9日 (月)

日本遺産 御嶽昇仙峡を訪ねて 板敷渓谷の紅葉

 日本遺産 御嶽昇仙峡にある「仙娥滝」上のお土産屋さん街を車で通り過ごし、更に10分ほど遡ると荒川ダムがある。能泉湖ともいわれる。この能泉湖、板敷渓谷、金桜神社辺りを、奥昇仙峡と呼ぶこともある。

 この奥昇仙峡の能泉湖、紅葉した山々が湖面に映って見応えのある素晴らしい景色を呈している。

 *以下、是非写真をクリック、拡大してご覧ください!

Imgp07531

 その先、能泉湖に架かる荒川大橋を渡ってしばらく進むと、板敷渓谷がある。この辺り、今赤や黄色で紅葉真っ盛りである。板敷渓谷入口から歩き入るとすぐ、細い鉄製の橋の上から白髭滝が見える。

Imgp06781

 橋を渡ったり、鉄製の階段を上ったりで渓谷沿いを歩く。革靴だとちょっと厳しい。スニーカーや軽登山靴がいい。渓谷の岩に紅葉した葉が落ちている。水量は結構あり、小さい滝が所々にある。

Imgp06821

Imgp07431

 小さい滝や水の流れ、紅葉した周りの木々を眺めながら、渓谷入口から20分ほど歩くと、大滝に着く。大滝は、高さ30メートルほど、流れ落ちる水量はものすごく多い。特に今は辺りの木々の紅葉が映え、見応えがある。運がよければ虹が架かった大滝も見られるというが、今日は見られなかった。

Imgp06921

 大滝上段。滝上の木々が紅葉してきれいだ。
Imgp07221

 大滝の下段。滝壺に落ちる流れの色、音が心地よい。
Imgp07261

 紅葉真っ盛りの昇仙峡長瀞橋から仙娥滝、滝上辺りを訪れる人は多い。しかし奥昇仙峡、板敷渓谷を訪れる人は少ない。軽いハイキング気分で歩ける隠れた紅葉と滝の見どころスポットといえるかもしれない。
                 (令和2年11月6日)


 こちらもご覧ください 令和元年11月15日の記事
    → 奥昇仙峡 板敷渓谷と能泉湖の紅葉

2020年11月 7日 (土)

日本遺産 御嶽昇仙峡を訪ねて 旧金桜神社一の鳥居 御霊若宮

<勧学院中巨摩学園第25期生同窓会「輝きの会」の今回の活動は、日本遺産認定 「甲州の匠の源流・御嶽昇仙峡」をテーマにして、甲斐市教委の大嶌先生を講師に、午前中敷島総合文化会館で講義を聞き、午後がフィールドワーク(現地見学)となりました。>

 最初に訪れたのが、甲斐市総合公園内にある旧金桜神社一の鳥居。この鳥居は、かって御岳道の通り道であった吉沢地内の田んぼの中に倒壊しているのが見つかり、後に金峰山を望むこの地に復元されたのだといいます。あいにく金峰山は見えませんでしたが、この鳥居は金桜神社の本宮のある金峰山を望めるように設置してあるそうです。この鳥居をくぐり参拝者が金桜神社や金峰山に向かったのだと感慨深い見学となりました。

Imgp86961
 甲斐市総合公園内にある旧金桜神社一の鳥居   平成28年1月撮影

 次に訪れたのが、「甲斐国志」神社部にも載っている「御霊若宮」。場所は、有名な亀沢の千枚田(棚田)の近く、御岳道が千塚から片山西を周回し荒川を渡り上道下道へつながる登り口辺りです。もっと簡単にいうと、韮崎双葉方面から伸びてきた茅ヶ岳東部広域農道が亀沢川に架かるものすごく高い橋(亀沢大橋)を渡りきったところ辺りです。(この橋はまだ開通しておらず、地元の人しか通れないようになっています。)
 こんなところにという感じで石の祠、欠けた石のお犬様(ではなく、ニホンオオカミといわれているとか)などが並んでいました。確かにこの辺りに神社があったのだと想像できます。御霊若宮は、別名「姫宮」ともいい、3月10日と6月14日の御霊には金櫻神社から神輿を迎え入れていたという記述が甲斐国志に載っているそうです。

 今回は行きませんでしたが、以前この近くにある常説寺にある順徳天皇が佐渡から金桜神社に勅使を使わした際に奉納品をのせた輿「白輿」も日本遺産認定 甲州の匠の源流・御嶽昇仙峡の構成文化財の一つになっています。

 この後、最近開館した武田氏館跡歴史館(信玄ミュージアム)を見学、お開きとなりました。大変有意義な為になった講義フィールドワークでした。講師の大嶌先生に感謝申し上げます。

2013年9月 7日 (土)

続 御嶽道を歩く

 先日、穂坂路を千塚四ッ角で分かれ吉沢ルートへ続く「御嶽道」を、毎朝のウォーキングを兼ねて金石橋まで歩いた。車では時々走る道だが、古い道だと意識して歩くのは初めてだ。

 千塚四ッ角を北、昇仙峡方面へ県道を進むと、千塚郵便局がある。ここを県道は斜めに北西方向に進むが、御岳道は左折、車は通れるが狭い道を西に向かう。すぐ北へ曲がる道があり、そちらへ進む。一度県道に出るがすぐまた左、西に向かい、同じように少し進んだところでまた北へ向かう。県道に出るとそこに道祖神と福寿院がある。

Fukujyuin007 また左西方向に入りまたまた同じようにしばらく進んだところで右、北方向に曲がる。これを進み今度は県道を横切りまっすぐ進むと山宮大宮神社だ。鳥居の前を左、西方向へ向かい、また県道の北西中学校入口の信号に出る。
 そして、それからは今の県道沿いに北西に片山をぐるっと回るような形で金石橋に出る。

 帰りは、いつものウォーキングルート、荒川の河川敷サイクリングロードを、千松橋に向かった。

 この千塚四ッ角から金石橋までの御嶽道は、今の県道のように北西方向に真っ直ぐに進めばいいのに、上に記述したように何度も西に進みすぐ北へ曲がるというのを繰り返している。普通、昔の道は一度ぐらいは鍵形に曲がることはあってもここのようにこんなに何回も曲がることはない。
 何か理由があるのだろう。またの機会に甲斐市教委大嶌先生にでも聞いてみようと思っている。(ここの御岳道は甲府市だから、甲斐市教委ではダメかな。)

 写真は、福寿院。門前に「北山十三番札所」の石塔がある。

【 歩 い た 日 】 平成25年9月2日(月)
【 参考にした資料 】 「 山梨県歴史の道調査報告書第十二集 御嶽道 」 山梨県教育委員会 昭和62年3月

 敷島町島上条からのルートを歩く → 御岳道を歩く
 金桜神社から吉沢へ → 金桜神社から八王子峠へ そして外道を下る  

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