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カテゴリー「山への思い」の123件の記事

山への思いが募る時・・・

2021年4月14日 (水)

武田の杜遊歩道にイチリンソウ咲く 

 甲府市街から天神平甲府線の和田峠を稲妻形に登って行き、県立鳥獣センターを過ぎしばらくして大きくカーブするところ道脇に車2台ぐらい駐められる場所がある。ここが武田の杜遊歩道の和田峠入口だ。
 案内看板も設置してある。この武田の杜遊歩道は、湯村山から甲府市街北部の山の中腹を愛宕山まで、市街を見下ろすような形で伸びている遊歩道いわば長いトラバース道だ。
 この武田の杜遊歩道和田峠の入口を入ってすぐ100mも進まぬうちにイチリンソウの群生地がある。遊歩道を挟んで辺り一面のイチリンソウの花は実に見事だ。そしてこの遊歩道を更に30分ほど進んだ中峠口辺りにもイチリンソウが、一杯咲いていてうれしくなる。
 金子峠、中峠の峠歩きの途中、イチリンソウの花を撮った。

 撮影カメラ ; PENTAX K-7
   レンズ ; SMCPENTAX-DA 18-55mmAL

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2021年4月 8日 (木)

白花のイワカガミを訪ねる新緑の山歩き

<私のホームグラウンドともいうべき白山(八王子山)を、そしてそこに咲くシロイワカガミを、『山と渓谷』4月号(№1033号)が紹介していてうれしくなった。>

 山と渓谷社が出している『山と渓谷』は、『岳人』と並んで有名な山岳雑誌である。私は特に関心のあるテーマがあると購入し、そうでないときは県立図書館で借りて読んでいる。

 今回の『山と渓谷』の記事の大きいテーマは「春爛漫 彩り豊かな山の花を訪ねる」、200Pに「白花のイワカガミを訪ねる新緑の山歩き」と題して白山(八王子)のイワカガミを ・・・白山の北斜面のトラバース道に群落をつくる白花のイワカガミ・・・ と紹介している。

 毎年この時季シロイワカガミの写真を撮りに出かけているが、この記事を見たこともあり、また薄曇りながらまあまあの天気だったので、写真を撮りに出かけた。梨の木峠から白山(八王子山)に登り、尾根沿いに四阿のある白山を通り、千代田湖丸山締切堤近くに降りた。

 『山と渓谷』の記事があったからだろうか、沢山の登山者と出会った。写真を撮っているソロの女性登山者も見た。

 撮影日 ; 令和3年4月8日午前10時~12時
 撮影カメラ ; PENTAX K-7
     レンズ ; SMCPENTAX-DA 18-55mmAL

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 こちらの記事もご覧ください
  2021年3月2日 → 徽典館学頭 友野霞舟 八王子山(白山)に遊ぶ 
  2020年4月7日 → カイイワカガミ(甲斐岩鏡)を撮る

2021年3月 2日 (火)

徽典館学頭 友野霞舟 八王子山(白山)に遊ぶ

 甲府市街から北西方向に見える 八王子山(630m)は、私にとっては地元の山といえる。緑ヶ丘スポーツ公園から湯村山法泉寺山を経て登ったり、和田峠を登り切ったところにあるヘラブナ釣りで有名な千代田湖畔から登ったり、また梨木峠から尾根づたいに登ったりで、もう数え切れないほど登っている。Imgp06941_20210304121101

 千代田湖(昭和12年に出来た人造湖)もない江戸時代後期に、この山に登り、格調高い漢文エッセーを書いた人がいる。友野霞舟(とものかしゅう)である。題は『 遊白山記 』といい、今でいう山岳紀行随筆である。

 友野霞舟(1791~1849)は江戸時代後期の儒者漢詩人で、江戸の昌平黌から派遣された初代の徽典館(山梨大学の前身)の学頭(学長)である。

Imgp06901  山梨大学名誉教授の成瀬哲生先生の論文を読むと、友野霞舟は甲府愛宕町から塔岩町を通り和田村の名主のところに寄り一休み、和田峠を上り、下帯那町に出た。そして、まず今も四阿があり眺めのよい白山に登り、さらに南進して大きい石の祠のある八王子山に至ったようだ。八王子山山頂の様子や眺めなど、格調高い漢文で書いている。(もちろん成瀬先生の論文の訓読があるのでわかるのだが)

*八王子山山頂には最近「白山」という木標が、祠の裏の木にぶら下がっている。どうも、先ほどの和田峠辺りから四阿のある白山、さらに八王子山から梨木峠辺りまでの山域全体を「白山」といっているのではないかと思う。今でもそのようだ。

 帰りは、平瀬に降り、羽黒町から湯村、塩部、古府中というルートで歩いたと書き記す。最後にこの日の同遊の者が16人だったと結んでいる。

 成瀬先生の論文で 訓読 を読むとよくわかり楽しい。成瀬先生に感謝します。

 写真上 四阿のある白山から千代田湖、南アルプス方面を眺める 
 写真下 現在の八王子山山頂 八王子権現の石の祠がある

【参考文献資料】
・『友野霞舟 「白山に遊ぶ記」ー徽典館の文学-』 成瀬哲生 平成25年(2013年)度 山梨大学教育人間科学部紀要
・ 甲府文芸講座マガジン「 昇仙峡に魅せられた人たち 」 平成10年3月 甲府市教育委員会発行
・「『甲斐山岳』第11号別冊 甲斐百山 」 日本山岳会山梨支部 令和元年12月15日発行     

2020年10月17日 (土)

草紅葉の霧ヶ峰高原歩き(車山・蝶々深山・八島ヶ原湿原)

<霧ヶ峰に一番近い道>
 甲府から中央道で諏訪インターを降りる、四賀から諏訪茅野線に入る。霧ヶ峰霧の駅から、車山肩までは、ほんのわずか。この道がどうも霧ヶ峰への一番の近道のような気がする。甲府から約1時間30分、76.8㎞。

<車山肩から車山へ>
 車山肩から車山に登るのは2度目、前回はニッコウキスゲの花を眺めながら登った。今回は咲き残った二三輪のリンドウの花を眺めながら登る。ゆっくり登って50分。車山の頂上(1,925m)からは、霧ヶ峰高原、八島ヶ原湿原、蓼科山、八ヶ岳が眺められた。南アルプス、中央アルプス、北アルプスは雲に隠れよく見えなかった。

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(新しい山頂標柱があったがこちらの方が味がある)

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(車山山頂から八島ヶ原湿原 その向こうは鷲ヶ峰)

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(蓼科山 右雲に隠れているのが八ヶ岳北横岳あたり)

<車山から車山乗越を経て蝶々深山へ>
 ここからは初めて通るルート。車山頂上から車山神社、車山ロープウエイ山頂駅の脇を通り結構急な階段を下る。下りきったところの三叉路を左折、すぐ車山乗越だ。これから登る蝶々深山への道がまっすぐ伸びている。車山山頂から約50分で蝶々深山(1,836m)に着いた。

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(車山乗越 ここを歩き越えるのは初めて)

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(蝶々深山に登る一直線の山道)

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(頂上の看板 岩の陰で気を付けないと見逃しそう)

<蝶々深山から車山湿原を眺めつつ車山肩へ>
 蝶々深山から車山乗越の方へ少し戻り、木道を車山肩へ。車山湿原周辺を歩くこの道は前回に歩いた道だ。車山肩にある山荘(コロポックルヒュッテ)が丘の上の林に囲まれ望まれた。この景色が私を山に誘うきっかけになった懐かしい景色だ。写真でしか見なかった景色を実際に見ていることに感激。お茶を飲みくつろいでいる人たちがいっぱいのコロポックルヒュッテのテラスの脇を通り車山肩の駐車場へ。

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(車山湿原辺りから見上げる木々の紅葉)

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(右上に見えるのがコロボックルヒュッテ)

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(咲き残っていたリンドウの花)

<八島ヶ原湿原>
 車山肩駐車場から15分ほどで、八島ヶ原湿原駐車場。ビーナスライン道路の下のトンネルを通過すると、「七島八島天然記念物霧ヶ峰湿原植物群」の大きな看板のある広場だ。木の階段を降り、木道を20分ほど歩いて引き返した。一周する余裕はなかった。写真も撮ったつもりが、何故か1枚も残っていなかった。
 ここは高山植物など花の咲く時期に、また改めて旧御射山辺りを含めて湿原を一周歩くことにしよう。

2020年8月29日 (土)

山梨百名山帯那山 奥帯那山 見越山

< 山梨ケーブルテレビNNS11チャンネルでやっている「てくてく山梨百名山」で、今回は「帯那山」をやっていた。その中で二等三角点がある奥帯那山に真新しい立派な標柱が映っていた。あれ、こんなのあったかな。帯那山を自分のホームグランドと謳っている私とすれば、これは見落とすわけにはいかない。それで久しぶりに「帯那山」に登った。ついでにすぐ隣にある「見越山」と、甲府市街からよく見える電波塔の山(名前なし)もにも寄ってきた。>

<水ヶ森林道途中帯那山登山口から>
 甲府積翠寺から山梨市切差へ抜ける太良峠から水ヶ森林道へ入って2~3㎞、道路脇に車が2~3台留められるところに「帯那山登山道」の小さな看板がある。ここが、一般的な帯那山登山道、山梨市戸市からの登山道の中間点ぐらいになる。

<旧帯那山高原牧場へ行く林道を横切る>
 水ヶ森林道から登り始めて
20分ほどで、旧帯那山高原牧場に行く林道を横切る。横切ってすぐはものすごい急な道だが、すぐ平らな林道歩きになる。

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 帯那山山頂にあった警察無線中継所の建設やメンテナンスのために作られただろう古い林道を辿ると、15分ほどで帯那山の休憩東屋に着く。

<帯那山山頂 これでは・・・>
 休憩東屋から20mほどで、山梨百名山の標柱や旧警察無線中継所の廃屋がある帯那山山頂だ。昔、芝草スキーをしたという辺り一面の斜面は、ススキのような背の高い草に覆われていた。歩くにも苦労するほど伸びていた。わずか山梨百名山の標柱のあるあたり10m四方の草が刈ってあり開けていたが、残念ながらこれでは今の時期、帯那山初めての登山客を迎える環境ではないなと思った。

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<奥帯那山に新しい標柱があった>
 帯那山山頂から15分ぐらいほとんど平らな山道を行くと奥帯那山山頂(1442.3m)だ。なるほどテレビに映っていた真新しい標柱が立っていた。ただそこへ着く手前10mほども、高いススキのような草で、標柱はよく見えなかった。初めての人だったら手前で諦めて戻ってしまうかもしれないと思った。

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<見越山に向かう>
 帯那山の山梨百名山の標柱のある帯那山山頂に戻り、そこから旧帯那山高原牧場に向かう林道に歩き下る。この山道も、本来は草原の中の眺めのよい快適な遊歩道なのだが、背の高いススキのような草に隠れていて、進む方向がわからないぐらい。

<三角点のある見越山山頂>
 旧帯那山高原牧場入り口のゲートがあるところから、50~60mほど行ったところを林道からはずれ、
左の山の中に入る。わずかに残る踏み跡を5分もたどると三角点のある見越山山頂(1347.4m)に着く。前にはなかった「見越山山頂」の標札がつるさっていた。この山頂は、三角点マニアやバリエーションルートを楽しむ人以外はすぐ脇を走る林道の方を歩き、ここを通らないだろう。

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<これは何だ・・・>
 その先もうすぐ東側の斜面広く木が切り開かれ、広々として眺めはよくなった。太良峠、棚山方面が眺められる。その向こうに盆地の町並み、御坂の山々が見える。(御坂の山は今日は雲に隠れ見えなかった。)これから行く電波塔もよく見えた。材木を伐採、そのうえでまた植林をするというのではいいが、まさか太陽光発電の施設なんかを作るのではないだろうな、だとしたらこれはもうまったく環境破壊だと思った。山を丸裸にしている。

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<市街からも見える電波塔>
 切り開かれた斜面のその向こうにある甲府市街からもよく見える電波塔を目指す。たどり着いた電波塔前の広場には、東屋休憩所があるが、もう草に囲まれ使えるものではなくなっている。この電波塔は、今も作動しているのだろうか。

<旧帯那山高原牧場>
 電波塔から帰路に向かう。帯那山高原牧場も、バブル
の時代のわずかの時代しか開かれていなかったのではないか。今も林道沿いに続く白い柵、使われなくなり、朽ちた施設が、寂しさを誘う。

<花々が咲き乱れる帯那山はどこへ>
 今回の山行きでは、私のホームグランドとする帯那山が、みんなに来てもらって楽しんでもらう山域ではなくなっていくような気がして寂しくなってしまった。一面にアヤメの花が咲き、秋の高原の花々が咲き乱れる帯那山は、どこへ行ってしまったのだろうか。(地元の人々、自治体も保護活動、整備活動などしてくれているのだろうが。)

                      (令和2年8月25日登る)

2020年7月 7日 (火)

定年後の暮らしは読書三昧 松本清張「黒い画集 遭難」を読む

 6月27日のNHKラジオ第一の「山カフェ」のテーマは、「映画で旅する山」だった。その中で『黒い画集 ある遭難』を紹介していて、松本清張の原作だということで、興味をもった。さっそくその原作の小説の方を、県立図書館で探してもらい借りてきて読んだ。

 本は昔の分厚い全集、字は小さく私には、ちょっと読みづらい本だった。「黒い画集」は短編の推理小説シリーズで、映画では「ある遭難」のようだが、小説の方は単に「遭難」だ。鹿島槍ヶ岳の登山のお話でほとんどが山登りの場面で興味深く読んだ、面白かった。

 推理小説というよりも、山岳小説として面白く読み進めることが出来た。松本清張は、小説を書くにあたり、専門家から色々話を聞いたり、自分でも鹿島槍ヶ岳へ登ったそうだ。

 映画の方もいつか観てみたいものだ。

・・・読書はいい。大げさにいうと生きている喜びを感じるときだ。

 『黒い画集 松本清張全集4』松本清張 株式会社文藝春秋 1974年7月5日 第3刷

2020年6月25日 (木)

甲府名山 19「愛宕山」 20「夢見山」 21「大笠山」 に登る

【登った日】 2020年6月24日(水)
【天候】 晴
【コースタイム】
 県立科学館駐車場(9:10)~(9:12)愛宕山・愛宕山展望台(9:20)~こどもの国遊具の左側遊歩道を歩く~(9:38)夢見山入口~(9:40)夢見山~(9:55)芝生広場側大笠山登り口~(10:20)大笠山山頂(10:40)~(10:55)少年の家側大笠山登り口~(11:20)県立科学館駐車場
【参考にした資料 】
 「 1:25,000地形図 甲府北部 」 平成2年2月 国土地理院
 「 甲府名山手帳 」甲府市 令和元年8月
 「 車窓の山旅 中央線から見える山 」山村正光 1985年4月第6刷  実業之日本社

 県立科学館脇にある愛宕山展望台は、先日NHKテレビ「ブラタモリ」でタモリさんが甲府盆地を眺めたところだ。今日は盆地はよく見えたが遠くの山々は雲でよく見えなかった。

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 「愛宕山の本当の頂上は、そこ(科学館の東側の小さな森の中の丘)のオレンジの鉄棒が立っているところの先だよ。」と、展望台で会った年配の方が教えてくれた。なるほど、甲府名山の標柱のあるところは、誰が考えても山のてっぺんじゃないものな。

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 県立科学館からこどもの国の遊具の方に向かう陸橋を渡ったところに、甲府名山「愛宕山(423m)」の標柱がある。その先にあるこどもの国のジャンボ遊具は、子供が小さい頃よく来て遊ばせた場所だ。今日も小さい子供を遊ばせている親子がいて顔がほころんだ。

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 遊具のある場所を更に奥、愛宕山少年自然の家の方に進み舗装道路(愛宕山スカイラインというのだそうだ。)の上にある陸橋を渡って10m程進んだところが、夢見山入口。山道を2分ほど登って「夢見山(439m)」。大きな石がゴロゴロの山頂だ。へえ~、ここで信虎がまどろんでいる時に、信玄公が生まれたんだ(^0^)

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 夢見山の反対側に下り、遊歩道を進み、芝生広場のあるところが大笠山の登り口だった。ここから、山道を20分余りで「大笠山(548m)」の標柱のある山頂に着いた。以前ここから東洋一長いスロープという滑り台が下っていたが、事故がありすぐ撤去された。そのコンクリートの古い土台が残っていて、心が痛んだ。

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 ここも愛宕山と同じで、一番高いところは更に3分ほど登ったところだ。そちらも林の中で、展望はなかった。

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 下りは、山道を道なりに下っていったが、登りと違って少年自然の家の脇に下り着いた。ここには立派な登口の看板が立っていた。こちらの方が、表登山口なのだろう。

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 少年の家の人がいて聞いてみると、この施設はあと1年で閉鎖とか、何度も使ったことのある施設で閉鎖は寂しい。施設も古くなり、時代の流れで仕方がないのか。

 散歩、ランニングの人と声を交わしながら遊歩道をゆっくり科学館まで歩いた。それほど暑くなく、ほどよい登りと歩きで、気持ちよい甲府名山山歩きだった。

2020年5月 5日 (火)

湊かなえ「山女日記」を読む

 湊かなえの本、2冊目は「山女日記」。読み進める中で、ああこれは「花の鎖」と同じ、湊かなえの文章だと思った。もしかしたら、作者がわからないで文章を読んでも、ああこれは湊かなえだとわかるかもしれない。

 7編とも山登りのお話、いずれもハッピーエンドをにごわせ終わっている。大げさではなく、登山のよさ楽しさを淡々と書いている。そしてその人の心持ちで(置かれた環境で)楽しさ喜びも当然違うのだと思った。

 山の知識、よさがいっぱい詰まっている。楽しく読み進めることが出来た。

・・・読書はいい。大げさにいうと生きている喜びを感じるときだ。

 『山女日記』湊かなえ 幻冬舎文庫 平成31年4月10版

2020年4月27日 (月)

定年後の暮らしは読書三昧 湊かなえ「花の鎖」を読む

 本は、最近は図書館で借りて読むのが主だったが、新型コロナウイルス流行の関係で図書館が閉館、本屋さんで買うことが多くなった。文庫本の棚の前に並んでいる本の中で、「花の鎖」という書名と「湊かなえ」という著者名に何か引っかかりを感じ、買った。

 読み進めていくうちに、ずいぶん山に詳しい作者だなと思って、ハッとした。あれこの湊かなえって前にテレビの山の番組でどなたか女優さんといっしょに山に登っていたあの人なのだ。それで名前を見た時、引っかかりを感じたのだ。読み終わってからのことだが、この人の作品に「山女日記」というのもあるのだという。こちらも読んでみるか。

 時代が違う三つの話が進むというのは読んでいってかなり後になってわかるのだが、最初はよくわからなかった。最近はこういう小説の書き方が増えているのか。人物関係図をあればもっと話がよくわかるかなと思ったが、もっとも読み進めるうちに話が繫がっていき、筋がわかるのが面白いのだということなのだろうか。関係図があるとこの小説の面白さがなくなるのか。

・・・読書はいい。大げさにいうと生きている喜びを感じるときだ。

 『花の鎖』湊かなえ 文春文庫 2020年2月20日 第22刷


<追記> テレビで湊かなえさんと一緒に山に登った女優さんは工藤夕貴さんでした(^0^) この方も山が大好きだそうですね。(R2/6/24)

 

2020年3月 5日 (木)

法泉寺山を歩く

<法泉寺は、武田信玄公が定めた5つの寺院「甲府五山」の一つである。徳川家康によって武田勝頼の菩提寺に定められた。その法泉寺の裏山一帯を「法泉寺山」と私は認識していた。>

【歩いた日】2020年3月3日(火)
【コースと時間】甲府緑ヶ丘スポーツ公園駐車場(9:50)~ 湯村山乗越(10:20-10:40)~ 法泉寺山(11:00)~展望台(11:15-11:25)~ 諏訪神社・尚古園(11:40)
【 参考にした資料 】
 「 1:25,000地形図 甲府北部」 平成2年2月(三色刷)  国土地理院

<湯村山乗越へ>
 いつも湯村山や八王子山へ登るとき同様、緑ヶ丘スポーツ公園体育館裏に車を置いた。前回12月5日に歩いたときには、湯村山に登るアスファルトの道は、枯れ葉の絨毯に覆われていたが、今日はみんな吹き飛ばされたのだろう、あの沢山の落葉はほとんどなかった。

 一人なのでゆっくりゆっくり歩き登った。いつものように上り下りする大勢のウオーキングの人とすれ違った。走って追い越していく若者もいた。トレールランニング、マラソンの練習なのだろうか。私が勝手に呼ぶ「湯村山乗越」(以前狼煙台があったところ)で大休憩、ここまで30分かかってしまった。

<法泉寺山へ>
 湯村乗越からは、いよいよ山道に入る。石畳になっているようなところもあった。最初のピークを越え下り、次に登ったピークが「法泉寺山」だった。真新しい「法泉寺山」という木製の小さな看板が設置されていた。このピークは八王子山白山へ登るときに何度も超えたピークで、ここが法泉寺山とは私は認識していなかった。私にとっては、新しく「法泉寺山」と名前を付けたなって感じ。今までは法泉寺の裏山一帯を「法泉寺山」と考えていたのだが、このピークが「法泉寺山」だったのだ。

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<法泉寺山を下る>
 法泉寺山からいよいよ今まで歩いたことがなかった山道を下ることになる。「諏訪神社」というやはり新しく設置された道標に従って下る。私が考えていた法泉寺裏一帯の尾根道だ。最初は結構急な下り坂で、気をつけないとすべり落ちるぐらいの坂道だった。10分ほどでやや緩い下りの山道になった。右に緑ヶ丘から甲府市街、左に和田町の街並みを見ながら、快適に下る。

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 途中にも真新しい看板が設置されており、カメラの型が彫ってある木標に従って展望台にちょっと寄り道をした。甲府の街並みが見下ろせた。といっても高度感はあまりない。真下の緑ヶ丘のスポーツ公園の周り、その先の甲府市街がよく見下ろせた。どうもこの展望台から、直接下るとすぐ法泉寺辺りに出るのだろうと思ったが、踏み跡がないし急な斜面で危なそうで、正規の山道を下ることにした。

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<諏訪神社・尚古園のところに出た>
 もうすぐ麓だなと思うところで、左側から来る水平道に出た。もう里の道という感じ。それを右にほんの少し行ったところが諏訪神社だった。そしてその隣が、尚古園だった。ここまで緑ヶ丘からアスファルトの道が来ている。私もウオーキングの際、ここまではもう何回も来ているところだ。

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<いつもの道をゆっくり下る>
 アスファルトの道を快適に歩き下った。歩き慣れた道の脇にはタンポポが咲いていた。念願だった法泉寺裏の山を快適に歩くことが出来、満足満足。

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     山登り山歩きの折、撮りためて来た写真を主に「山と山の花セレクション」をまとめました。ご覧ください。

続 山と山の花セレクション

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     山歩きの折に撮った山と山の花の写真・・・「続 山と山の花」です。ご覧ください。
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