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カテゴリー「峠を行く」の139件の記事

峠のむこうには何がある? 今日も峠を行く・・・

2019年11月 8日 (金)

平川峠から荒倉山へ

<かっての登山者が鳳凰山に登る時に越えたという平川峠を歩き、そこから荒倉山(1,132m)に登った。十何年ぶりかの荒倉山、本当に久しぶりなので始めて登る山と同様一抹の不安を抱えながら登ったが、山頂に至ったときの喜び爽快感は格別だった。・・・久しぶりの静かなゆっくりの山歩きに、心が洗われるような気持ちになった。>

【 歩 い た 日 】 令和元年11月4日(月)
【コースと時間】 甲府=穴山橋=龍珠院8:20-9:00平川峠9:15-9:40林道へ出る-9:45林道終点-10:25つぶらの松-10:35荒倉山(1,132m)11:20-11:50林道終点-(林道を歩く)-12:25平川峠-13:00龍珠院
【 参考にした資料 】
 「白旗史朗の甲斐山歌」 白旗史朗 2008年9月 新日本出版社
 「 甲斐の山旅・甲州百山 」 山村正光他 1989年10月 実業之日本社 
 「 出会いがあるから山へ行く 」 矢崎茂雄 2006年3月 山梨ふるさと文庫
  
「 1:25,000地形図 若神子」 平成17年11月 国土地理院
 「 1:25,000地形図 韮崎」 平成元年8月 国土地理院

 国道20号線を走り、穴山橋を渡ったところで国道を外れる。德島せぎを渡り、宇波円井の集落に入る。集落の中の狭い道を走ると龍珠院脇の駐車場(登山口)である。車が5~6台は駐められそうである。登山者用の簡易トイレも設置してあった。

 龍珠院から沢沿いの登山道を40分で平川峠に着いた。かっての登山者は、穴山駅から釜無川を渡り、この平川峠を越え小武川象ノ鼻に下り、そこから鳳凰山に登ったという。

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 平川峠には麓からずっと遠回りをしてきた林道が通っている。この林道を50mばかり左へ歩いたところから山道に入る。25分ほど山道を歩くと、いったん林道へ出て、しばらく林道を歩くと林道終点である。以前この荒倉山に登った時は、ここまで車で来たのだろうか。はっきりとした記憶がない。

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 ここからまた山道に入る。頂上手前1,000mから100mごとに看板がありうるさいぐらいだが、まあそれを見ながら頂上を目指す。

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 頂上手前でカラ松林の向こうに八ヶ岳が展望できる。残念ながら頂上は雲に隠れていた。平川峠から1時間20分で荒倉山山頂(1,132m)に着いた。所々にあった地元の人が作ってくれただろうかかしの大きな案内板が、ここ頂上にも設置されていた。里山らしく、木の祠とお地蔵さんも写真に写っている。

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 山頂からは御坂山塊、甲府盆地を遙か下に従えた富士山が見えた。絶景である。かっては大きく迫力ある鳳凰山が眺められたというが、今は樹間にわずかに眺められるのみ。

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 下りは、登りきった安堵感満足感で、明るい気持ちで楽しく龍珠院駐車場までゆっくり歩き下った。

 

    *ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*


・・・ 古い山行き記録を見つけた ・・・

□ 2006年6月 4日 (日) 荒倉山(1132m)
 矢崎茂男先生の「出会いがあるから山へ行く」(山梨ふるさと文庫)に刺激され、荒倉山(1132m)へ登ってきた。矢崎先生よりももっと安直に、平川峠を通り過ごし、林道終点まで車であった。
 途中宇波円井の集落に入る道では、猿の一団に迎えられた。20匹ぐらいいただろうか。竜珠院の登り口辺りには、「熊出没注意」の看板が。また登山道の途中ではイノシシ(?)が掘り返した痕があったり。
 登山口から尾根沿いに約40分で山頂。あいにく眺めはあまりよくなかったが、頂上をほんの少し西へ行ったところから山頂に雪のまだ残った鳳凰の山が眺められた。途中、夫婦と家族連れに会った他は、会った人なし。静かなゆったりとした気持ちでの山行きができた。
 林道途中、円池を見た。水は枯れて、なかった。「円井」の地名はこの円池に因むという。

□ 2006年6月 5日 (月) 平川(たいらがわ)峠
 平川(たいらがわ)峠は、鳳凰登山のメインルートであったという。人々は、中央線の穴山駅から穴山橋を渡り、この峠を越え、小武川に下り、そして鳳凰に向かったそうだ。
 宇波円井から平川峠までの道は荒倉山への登山道として健在だが、峠から小武川に下る道は見つけることができなかった。木々、藪に被われ既に廃道となっているのだろうか・・・ 。

□ 2006年6月 6日 (火) 「円池(つぶらいけ)」「円井(つぶらい)」
 甲府から20号線を長野へ向かい、穴山橋を過ぎたあたりに「上円井」という集落がある。知人がここの住所だということもあり、以前から興味を引く地名だった。今回、荒倉山へ向かう途中で、山の中にこの「円井」の地名の語源を見つけてうれしくなってしまった。
 薄暗い林の中に「円池(つぶらいけ)」「円井(つぶらい)」はあった。雨が沢山降るときにはきっと水を湛え、正に丸池になったのだろう。昔人は、何かに付けこの池を訪れた。そして祈った。山のふもとも含めてその辺り一帯を「円井」 というようになった。

2019年8月 9日 (金)

南アルプス 仙水峠へ

<勧学院OBの仲間と、南アルプス北沢峠から仙水峠まで歩いてきました。何年か前甲斐駒へ登った(*)とき、雨の中、真っ暗な山道をただひたすら歩いたのと違い、今回は爽やかな微風が吹く中、仙水谷を軽やかに登りました。仙水峠からは迫力ある甲斐駒摩利支天も眺められて、満足の山歩きでした。>

【 歩 い た 日 】 令和元年8月5日(月)
【コースと時間】 仙丈岳二合目コース入口9:30-長衛小屋-10:20仙水小屋10:30-11:15仙水峠11:40-12:30仙水小屋12:40-長衛小屋-13:30北沢峠
【 参考にした資料 】
 「 山梨百名山 」 監修山梨県 平成10年3月 山梨日々新聞社 
 「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社

<芦安バス停から北沢峠へ>
Imgp66051 幸いにも芦安バス停のすぐ近く駐車場に車を駐めることが出来た。そこから芦安観光の乗合バスで広河原まで、広河原からは南アルプス市営のバスに乗った。途中北岳がよく眺められるところがあった。 まだ残っている雪渓が白く輝いていた。北沢峠手前の仙丈岳二合目入口で、バスから降りることができてこれまたラッキーだった。

Imgp66251<長衞小屋、仙水小屋を経て仙水峠へ>
 長衞小屋のテント場には、色とりどりのテントが一杯で、若者が大勢楽しそうにたむろしていた。いいな~ああいう時代に戻れたらと思った。仙水谷沿いの山道をゆっくりゆっくり登った。仙水小屋の前の水場で水を飲ませてもらう。まさに力水、美味しかった。森林の中の道から岩だらけの道を登るようになった。周りを見まわしても岩だらけだで岩塊斜面だ。どうしてこういう地形になるのか不思議だ。坂がなるくなると仙水峠(2264m)だった。

Imgp66131<仙水峠から見上げる甲斐駒>
 ここから見上げる甲斐駒ヶ岳摩利支天は圧巻だ。前回ここを通ったときには見えなかったから初見になるのだ。峠で昼食、おにぎりを食べていると、次から次へ人が下ってくる。朝早く出発し甲斐駒ヶ岳を制覇した人たちが下ってきているのだ。みんな疲れているようだがうれしいそうだ。登りきって下ってきているという達成感、満足感だ。私も経験がある

<ぎりぎり帰りのバスに間に合った>
 下りは13時30分の北沢峠発のバスに乗りたいということで、仙丈小屋で水を飲みちょっと休憩しただけで下り急いだ。わずかの距離だが、長衞小屋から北沢峠までの登りきつかった。ぎりぎり間に合い、バスに乗った。


 (*) → 日本百名山山梨百名山「甲斐駒ヶ岳」へ登る

2019年8月 7日 (水)

湯の沢峠 お花畑 山梨百名山「大蔵高丸」

【 歩 い た 日 】 令和元年8月2日(日)
【コースと時間】 甲府8:00=54.6㎞=9:20湯の沢峠9:30-9:50湯の沢のお花畑-10:30大蔵高丸10:50-11:40湯の沢峠 (花の写真を撮りながらで時間は余り正確ではない)
【 参考にした資料 】
 「 山梨百名山 」 監修山梨県 平成10年3月 山梨日々新聞社 
 「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社

 大蔵高丸(1781m)には何度も登っている。林道が湯の沢峠まで伸びており、そこから1時間ほどで登ることが出来る山梨百名山だ。湯の沢峠から山頂に至る途中に「湯の沢峠のお花畑」と銘打った、山の花が沢山咲いているところがある。
 何年か前に山の花保護のための獣除けの柵が設置されていて、登山道途中にいくつか扉がある。開けたら必ず閉めることを心がけている。柵が設置される前よりも数段花が沢山咲くようになったということでうれしいことだ。

 

<キバナノヤマオダマキ(黄花山苧環)>

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<ホタルブクロ(蛍袋)>

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<ウスユキソウ(薄雪草)>

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<タチフウロ(立風露)>

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<ホソバノキリンソウ(細葉の麒麟草)>

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<オミナエシ(女郎花)>

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<コウリンカ(紅輪花)>

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<シモツケソウ(下野草) >

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<ノハラアザミ(野原薊)>

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<注意道路情報 R1.8.2現在>
 湯の沢峠駐車場手前2㎞で林道の舗装が切れる。大雨の流水で道路が所々掘られ荒れており、普通乗用車では通行が若干厳しい状況である。

2019年5月 9日 (木)

山梨百名山79座目「毛無山」

<鶏冠山などいくつかの山はとても無理だと思って、山梨100名山全部踏破はもともとあきらめていた。それでもと思いながら、登り続けてきて、今回の「毛無山」で山梨百名山79座目となった。>

【 登った山 】 山梨百名山「毛無山(1,946m)」
【 登った日 】 令和元年5月6日(月)
【 コースと時間】
 甲府5:40=中央道双葉スマートIC=中部横断道下部早川IC=下部温泉街=6:40毛無山登山口7:10-8:30山の神8:40-9:00中山金山跡-9:30第二地蔵峠9:40-11:10毛無山山頂11:20-12:30第二地蔵峠-13:00山の神13:10-14:10登山口
【 参考にした資料 】
 「 新版 アタック 山梨百名山 」 監修 山梨メーブルクラブ 平成22年4月 山梨日々新聞社 
 「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社

Imgp58080  先頃供用開始になった下部早川ICで中部横断道を下り、狭い下部温泉街の道、湯之奥の集落を通り、毛無山登山口に着いた。ここには車5~6台駐められる駐車場がある。中山金山と毛無山の説明板を見て、登山道に入った。

 ひたすら登りの登山道を登る。去年の台風の影響か倒木が結構あり、登山道を塞いでいるところもあったが、一応通れるようにはなっていた。中山金山跡を眺めながら、第二地蔵峠に着いた。ここまでは、一度湯之奥金山博物館が主催した中山金山見学会で登ってきたことがあった。

Imgp58400_1  霧が出ていて、楽しみにしていた富士山はまったく見えなかった。ここから頂上をめざす。アップダウンが結構あり、時間がコースタイムよりも大分かかってしまった。頂上でも眺めは全くなかった。それどころか雨も少し降ってきたので、一等三角点と山頂の標柱を写真に収め早めに頂上を退散した。

*山梨百名山木標のあるここにある一等三角点は、標高1945.5mだ。毛無山には三つのピークがあって一番高いところが1,946mだそうだ。ちなみに山梨県には一等三角点は二つだそうだ。(もう一つは甲斐駒ヶ岳。)Imgp58440

 楽しみにしていた峠からの富士山、麓の朝霧高原、山頂から見えるという駿河湾や伊豆半島は、辺り一面の霧で見ることは出来なかったが、27,000歩の今までの最高歩数、静かな山歩きと山梨百名山1座ゲットで満足、満足の山行きだった。

2019年4月30日 (火)

今日も峠を行く 迦葉坂を越えて

<天正10年(1582年)3月、織田信長の侵攻で武田勝頼は天目山で自害し、これで信虎、信玄、勝頼と三代続いた武田氏は滅亡した。その後、甲斐は信長の領地となるが本能寺の変で信長が亡くなると、天正壬午の乱を経て徳川家康が支配することとなる。・・・この時代、徳川家康が駿河から甲斐へ入るのに、中道往還迦葉坂を越えた。織田信長も甲斐侵攻の後この峠を越えて帰還したという。>
 
 中道往還迦葉坂を越えるのは、私は何度目になるだろうか。この日は、ちょっと肌寒い曇天の下だったが、精進湖線右左口トンネル甲府側の入口から峠道に入り、新緑美しい迦葉坂を歩き越えた。何ヶ所か道が崩壊し、歩くのに厳しいところがあるにはあったが、全体的にはつづら折りに登る峠道はとても登りやすかった。

 あちこちに馬頭観音や千手観音などがあり、往時を偲ばせる。多いところでは、10mも歩くと次の石仏があった。これほど石仏の多いのは、いにしえの多くの人々が歩き越え、しかも登り下りがとても辛い峠道だった証拠だ。

 以前この時季に歩いた時には、フデリンドウやカタクリ、イカリソウがいっぱい花開いていたのに、今回は残念ながら見られなかったのが残念だった。


<峠道に入って始めてあった馬頭観音像>
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<峠道脇にはヒトリシズカがいっぱい咲いていた>
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<千手観音像もある>
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<多くのいにしえ人が越えた迦葉坂の峠 この右側には徳川家康が休んだ東屋があったという平地がある>
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<峠の両側ちょと高いところには石の祠があった>
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<峠道は所々石畳になっている 脇には苔むした石垣がある>
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<峠を越えて下りきった道には、ウツギが咲いていた>
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 (まもなく平成が終わる 平成31年4月27日土曜日歩く)

2019年4月12日 (金)

今日も峠を行く 芦川北陵「桜峠」

<「桜峠」という峠は、全国にいっぱい、山梨県内にも何ヶ所かあるようだ。櫛形山の池の茶屋小屋から登ったところの桜峠は実際私も登ったし、山梨市の八幡山の近くにもあるとのこと。今回私が登った「桜峠」は、市川三郷町の大塚、みたまの湯の南の山の尾根、芦川北陵にある峠だ。もう、何回登っただろうか。>

【 歩 い た 日 】 平成31年4月9日(火)
【コースと時間】 歌舞伎公園駐車場9:30-9:35「山の先生・丹沢正作」記念公園-10:00作業小屋-10:05池-10:20竜ノ口坂峠-10:45浅間山三角点(593.9m)-10:50林道桜峠-10:55桜の丘・桜峠12:00-峠北側に峠道を下る-12:10林道を横切る-旧地形図破線の小尾根を下る-12:15石仏-12:25林道-12:28反対側の小尾根で石仏2体を見る-再び林道へ-林道広場-林道を下る-12:45林道ゲート-農道-みたまの湯西側坂道を下る-13:30歌舞伎公園駐車場

<歌舞伎公園から さあ桜峠へ>
 歌舞伎公園駐車場に車を駐め、広域農道を10mも西に歩くと、「山の先生」記念公園への入口がある。舗装された坂道を50~60m登っていくと藁葺きの小屋があり記念碑が建っている。碑文を読む。この「山の先生・丹沢正作」も大変興味を引く人物で、何時か詳しく調べたいと思っている。宿題だ。

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<『甲斐国志』にある「滝ノ口坂」>
 この公園からすぐ山道に入る。地形図の破線の道だ。以前登った時と同様、枯れ落ち葉に埋まった山道が続く。山道脇に、可愛いスミレ、フデリンドウ、ヒトリシズカが咲いていた。

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『甲斐国志』に【竜ノ口坂(タツノクチサカ)】 「大塚村ノ西ニアリ 此ノ下ニ 三丁六段歩許リノ池アリ・・・」とある池に、今回も山道から下ってみた。直径50~60mぐらいの池だが、水は中心部分に水たまりのようにあるだけだった。竜ノ口坂と思われる峠状のところを通り過ごし、進む。

<浅間山三角点>
 昔、畑だったという広い尾根に登り着く。以前ここを歩いた時は、一面ヨシの原で道などわからない時もあったが、今回はもう遊歩道という感じで巾2m位の平らな道が続いていた。眺めもよくなり、浅間山三角点(593.9m)もすぐ見つかった。

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ここの北側の森が、私が小さい頃麓(旧中巨摩郡玉穂村)から眺めたとき、ライオンや猫のように見えたところだ。今は、何にも見えない、山の上の森にしか見えない。

<桜峠の桜>
 三角点からは下りになり、まもなく林道桜峠だ。みたまの湯から車だったら15分もあれば着いてしまうが、今果たしてここまで走れるかどうかは不明。私がここへ来た始めの頃からあったトイレのようなプレハブの建物の裏の坂道を登る。さあ、桜はどうだろうか、期待が高まる・・・ああ、桜が咲いている。期待したとおりだ。
 私はまた静かに桜の丘の桜を愛でることが出来た。しばらく桜の写真を撮り、正真正銘の桜峠まで下ったりその辺りを歩き回った。うれしいことにホームページ”峠の向こうに”の作者千田さんが設置した木の標が大分朽ちていたがまだ残っていた。峠の石の祠も元通りに鎮座していた。

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 桜の丘に戻り、桜の下で、おにぎりを食べゆっくり休憩する。至福の時だ。桜の花びらが風に吹かれて、芦川の谷の方へ舞い散っていく。桜の花の向こうには、富士山が頭をちょっと覗かせていた。西の方には雪を被って真っ白な南アルプスの山が見えた。

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<桜峠から昔の峠道を下る>
 今日の目的の桜峠の桜を十分楽しみ、下りに向かう。桜峠を北西へ下りすぐ石仏を見、林道を横切り、以前下ったことのある小尾根に入る。尾根筋にはかすかに踏み跡がある。そしてすぐ右下をもう廃道になったような古い道が尾根と並行して下っている。木々に行く手を阻まれることも多いが、何とか踏み跡を辿りながら下ったところでまた石仏を見る。「 天明・・・二月吉日」と読める。

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ほとんど人が通らない廃道の峠道を下っている私を見守ってくれていらっしゃる石仏さんに感謝、手を合わせる。踏み跡薄い峠道に、思いがけずシュンランが咲いていて写真に撮った。

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 小尾根からいったん林道に下り、反対側に上った尾根(小丘)に2体の石仏を見る。昔の峠道にあったものか、ごく新しいものなのかわからないが、こんなところにも石仏があるのだ。
 2体の石仏を見てすぐまた林道へ下る。少し先の林道脇の広場(土砂置き場)からさらに旧道(破線の道)を下ろうとしたが、ちょっと進んだところで踏み跡もなくなったので、無理をせず林道を下ることにした。

<甲府盆地の眺め>
 ちょうど桜峠林道が始まる地点に、獣除けのゲートが設置されている。ここから先はもう畑で、桃の花の向こうに甲府盆地の眺めが素晴らしい。みたまの湯へ行く林道から右へ外れ、ゆったりとした気持ちで、広がる畑の中の舗装された農道を下った。途中ここでも桜が咲いていて、桜の向こうに北岳が雪を被り、鳳凰三山が見事に眺められた。広域農道へ下り着いた。

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 広域農道を20分ほど歩き、歌舞伎公園到着。

<満足満足の桜峠の花見>
 歌舞伎公園から登り、浅間山を経て、桜峠へ、桜峠から古い峠道を下った。今日も桜峠の見事な桜をみることができ、満足満足であった。


 こちらも是非お読み下さい
     →  桜の花びら舞う桜峠へ (平成22年4月13日の記事)

2019年3月21日 (木)

里山「上の平山」「 ミソコボシ峠」を歩く

【 歩 い た 日 】 平成31年3月14日(木)
【コースと時間】 宮原スポーツ広場9:00-9:35上の平山三角点9:45-9:50山神祠-10:05ミソコボシ峠10:10-10:17アズマイチゲ群生地-10:25里山さんぽ道入口-10:37スポーツ広場
【 参考にした資料 】
  大人が楽しむ”里山づくり”の仲間「 山路会ホームページ」
    「 1:25,000地形図 切石」 平成11年1月 国土地理院

 中部横断道六郷ICを下り、右へ行くと国道52号線につながるのですが、今日の目的地宮原は左へ行きます。すぐの集落が宮原です。いつものようにスポーツ広場に車を駐めさせてもらいました。宮原の集落の中の道を行くとすぐ、里山上の平山(「うえんてえら」と地元ではいうそうです)の入口です。

 山道を2~3分登ったところから、もうミスミソウが咲いているはずなのですが、今日は見つかりません。あちこち眼を凝らしながら登ったのですが、ミスミソウは結局見つかりませんでした。かなり上方まで登ったところに、ミスミソウの葉っぱと萎んだ花の跡があっただけでした。ミスミソウはもう完全に終わっていたのです。

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 更に上を目指し登ります。途中峨ヶ岳がよく眺められる場所を通り過ごし、間もなく頂上、ここは昔畑だった場所です。富士山がちょっぴり頭を覗かせていました。枯れ草に埋もれた三角点(386.9m)を確認し、今まで歩いたことのない西方向に広い尾根道を、この先にあるという峠に向かいます。

 所々道跡がはっきりしないところがありましたが、途中山の神の祠を経て峠へ着きました。この峠「ミソコボシ峠」は、宮原から三沢へ抜ける峠だったそうです。この下を中部横断道のトンネルが抜けています。六郷インターがすぐそこに見下ろせました。

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 峠を宮原に向かって下りました。途中アズマイチゲの群生地がありましたが、花は開らいていませんでした。もう少し時間が経つと開くのでしょうか。満開の時に来てみたいものだと思いました。アスファルトの道に下り立つと、宮原の集落はすぐそこでした。

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 ミスミソウの写真が撮れず、少し残念でしたが、ゆっくりの里山歩き、峠歩きで十分満足でした。

 

* 先日、ココログが会社の方で、メンテナンス、リニューアルをしたのですが、ブログの写真の挿入の仕方や記事の書き方、アップの仕方などが今までと方法がかなり変わり、この記事もうまく書けずスムーズにアップできませんでした。もしかしたらどこか不都合があるかも知れません。ご容赦の程を。

2019年1月24日 (木)

芦川南陵「栂の峠(地蔵峠)」「大平山」に登る

 <甲府盆地のまん真ん中”中郡(なかごおり)”の私の生家に行く時に南方に見える芦川北陵南陵の山々、その南陵の中央部大平山の東の弛みにある栂の峠(地蔵峠)に見えるはずの”栂の大木”が最近見えなくなって、気になっていた。それを確かめるべく、久しぶりに「栂の峠」とその近くにある「大平山」に登った。この辺り折八地区は10年ぶりの訪問であった。>

 

【山行日】 平成31年1月22日(火)
【 天 候 】 晴れ
【コースタイム】
 甲府=中部横断道六郷IC=久那土=林道折八古関線=古関小中学校折八分校跡10:00-10:25山神峠-11:00折門峠-11:15栂の峠11:25-11:40折門峠-11:50大平山12:20-山神峠-13:10古関小中学校折八分校跡=甲府    ( =~車 -~歩行 )
【 主に参考にした資料 】
 「 1:25,000地形図 市川大門」 平成18年11月 国土地理院
 「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社
 ホームページ「峠のむこうへ」 (現在は閉鎖)

 

<浜集落から古関小中学校折八分校跡へ>
 浜集落から林道折八古関線に入る。すぐ「師道の鑑」の碑がある。(今から行く山の中腹御弟子の集落の林道沿いにあった古関小中学校折八分校に長い年月お勤めした今福清輝先生の顕彰碑である。)

 

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 これから先は、一本道の林道で迷うことなく道なりに進む。道は山の中腹を曲がりくねって進む。左側には峰山の天狗岩が大きく見える。これから進む林道が、遙か向こうに見渡せる場所がある。富士山が大きく見える場所も。

 

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 まもなく古関小中学校折八分校跡だ。林道を挟んで反対側に車5~6台は駐められる駐車場がある。分校があったころ、先生方や来校者が車を駐めたのだろう。(もしかしたら分校閉校後に林道は開通し、駐車場が出来たのかもしれない。)

 

<分校跡から山神峠へ>
 林道のすぐ上にある双体道祖神の脇を通り、山神峠に向けて登り始める。ジグザグの登り易い峠道のはずだが、以前より更に荒れて登りにくくなっている。沢山の枯れ葉に埋まった山道は登り難いことこの上なく、脇の方を登った方が登り易いところもあった。
 程なく、山神峠だ。以前と余り変わらず二棟の神社らしきものの間を折門集落への道が通っている。峠から今回は折門集落跡の方へはいかず、直接折門峠に向かう。

<折門峠>
 尾根伝いに所々ピークを迂回しながら30分余り登ると折門峠だ。折門峠に10年前にはまだあった木のベンチは、朽ち果てたのか既になかった。折門や御弟子集落から登ってきてほっとする場所だ。峠を示す看板を見て、ここからまず栂の峠へ向かう。

 

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<栂の峠の大栂の木が・・・>
 10分ほど下って栂の峠(1,095m)。峠のかなり手前から、栂の木が見えた。ああよかった、まだ栂の大木は健在だと一瞬思った。ところが近づくと大変なことになっていた。
 栂の木の幹の半分ぐらいから上が折れて、近くに転がっていた。ああ、やっぱり昨夏の台風で折れておれてしまったのだ。近くの看板には、樹高16.3mだったとあるのだが、おれて樹の高さは、6~7mになってしまったのだ。これで盆地の方からは見えなくなっていたのだ。痛々しい栂の木をしばらく眺め続けた。

 

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 幹の半分位が残っているので、またいつ時の日か盆地からも見えるぐらいに大きく伸びて、前と同じように大栂の木になっていくだろうと思いながら峠を後にした。

 

<大平山>
 折門峠まで戻り、今度は大平山へ登る。尾根伝いに直登、10分ほどで頂上(1188.3m)に着いた。以前に比べ南側の木々が切り払われたようで、富士山が真ん前にビックリするほど大きくよく見えていた。
 ずっと以前この大平山登り口に、大平山の富士山の眺めを絶賛していた手作りの板の看板があったが、その人が眺めた富士山はこんな感じだったのだろうと思ったのだった。

 

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 真冬にもかかわらず、快晴で穏やかな天気・・・頂上で富士山を眺めながらの昼食・・・久しぶりに歩いた山での至福の時・・・。

<子供たちが通った道>
 下りは折門峠をあっという間に通り過ごし、尾根を走るように山神峠まで下った。そして峠からは、折門の子供たちが学校に向かった道をゆっくり下った。木々の間から富士山を眺めながら、元気に学校へ通う子供たちの姿が動画のように脳裏に浮かんだ・・・。
 校舎のあった台地は、大きく伸びた枯れ草で埋まっていた。もう山に戻ったといってもいいかもしれない。

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 道路際に新旧二つの学校跡の碑が建っていた。新しい碑には、かってこの場所にあった校舎の写真が刻んであった。この新しい碑が、あったかく差し込む陽に寂しく輝いていた。

 

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<丸畑を遙かに望む>
 旧古関小学校折八分校前駐車場から沢集落へ下る途中、遙か向こうにあの木食上人山上のふるさと丸畑が望めた。ここから眺めてもまさに丸畑は山上の集落だ。あそこに今も人々の暮らしがある。(拡大してご覧下さい。)

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*是非お読みください
  栂の老大樹(平成16年8月15日の記事)

  遠い山の向こうの知らない町よ(平成18年1月4日の記事)
 古関小学校折八分校跡地に記念碑(平成22年11月27日の記事)
 こちらも
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八坂峠・折門峠・山神峠をめぐって
            古関小学校折八分校へ子どもたちが通った峠道・・・

2018年10月29日 (月)

山梨百名山「八紘嶺」に登る

<先日の地元の新聞で、豊岡梅ヶ島林道が7年ぶりに開通したという記事をみて、前々から登ろうと思っていた静岡県境にある山梨百名山の一つ「八紘嶺」に登った。>

【 歩 い た 日 】 平成30年10月25日
【コースと時間】 甲府=(国道52号線)=大城入口=(林道豊岡梅ヶ島線)=安倍峠=八紘嶺登山口(静岡県側)10:00-10:40富士見台10:50-12:20八紘嶺頂上12:40-14:20登山口
【 参考にした資料 】
 「 山梨百名山 」 監修山梨県 平成10年3月 山梨日々新聞社 
 「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社

 国道52号線大城入口から、安倍峠まで約18㎞50分、林道は工事中のところがあったり狭く急な崖ブチを通るところもあり注意して走らないとあぶない。
 安倍峠を通過、少し静岡県側に下ったところにトイレ小屋のある駐車場がありここにも登山口があるようだが、今回は更に下ったところにあるけっこう広く車20台ぐらいは駐められそうな広い駐車場に車を駐める。

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 駐車場のすぐ峠寄りに登山口があった。大勢の登山客が登るらしくよく踏まれた登山道が続く。40分で富士見台。ここからは、綺麗に紅葉した山々の遙か向こうに少し雲に隠れているが雪を被った富士山が眺められた。文字通りの富士見台だ。右側には登ってきた林道が見え、左側には綺麗に紅葉した山肌が見える。その間、見下ろすと小さく町並みや富士川も眺めることが出来た。

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 富士見台からは、所々ロープがある急登があったり、また何回かアップダウンを繰り返し、静岡県側から吹き上がってきた霧の中、ようやく八紘嶺の頂上(1917.9m)に到着した。ここから北へ行くと七面山、西へ行くと大谷嶺(行田山)を経て以前登ったことのある山伏に至るという。

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 雨が降ることはなかろうと思ったが、結構深い霧が周りを取り囲んできたので早めに頂上を後にした。途中からは霧はなくなり、また周りの紅葉を眺めながら、ゆったりとした気持ちで登山口へ向かった。

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2018年8月24日 (金)

思い出いっぱい八ヶ岳「北横岳」へ登る

 久しぶりに八ヶ岳へ登った。今回は北八ヶ岳「北横岳」、四回目になるだろうか。一回は娘息子とも登った山だ。最初登った時に、北横岳北峰頂上から大河原峠や双子山を望み、いつかはあそこへ行こう、登ろうと思った。遙か向こうのずいぶん遠くのように思ったものだが、その後大河原峠にも行き、そこから双子山にも登った。

 子どもたちといったときには、ロープウエイに乗るのに結構長い時間並んで乗った記憶があるが、今回は全く待ち時間無しで乗ることが出来た。以前は、日本ピラタスロープウエイといっていたが、今は「北八ヶ岳ロープウエイ」というそうだ。

 ロープウエイ頂上駅からしばらく坪庭を歩いて北横岳へ向かった。坪庭付近は、散歩の人がほとんどかと思ったが、山道へ入っていく人も大勢いた。家族連れで登っている人も大勢いて、私も子どもたちと登った日々を思い出し、子どもたちに思わずがんばれと声を掛けずにはいられなかった。
 三ッ岳分岐に近くなり振り返ると、坪庭から雨池峠への途中にある青い三角屋根の縞枯山荘が見えていた。

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 北横岳ヒュッテで一休み、山小屋脇にはヤナギランが咲いていた。

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 北横岳ヒュッテからわずかな時間で南峰到着、蓼科山は見えなかったが、南八ヶ岳、南アルプス方向はよく見えた。

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 更にわずかな時間で北峰。やはり大勢の人が休んでいた。一緒に登ったみんなに見せたかった双子山、大河原峠方面は雲で全く見えなくて残念。

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 下山途中、北横岳ヒュッテから二三分の七つ池に寄った。きっと七つあるのだろうが、二つだけ道があり見ることが出来た。本当に静かなたたずまいで寄ってよかった。

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 帰りに昔からの温泉「小斉の湯」に入り、一休みした後、茅野市豊平福沢の「ウバユリ」、「キツネノカミソリ」の群生地を見に寄った。しかし既に遅しで咲いた跡だった。来年は盛りに見に来るぞと思ったのだった。

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                 (平成30年8月17日登る)

・・・ 思い出の八ヶ岳「北横岳」 ・・・

□ 昭和58年9月4日 「北横岳 」「三ッ岳 」「雨池山 」「雨池峠 」「八丁平 」
 昭和58年9月の山行き。日本ピラタスロープウエイ山麓駅から、約10分で山頂駅へ。坪庭、北横岳ヒュッテを経て横岳山頂まで約50分。2480メートルの北峰から遙か大河原峠大河原ヒュッテを眺める。北横岳を戻り、三ッ岳、雨池山を経て雨池峠へ。三ッ岳付近が岩山で意外と厳しく、雨池へは近くに眺めながら、とうとう行けなかった。三角屋根の縞枯山荘の脇を通り、ロープウエイ山頂駅へ。花の写真は、ほとんど撮れなかった。

□ 昭和60年10月21日 「北横岳 」「亀甲池 」「双子池 」「雨池峠 」「八丁平 」
 10時10分ピラタスロープウェイ山頂駅出発。途中七ッ池へ寄って10時45分北横岳山頂。弁当、ゆっくり休む。12時出発、樹林帯の中の急坂を下る。12時40分、亀甲池。池の水が涸れた時に底が亀甲型にひび割れる様からの名だという。1時20分双子池。雌池、雄池畔のダケカンバ、シラビソ、カラマツ林の中を大石川林道に出て歩く。雨池峠を登り縞枯山荘を経て山頂駅へ。冷たい風が、冬間近を伝えていた。

□ 平成5年10月2日 「 麦草峠 」「 大石峠 」「オトギリ平 」「五辻 」「雨池 」
 麦草峠→大石峠→オトギリ平→出逢いの辻→五辻→八丁平→雨池峠→雨池→麦草峠     今回は茶臼山、縞枯山の山麓を一周したという形。約4時間の行程であった。五辻付近では、茶臼山山頂で、休み話している人たちの話し声が聞こえてきていた。ロープウエイの山頂駅近くでは着飾った人たちが賑やかに歩いて戸惑ってしまった。ゆっくりゆっくりの山歩き・・・。天気がよく眺めは抜群、霧ヶ峰、浅間山、遠く北アルプスの山々も。ナナカマド、マイズルソウ、ゴゼンタチバナ・・・。

□ 平成5年10月10日 「北横岳 」
 行きは、諏訪経由。日本ピラタスロープウェイ山麓駅は、祭日で大変混み合っていた。50分ほど行列に並ぶ。11時20分山頂駅出発。坪庭を経て12時30分、頂上。天気がよく、遠く北アルプス槍ヶ岳などもよく見えた。こんなに天気がいい山行きは久しぶりであった。息子、娘といっしょ。

□ 平成7年9月9日 「大河原峠 」「天祥寺原 」「亀甲池 」「双子池 」「双子山 」
 ずっと前、昭和58年9月北横岳から遙か眺めた大河原峠にとうとう立った。大河原ヒュッテ脇を出発10時10分、天祥寺原を下り亀甲池11時05分。双子池(雄池)11時40分、そして双子山山頂12時10分。眺めがいい。お茶、弁当がおいしい。山での至福の時。花の写真を撮りながらゆっくり大河原峠13時10分。ヨツバツガザクラ、マツムシソウ、キオン、ハクサンフウロ、ヤナギラン、コケモモ・・・。

□ 平成8年3月3日 「坪庭 」
 ピラタスロープウェイは、雪山登山の人とスキー客といっしょでごったがえしていた。山頂駅を出たところの温度はマイナス15度、鉄骨の樹氷?ができていた。坪庭は白一色、写真を撮っているグループが沢山いた。クロスカントリースキーで奥に入っていく人々も。北横岳へ向かうツアー客のカラフルな行列が印象的。

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