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カテゴリー「山への思い」の119件の記事

山への思いが募る時・・・

2020年8月29日 (土)

帯那山 奥帯那山 見越山

< 山梨ケーブルテレビNNS11チャンネルでやっている「てくてく山梨百名山」で、今回は「帯那山」をやっていた。その中で二等三角点がある奥帯那山に真新しい立派な標柱が映っていた。あれ、こんなのあったかな。帯那山を自分のホームグランドと謳っている私とすれば、これは見落とすわけにはいかない。それで久しぶりに「帯那山」に登った。ついでにすぐ隣にある「見越山」と、甲府市街からよく見える電波塔の山(名前なし)もにも寄ってきた。>

<水ヶ森林道途中帯那山登山口から>
 甲府積翠寺から山梨市切差へ抜ける太良峠から水ヶ森林道へ入って2~3㎞、道路脇に車が2~3台留められるところに「帯那山登山道」の小さな看板がある。ここが、一般的な帯那山登山道、山梨市戸市からの登山道の中間点ぐらいになる。

<旧帯那山高原牧場へ行く林道を横切る>
 水ヶ森林道から登り始めて
20分ほどで、旧帯那山高原牧場に行く林道を横切る。横切ってすぐはものすごい急な道だが、すぐ平らな林道歩きになる。

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 帯那山山頂にあった警察無線中継所の建設やメンテナンスのために作られただろう古い林道を辿ると、15分ほどで帯那山の休憩東屋に着く。

<帯那山山頂 これでは・・・>
 休憩東屋から20mほどで、山梨百名山の標柱や旧警察無線中継所の廃屋がある帯那山山頂だ。昔、芝草スキーをしたという辺り一面の斜面は、ススキのような背の高い草に覆われていた。歩くにも苦労するほど伸びていた。わずか山梨百名山の標柱のあるあたり10m四方の草が刈ってあり開けていたが、残念ながらこれでは今の時期、帯那山初めての登山客を迎える環境ではないなと思った。

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<奥帯那山に新しい標柱があった>
 帯那山山頂から15分ぐらいほとんど平らな山道を行くと奥帯那山山頂(1442.3m)だ。なるほどテレビに映っていた真新しい標柱が立っていた。ただそこへ着く手前10mほども、高いススキのような草で、標柱はよく見えなかった。初めての人だったら手前で諦めて戻ってしまうかもしれないと思った。

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<見越山に向かう>
 帯那山の山梨百名山の標柱のある帯那山山頂に戻り、そこから旧帯那山高原牧場に向かう林道に歩き下る。この山道も、本来は草原の中の眺めのよい快適な遊歩道なのだが、背の高いススキのような草に隠れていて、進む方向がわからないぐらい。

<三角点のある見越山山頂>
 旧帯那山高原牧場入り口のゲートがあるところから、50~60mほど行ったところを林道からはずれ、
左の山の中に入る。わずかに残る踏み跡を5分もたどると三角点のある見越山山頂(1347.4m)に着く。前にはなかった「見越山山頂」の標札がつるさっていた。この山頂は、三角点マニアやバリエーションルートを楽しむ人以外はすぐ脇を走る林道の方を歩き、ここを通らないだろう。

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<これは何だ・・・>
 その先もうすぐ東側の斜面広く木が切り開かれ、広々として眺めはよくなった。太良峠、棚山方面が眺められる。その向こうに盆地の町並み、御坂の山々が見える。(御坂の山は今日は雲に隠れ見えなかった。)これから行く電波塔もよく見えた。材木を伐採、そのうえでまた植林をするというのではいいが、まさか太陽光発電の施設なんかを作るのではないだろうな、だとしたらこれはもうまったく環境破壊だと思った。山を丸裸にしている。

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<市街からも見える電波塔>
 切り開かれた斜面のその向こうにある甲府市街からもよく見える電波塔を目指す。たどり着いた電波塔前の広場には、東屋休憩所があるが、もう草に囲まれ使えるものではなくなっている。この電波塔は、今も作動しているのだろうか。

<旧帯那山高原牧場>
 電波塔から帰路に向かう。帯那山高原牧場も、バブル
の時代のわずかの時代しか開かれていなかったのではないか。今も林道沿いに続く白い柵、使われなくなり、朽ちた施設が、寂しさを誘う。

<花々が咲き乱れる帯那山はどこへ>
 今回の山行きでは、私のホームグランドとする帯那山が、みんなに来てもらって楽しんでもらう山域ではなくなっていくような気がして寂しくなってしまった。一面にアヤメの花が咲き、秋の高原の花々が咲き乱れる帯那山は、どこへ行ってしまったのだろうか。(地元の人々、自治体も保護活動、整備活動などしてくれているのだろうが。)

                      (令和2年8月25日登る)

2020年7月 7日 (火)

定年後の暮らしは読書三昧 松本清張「黒い画集 遭難」を読む

 6月27日のNHKラジオ第一の「山カフェ」のテーマは、「映画で旅する山」だった。その中で『黒い画集 ある遭難』を紹介していて、松本清張の原作だということで、興味をもった。さっそくその原作の小説の方を、県立図書館で探してもらい借りてきて読んだ。

 本は昔の分厚い全集、字は小さく私には、ちょっと読みづらい本だった。「黒い画集」は短編の推理小説シリーズで、映画では「ある遭難」のようだが、小説の方は単に「遭難」だ。鹿島槍ヶ岳の登山のお話でほとんどが山登りの場面で興味深く読んだ、面白かった。

 推理小説というよりも、山岳小説として面白く読み進めることが出来た。松本清張は、小説を書くにあたり、専門家から色々話を聞いたり、自分でも鹿島槍ヶ岳へ登ったそうだ。

 映画の方もいつか観てみたいものだ。

・・・読書はいい。大げさにいうと生きている喜びを感じるときだ。

 『黒い画集 松本清張全集4』松本清張 株式会社文藝春秋 1974年7月5日 第3刷

2020年6月25日 (木)

甲府名山 19「愛宕山」 20「夢見山」 21「大笠山」 に登る

【登った日】 2020年6月24日(水)
【天候】 晴
【コースタイム】
 県立科学館駐車場(9:10)~(9:12)愛宕山・愛宕山展望台(9:20)~こどもの国遊具の左側遊歩道を歩く~(9:38)夢見山入口~(9:40)夢見山~(9:55)芝生広場側大笠山登り口~(10:20)大笠山山頂(10:40)~(10:55)少年の家側大笠山登り口~(11:20)県立科学館駐車場
【参考にした資料 】
 「 1:25,000地形図 甲府北部 」 平成2年2月 国土地理院
 「 甲府名山手帳 」甲府市 令和元年8月
 「 車窓の山旅 中央線から見える山 」山村正光 1985年4月第6刷  実業之日本社

 県立科学館脇にある愛宕山展望台は、先日NHKテレビ「ブラタモリ」でタモリさんが甲府盆地を眺めたところだ。今日は盆地はよく見えたが遠くの山々は雲でよく見えなかった。

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 「愛宕山の本当の頂上は、そこ(科学館の東側の小さな森の中の丘)のオレンジの鉄棒が立っているところの先だよ。」と、展望台で会った年配の方が教えてくれた。なるほど、甲府名山の標柱のあるところは、誰が考えても山のてっぺんじゃないものな。

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 県立科学館からこどもの国の遊具の方に向かう陸橋を渡ったところに、甲府名山「愛宕山(423m)」の標柱がある。その先にあるこどもの国のジャンボ遊具は、子供が小さい頃よく来て遊ばせた場所だ。今日も小さい子供を遊ばせている親子がいて顔がほころんだ。

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 遊具のある場所を更に奥、愛宕山少年自然の家の方に進み舗装道路(愛宕山スカイラインというのだそうだ。)の上にある陸橋を渡って10m程進んだところが、夢見山入口。山道を2分ほど登って「夢見山(439m)」。大きな石がゴロゴロの山頂だ。へえ~、ここで信虎がまどろんでいる時に、信玄公が生まれたんだ(^0^)

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 夢見山の反対側に下り、遊歩道を進み、芝生広場のあるところが大笠山の登り口だった。ここから、山道を20分余りで「大笠山(548m)」の標柱のある山頂に着いた。以前ここから東洋一長いスロープという滑り台が下っていたが、事故がありすぐ撤去された。そのコンクリートの古い土台が残っていて、心が痛んだ。

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 ここも愛宕山と同じで、一番高いところは更に3分ほど登ったところだ。そちらも林の中で、展望はなかった。

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 下りは、山道を道なりに下っていったが、登りと違って少年自然の家の脇に下り着いた。ここには立派な登口の看板が立っていた。こちらの方が、表登山口なのだろう。

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 少年の家の人がいて聞いてみると、この施設はあと1年で閉鎖とか、何度も使ったことのある施設で閉鎖は寂しい。施設も古くなり、時代の流れで仕方がないのか。

 散歩、ランニングの人と声を交わしながら遊歩道をゆっくり科学館まで歩いた。それほど暑くなく、ほどよい登りと歩きで、気持ちよい甲府名山山歩きだった。

2020年5月 5日 (火)

湊かなえ「山女日記」を読む

 湊かなえの本、2冊目は「山女日記」。読み進める中で、ああこれは「花の鎖」と同じ、湊かなえの文章だと思った。もしかしたら、作者がわからないで文章を読んでも、ああこれは湊かなえだとわかるかもしれない。

 7編とも山登りのお話、いずれもハッピーエンドをにごわせ終わっている。大げさではなく、登山のよさ楽しさを淡々と書いている。そしてその人の心持ちで(置かれた環境で)楽しさ喜びも当然違うのだと思った。

 山の知識、よさがいっぱい詰まっている。楽しく読み進めることが出来た。

・・・読書はいい。大げさにいうと生きている喜びを感じるときだ。

 『山女日記』湊かなえ 幻冬舎文庫 平成31年4月10版

2020年4月27日 (月)

定年後の暮らしは読書三昧 湊かなえ「花の鎖」を読む

 本は、最近は図書館で借りて読むのが主だったが、新型コロナウイルス流行の関係で図書館が閉館、本屋さんで買うことが多くなった。文庫本の棚の前に並んでいる本の中で、「花の鎖」という書名と「湊かなえ」という著者名に何か引っかかりを感じ、買った。

 読み進めていくうちに、ずいぶん山に詳しい作者だなと思って、ハッとした。あれこの湊かなえって前にテレビの山の番組でどなたか女優さんといっしょに山に登っていたあの人なのだ。それで名前を見た時、引っかかりを感じたのだ。読み終わってからのことだが、この人の作品に「山女日記」というのもあるのだという。こちらも読んでみるか。

 時代が違う三つの話が進むというのは読んでいってかなり後になってわかるのだが、最初はよくわからなかった。最近はこういう小説の書き方が増えているのか。人物関係図をあればもっと話がよくわかるかなと思ったが、もっとも読み進めるうちに話が繫がっていき、筋がわかるのが面白いのだということなのだろうか。関係図があるとこの小説の面白さがなくなるのか。

・・・読書はいい。大げさにいうと生きている喜びを感じるときだ。

 『花の鎖』湊かなえ 文春文庫 2020年2月20日 第22刷


<追記> テレビで湊かなえさんと一緒に山に登った女優さんは工藤夕貴さんでした(^0^) この方も山が大好きだそうですね。(R2/6/24)

 

2020年3月 5日 (木)

法泉寺山を歩く

<法泉寺は、武田信玄公が定めた5つの寺院「甲府五山」の一つである。徳川家康によって武田勝頼の菩提寺に定められた。その法泉寺の裏山一帯を「法泉寺山」と私は認識していた。>

【歩いた日】2020年3月3日(火)
【コースと時間】甲府緑ヶ丘スポーツ公園駐車場(9:50)~ 湯村山乗越(10:20-10:40)~ 法泉寺山(11:00)~展望台(11:15-11:25)~ 諏訪神社・尚古園(11:40)
【 参考にした資料 】
 「 1:25,000地形図 甲府北部」 平成2年2月(三色刷)  国土地理院

<湯村山乗越へ>
 いつも湯村山や八王子山へ登るとき同様、緑ヶ丘スポーツ公園体育館裏に車を置いた。前回12月5日に歩いたときには、湯村山に登るアスファルトの道は、枯れ葉の絨毯に覆われていたが、今日はみんな吹き飛ばされたのだろう、あの沢山の落葉はほとんどなかった。

 一人なのでゆっくりゆっくり歩き登った。いつものように上り下りする大勢のウオーキングの人とすれ違った。走って追い越していく若者もいた。トレールランニング、マラソンの練習なのだろうか。私が勝手に呼ぶ「湯村山乗越」(以前狼煙台があったところ)で大休憩、ここまで30分かかってしまった。

<法泉寺山へ>
 湯村乗越からは、いよいよ山道に入る。石畳になっているようなところもあった。最初のピークを越え下り、次に登ったピークが「法泉寺山」だった。真新しい「法泉寺山」という木製の小さな看板が設置されていた。このピークは八王子山白山へ登るときに何度も超えたピークで、ここが法泉寺山とは私は認識していなかった。私にとっては、新しく「法泉寺山」と名前を付けたなって感じ。今までは法泉寺の裏山一帯を「法泉寺山」と考えていたのだが、このピークが「法泉寺山」だったのだ。

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<法泉寺山を下る>
 法泉寺山からいよいよ今まで歩いたことがなかった山道を下ることになる。「諏訪神社」というやはり新しく設置された道標に従って下る。私が考えていた法泉寺裏一帯の尾根道だ。最初は結構急な下り坂で、気をつけないとすべり落ちるぐらいの坂道だった。10分ほどでやや緩い下りの山道になった。右に緑ヶ丘から甲府市街、左に和田町の街並みを見ながら、快適に下る。

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 途中にも真新しい看板が設置されており、カメラの型が彫ってある木標に従って展望台にちょっと寄り道をした。甲府の街並みが見下ろせた。といっても高度感はあまりない。真下の緑ヶ丘のスポーツ公園の周り、その先の甲府市街がよく見下ろせた。どうもこの展望台から、直接下るとすぐ法泉寺辺りに出るのだろうと思ったが、踏み跡がないし急な斜面で危なそうで、正規の山道を下ることにした。

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<諏訪神社・尚古園のところに出た>
 もうすぐ麓だなと思うところで、左側から来る水平道に出た。もう里の道という感じ。それを右にほんの少し行ったところが諏訪神社だった。そしてその隣が、尚古園だった。ここまで緑ヶ丘からアスファルトの道が来ている。私もウオーキングの際、ここまではもう何回も来ているところだ。

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<いつもの道をゆっくり下る>
 アスファルトの道を快適に歩き下った。歩き慣れた道の脇にはタンポポが咲いていた。念願だった法泉寺裏の山を快適に歩くことが出来、満足満足。

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2018年10月21日 (日)

霧ヶ峰八島ヶ原湿原を歩き「鷲ヶ峰」に登る

<勧学院の仲間と、草紅葉の八島ヶ原湿原を歩き、鷲ヶ峰に登った。若い頃読んだ新田次郎の小説に、「鷲ヶ峰物語」があった。中身はよく覚えていないのだけれど、その頃からいつかは鷲ヶ峰に登ろうと思っていた。ずいぶん時間が経ったけれど、ようやく念願が叶った。今回は一泊の山旅、素朴で素敵な山の宿「ヒュッテ ジャヴェル」に泊まった。>

 沢渡のヒュッテの駐車場に車を止め、八島ヶ原湿原に向かった。しばらくは車道を、やがて湿原の木道を歩き、草紅葉の八島湿原を半周して西端の大きな看板のある広場に着いた。すぐそばをビーナスラインが通り、ビジターセンターの建物、駐車場が近くにある。(登り口ではわからなかったが、鷲ヶ峰を登りながら、振り返り見下ろしてわかった。)

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 鷲ヶ峰には、八島湿原の西端の広場にある登山口から一時間足らずで登ってしまった。登り始めは、石がゴロゴロしている急登だったが、尾根に登りきると後は何回かの軽いアップダウンで頂上(1,797.9m)に着いた。

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 遙か遠くの山々は頂上近くに雲がかかっていてよく見えなかったが、真下にはビーナスライン、遠くには諏訪湖や諏訪湖周りの町並み(岡谷諏訪だろうか)を眺め下ろすことができた。登る途中からは勿論八島湿原の草紅葉も眺めることができた。

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 この山行きでは沢渡の山小屋に泊まった。「ヒュッテ ジャヴェル」だ。昔からある山小屋だそうで、素敵な山小屋だった。ビーナスラインからちょっと入った沢渡にあり、まあ山小屋というより文字通り「ヒュッテ」という感じだった。1人、数人で静かな山歩きを楽しみたいという人達のためのヒュッテを、というご夫婦のこだわりが感じられた。素敵な山の中のヒュッテで楽しいうれしい一夜を過ごしたのだった。

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2018年8月24日 (金)

思い出いっぱい八ヶ岳「北横岳」へ登る

 久しぶりに八ヶ岳へ登った。今回は北八ヶ岳「北横岳」、四回目になるだろうか。一回は娘息子とも登った山だ。最初登った時に、北横岳北峰頂上から大河原峠や双子山を望み、いつかはあそこへ行こう、登ろうと思った。遙か向こうのずいぶん遠くのように思ったものだが、その後大河原峠にも行き、そこから双子山にも登った。

 子どもたちといったときには、ロープウエイに乗るのに結構長い時間並んで乗った記憶があるが、今回は全く待ち時間無しで乗ることが出来た。以前は、日本ピラタスロープウエイといっていたが、今は「北八ヶ岳ロープウエイ」というそうだ。

 ロープウエイ頂上駅からしばらく坪庭を歩いて北横岳へ向かった。坪庭付近は、散歩の人がほとんどかと思ったが、山道へ入っていく人も大勢いた。家族連れで登っている人も大勢いて、私も子どもたちと登った日々を思い出し、子どもたちに思わずがんばれと声を掛けずにはいられなかった。
 三ッ岳分岐に近くなり振り返ると、坪庭から雨池峠への途中にある青い三角屋根の縞枯山荘が見えていた。

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 北横岳ヒュッテで一休み、山小屋脇にはヤナギランが咲いていた。

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 北横岳ヒュッテからわずかな時間で南峰到着、蓼科山は見えなかったが、南八ヶ岳、南アルプス方向はよく見えた。

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 更にわずかな時間で北峰。やはり大勢の人が休んでいた。一緒に登ったみんなに見せたかった双子山、大河原峠方面は雲で全く見えなくて残念。

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 下山途中、北横岳ヒュッテから二三分の七つ池に寄った。きっと七つあるのだろうが、二つだけ道があり見ることが出来た。本当に静かなたたずまいで寄ってよかった。

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 帰りに昔からの温泉「小斉の湯」に入り、一休みした後、茅野市豊平福沢の「ウバユリ」、「キツネノカミソリ」の群生地を見に寄った。しかし既に遅しで咲いた跡だった。来年は盛りに見に来るぞと思ったのだった。

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                 (平成30年8月17日登る)

・・・ 思い出の八ヶ岳「北横岳」 ・・・

□ 昭和58年9月4日 「北横岳 」「三ッ岳 」「雨池山 」「雨池峠 」「八丁平 」
 昭和58年9月の山行き。日本ピラタスロープウエイ山麓駅から、約10分で山頂駅へ。坪庭、北横岳ヒュッテを経て横岳山頂まで約50分。2480メートルの北峰から遙か大河原峠大河原ヒュッテを眺める。北横岳を戻り、三ッ岳、雨池山を経て雨池峠へ。三ッ岳付近が岩山で意外と厳しく、雨池へは近くに眺めながら、とうとう行けなかった。三角屋根の縞枯山荘の脇を通り、ロープウエイ山頂駅へ。花の写真は、ほとんど撮れなかった。

□ 昭和60年10月21日 「北横岳 」「亀甲池 」「双子池 」「雨池峠 」「八丁平 」
 10時10分ピラタスロープウェイ山頂駅出発。途中七ッ池へ寄って10時45分北横岳山頂。弁当、ゆっくり休む。12時出発、樹林帯の中の急坂を下る。12時40分、亀甲池。池の水が涸れた時に底が亀甲型にひび割れる様からの名だという。1時20分双子池。雌池、雄池畔のダケカンバ、シラビソ、カラマツ林の中を大石川林道に出て歩く。雨池峠を登り縞枯山荘を経て山頂駅へ。冷たい風が、冬間近を伝えていた。

□ 平成5年10月2日 「 麦草峠 」「 大石峠 」「オトギリ平 」「五辻 」「雨池 」
 麦草峠→大石峠→オトギリ平→出逢いの辻→五辻→八丁平→雨池峠→雨池→麦草峠     今回は茶臼山、縞枯山の山麓を一周したという形。約4時間の行程であった。五辻付近では、茶臼山山頂で、休み話している人たちの話し声が聞こえてきていた。ロープウエイの山頂駅近くでは着飾った人たちが賑やかに歩いて戸惑ってしまった。ゆっくりゆっくりの山歩き・・・。天気がよく眺めは抜群、霧ヶ峰、浅間山、遠く北アルプスの山々も。ナナカマド、マイズルソウ、ゴゼンタチバナ・・・。

□ 平成5年10月10日 「北横岳 」
 行きは、諏訪経由。日本ピラタスロープウェイ山麓駅は、祭日で大変混み合っていた。50分ほど行列に並ぶ。11時20分山頂駅出発。坪庭を経て12時30分、頂上。天気がよく、遠く北アルプス槍ヶ岳などもよく見えた。こんなに天気がいい山行きは久しぶりであった。息子、娘といっしょ。

□ 平成7年9月9日 「大河原峠 」「天祥寺原 」「亀甲池 」「双子池 」「双子山 」
 ずっと前、昭和58年9月北横岳から遙か眺めた大河原峠にとうとう立った。大河原ヒュッテ脇を出発10時10分、天祥寺原を下り亀甲池11時05分。双子池(雄池)11時40分、そして双子山山頂12時10分。眺めがいい。お茶、弁当がおいしい。山での至福の時。花の写真を撮りながらゆっくり大河原峠13時10分。ヨツバツガザクラ、マツムシソウ、キオン、ハクサンフウロ、ヤナギラン、コケモモ・・・。

□ 平成8年3月3日 「坪庭 」
 ピラタスロープウェイは、雪山登山の人とスキー客といっしょでごったがえしていた。山頂駅を出たところの温度はマイナス15度、鉄骨の樹氷?ができていた。坪庭は白一色、写真を撮っているグループが沢山いた。クロスカントリースキーで奥に入っていく人々も。北横岳へ向かうツアー客のカラフルな行列が印象的。

2018年7月14日 (土)

山への思い テレビ 「南アルプス大縦走」を観る

 録画しておいたテレビBSプレミアルのにっぽんトレッキング100「南アルプス大縦走!天空の稜線をゆく」 を観た。(去年9月20日に放送されたものの再放送のようだ。)

 甲斐駒ヶ岳の麓駒ヶ岳神社を出発、日本三大急登といわれる黒戸尾根を登るところから始まる。(最初に出てくる甲斐駒ヶ岳や仙丈岳は私も登ったことがあるので親しみを持って観たのだった。)それから北岳荒川岳、最終赤石岳聖岳まで12日間にわたる南アルプス大縦走だ。

 一人歩く人(もちろん撮影スタッフが何人かいるのだろうが)、小林千穂さんの表情が実に爽やかだ。山岳ライターということだが(しかも山梨に住んでいる?ということだが)、失礼ながら今まで知らなかった人だ。
 この人が淡々と山を歩く。もちろん、時には苦しい登りもあり、雨の中をとぼとぼ歩くような感じの時もある。また時には走り出すほどにうれしく晴れ晴れとした表情の時もある。それがあまり大げさでなく自然なのだ。山を征服するとか絶対登るというようなおごりを感じず、自然体で素直に同感できるのだ。

 余計な人が出ないのがいい。他の同じような番組でよく出る、山とは余り関係ないようなタレントさんやアイドルが出ず、余計なコメントを挟まないのがいい。撮影も淡々と進む。ドローンを使って上空から撮影する場面も多かったが、さすが見応えがある。こういう場面は、以前はあまりなかった。ヘリコプターで撮影ということだったろうが、余り多くはなかった。

 雨の中赤石岳に登った彼女は、更に聖岳へ向かう途中、百間平で赤石岳を一瞬眺めることが出来、涙を流す。わざとでなく自然で爽やかな涙だ。こちらも涙が出てくるようなシーンだった。

 このテレビを見終わって考えたこと。山はいい。多くの場合息はハアハア、ほうほうのていで登り行き着く場所が今回のような南アルプスの高い山眺望のいい山でなくとも、盆地の周りの低い山々でも同じ思いで、喜びをうれしさをかみしめることが出来る。
 これは何だろう。達成感?、征服感?充足感?満足感?一言ではいえない、正に大げさにいえば、生きていてよかったと思う一時なのだ。私は、これからも山へ登り続けることだろう。

2017年12月12日 (火)

山で出会った人々(その2)

 寂れてしまった峠やあまり人が登らない山を歩き、大勢の人が登るシーズンをはずして山を歩くことが多いので、人に会って話をすることは少ないが、それでも時々登山道や山頂で出会った人と話し込んだりすることがある。

 山で出会った人々(その2)

 平成29年夏、日本三大峠の一つ「雁坂峠」を歩いた時のこと。私がほうほうの体で峠に着いた時に甲武信岳の方から歩いてきたという山ガールが一人、たばこを吸いながら休んでいた。他には誰もおらず、しばらく二人でいろいろ楽しい山談義。
 この方は、前日西沢渓谷入口のバス停から戸渡尾根を木賊山に登り、甲武信小屋に泊まり、破風山、雁坂嶺を経てここまで来たのだという。
 ずっと眺めはなく、雲の中だったそうだ。そんな中、苦労して一人で何故山へ登ってくるのか・・・聞きたい気持ちもあったがやめた。
 私よりも一足先に、峠を下っていった。

 人は色々な人生を秘めて、色々な思いを込めて山へ登っている。明るい楽しい思いを持って山へ登る人はいい。悲しい寂しい思いで山へ登る人もいる。人の人生をちょっと覗き見るような山での人との出会いも楽しく、そして貴重だ。

 平成28年12月24日の記事 → 「山で出会った人々(その1)」

より以前の記事一覧

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