カテゴリー「南アルプス 山と峠」の29件の記事

前衛の山々が多いけれど 何時かは最高峰へ

2017年10月 5日 (木)

リベンジ 南アルプスの女王「仙丈ヶ岳」

<仙丈ヶ岳は甲府盆地からは眺めることが出来ない。南アルプス北部にある奥深い山で、標高は3,033m、日本百名山、花の百名山、山梨百名山だ。
 仙丈ヶ岳に、4年前平成25年8月に登った。霧と雨の中の4時間半の登りは、本当にきつかった。頂上からは何も見えなかった。もちろん頂上まで登った満足感もあったし、少しの高山の花の写真を撮ることは出来たが、甲斐駒ヶ岳と比して「南アルプスの女王」といわれているその素晴らしい山の姿や頂上からの眺望を見ることはまったく出来なかった。その時、いつかは晴れた日の眺めのよい時に、絶対再度登ろうと心に決めたのだった。>

【 歩 い た 日 】 平成29年9月30月(土)~10月1日(日)
【 コースと時間 】
<1日目>芦安山岳館7:10=8:10広河原9:00=9:30仙丈ヶ岳二合目コース入口9:40-10:20二合目-11:40四合目-12:10大滝の頭(五合目)-13:15馬の背ヒュッテ13:45-15:00仙丈小屋
<2日目>仙丈小屋6:00-6:40仙丈ヶ岳7:10-8:30小仙丈ヶ岳8:40-9:45大滝の頭(五合目)-11:00二合目-11:30仙丈ヶ岳二合目コース入口-11:40長衞小屋13:00-北沢峠13:30=広河原=芦安山岳館
【参考にした資料 】
 「 1:25,000地形図 仙丈ヶ岳 」 平成24年12月 国土地理院
 「 新版アタック山梨百名山 」 山梨メープルクラブ 平成22年4月 山梨日々新聞社
 「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社

 芦安からバスで約1時間で広河原、そこで小型バスに乗り換え北沢峠に向かう。待ち時間が少しあったので、北岳への入口、有名な吊り橋近くへ行き北岳の写真を撮った。素晴らしい晴天、素晴らしい眺めに、今日の仙丈ヶ岳登山への期待が高まるのだった。

Senjyo010

 北沢峠の200~300m手前林道の北沢長衞小屋へ向かう道の入口のちょうどその反対側に 「仙丈ヶ岳二合目コース入口」がある。小さい川に架かる木で出来た橋を渡り、いよいよ登山開始だ。

Senjyo030

 ゆっくり登る。40分ほどで二合目、ここで北沢峠から尾根沿いに登ってきた道へ合流する。前回は、北沢峠からこの尾根沿いの道を登ってきたのだ。

 二合目から1時間50分ほど林の中の厳しい登りで、五合目「大滝ノ頭」に着いた。前回はここから小仙丈ヶ岳方面に登ったのだが、今回はここから馬ノ背方面に向かう。いくつかの徒渉点、そして藪沢小屋を経て、馬ノ背フィッテに到着。大勢の登り下りの人が休んでいてごった返していた。ここでちょっと遅いお昼を食べた。

 馬ノ背フィッテから、今日の宿泊場所仙丈小屋へ進む。木々の背丈が低くなり、ハイマツになった。振り返ると去年登った甲斐駒ヶ岳が頂上付近に雪があるように白い。正面には仙丈ヶ岳、仙丈小屋が見えてきた。

Senjyo050

Senjyo040

 いつもだったら、こういう風に展望がよいと勢いが出るのだが、今回は厳しい。足がなかなか前に進まない。ほうほうの体でようやく仙丈小屋に着いた。小屋の周りは寒さで我慢が出来ないくらいだったが、中はぬくぬく。生き返る思いだった。

 小屋の外へ出ると、甲斐駒ヶ岳と鋸岳が夕日に輝いていた。鋸岳の向こうには八ヶ岳が見える。

Senjyo060

 遠く北アルプス槍ヶ岳、穂高、中央アルプス御嶽山などなど・・・・眼下には伊那谷の街の灯が瞬きだしていた。
 夜、外にあるトイレに向かう時には、満天の星、寒くなければずっと見ていたいと思うほどだった。

 小屋は満員でごった返し、予約無しの人も含めて一畳に二人ぐらいの床だったが、小屋主の素朴で温かい対応でいい気持ちで過ごすことが出来た。

 朝、仙丈小屋から朝日が当たっている仙丈ヶ岳を見上げる。もう大勢の人が頂上に立っているのが見えた。今日あそこへ登るのだ。無事登り切れるだろうか。冷たい風が強く。リーダーの指示で着られるだけ着て寒くないような服装で出発した。所々霜柱が立っていた。

Senjyo200

 40分ぐらいの登りで頂上着。ちょうどそれほどの人がおらず、周りの眺望を楽しみ、写真も沢山撮ることが出来た。前回登った時には何も見えなかった頂上だが、今回の眺めは素晴らしいの一言に尽きる。苦しい中登ってきてよかった。至福の時だ。
 日本一高い富士山、二番目の北岳、三番目の間ノ岳が並んでいる、めったに撮れない写真も撮った。(残念ながら逆光で上手くは撮れなかったが。)

Senjyo101

Senjyo102

 下りも気を抜かずというリーダーの言葉に気を引き締める。昨夜泊まった仙丈小屋を真下に見て歩く。この辺りが藪沢カールだという。登って来た時と少し違って岩がゴロゴロしている道を下る。時々は岩登りの様な感じで、岩々を乗り越え進むところもあった。途中、思いがけず山道脇に、二匹の雷鳥の姿を見て感激。夫婦かな、親子かな。雷鳥が仙丈ヶ岳で見られるなんて運がよかった。

Senjyo103

Senjyo105

Raityo002

 小仙丈ヶ岳で大休憩、ここも眺めのいいところだ。前回来たときには、ここが小仙丈ヶ岳だということもわからないぐらいで通過してしまった。本当に今回はラッキーだった。付き添ってくれたガイドの方々も、「こんなに天気がよくて眺めのよい時は珍しいですよ。」といっていた。

Senjyo020

 無事に登り口の「仙丈ヶ岳二合目コース入口」に到着。そのまま長衞小屋に向かう。長衞小屋のカレーと水のなんと美味しかったことか。

Senjyo022

 帰りは長衞小屋から北沢峠まで20分位歩き、北沢峠からバスに乗った。広河原でジャンボタクシーに乗り換え、芦安へ。

 素晴らしい眺めに恵まれ、前回のリベンジを果たし満足満足の山行きだった。

 
  2013年8月12日の記事 → 日本百名山 山梨百名山「仙丈ヶ岳」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月13日 (土)

久しぶりに「夜叉神峠」 「高谷山」に登る

<勧学院中北教室第27期生OBハイキングクラブの仲間と、「夜叉神峠」「高谷山」に登りました。夜叉神峠からは、雪を被った白根三山(北岳、間ノ岳、農鳥岳)が眺められました。高谷山は私は50年ぶりでした。天気に恵まれ、新緑の中の何とも気持ちのよい山歩きになりました。

【 歩 い た 日 】 平成29年5月11日(木)
【コースと時間】  夜叉神峠登山口8:05-9:20夜叉神峠-9:25夜叉神峠小屋前展望台9:35-10:00高谷山10:15-10:35夜叉神峠小屋11:15-12:15夜叉神峠登山口
【参考にした資料 】
 「 1:25,000地形図 夜叉神峠 」 平成17年11月 国土地理院
 「 甲斐の山山 」 小林経雄 平成4年3月 新ハイキング社

 まだ朝早いからなのか夜叉神の森の駐車場には、車は数台しか停まっていませんでした。ここから先、夜叉神トンネルから広河原、北沢峠まではまだ交通止めです。広河原、北沢峠までの開通はいつでしょうか。
 峠の登山口からすぐニリンソウが山道両側にいっぱい咲いていてうれしくなりました。タチツボスミレも咲いていました。上を見上げると新緑が眩しいです。

Nirinso02


Sumire010

 久しぶりの山登りで最初は少し厳しかったですが、すぐ慣れるすぐ楽になると頑張って登るうちに頂上(1,790m)<注-*>まで着いてしまいました。

<注-*> ここは、夜叉神峠小屋がある展望広場です。本当の峠はここの5分ぐらい手前の鞍部で標高は1765mです。

 生憎頂上や稜線は雲に隠れていましたが、まだまだ白く雪の残る白根三山が真っ正面に見えて、うれしかったです。今日はこの景色を見るために登ってきたようなものですから。

Hakuho002_2

 まだお昼には早い、ということで峠の南側にある高谷山まで足を伸ばすことになりました。往復1時間ほどの見当です。

Takataniyama002_2

 アップダウンは少しあるものの稜線歩きということで楽しく歩きました。左には木々の間から、白根が見えていました。左方向には、盆地から見るのと形が全く違う櫛形山が見えていました。
 高谷山頂上(1,840m)は、木々に遮られ展望はあまりありませんでした。三等三角点にタッチし、夜叉神峠に戻ります。高谷山へ来るときには気がつきませんでしたが、帰りの道すがら見下ろすと、遙か下方に芦安の集落や先ほど登ってきた夜叉神の森の駐車場も見えていました。

 夜叉神峠でお弁当を食べている間に、農鳥岳の頂上が見えるようになり大喜びです。盆地からも見えて前から気になっていたのですが、農鳥岳の手前に見える三角形のとがった山は、地図を広げみんなで検討した結果、大唐松岳ではないかということになりました。多分間違いはないでしょう。

Notori010

 北岳、間の岳も頂上まで見えるようになるかもしれないと思いましたが、時間になり下山を始めました。登る時にはあまりいなかった他の登山者とも大勢すれ違い挨拶を交わしました。いつもそういう傾向があるのですが、登る時に比べ下りにかかる時間が長いなと感じたのでした。(実際は違い、気のせいです。)

 久しぶりの夜叉神峠、50年ぶりの高谷山の山歩きはとても楽しい山歩きになりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月 8日 (土)

日本百名山山梨百名山「甲斐駒ヶ岳」に登る

<念願の「甲斐駒ヶ岳」へ登った。私の家からもよく眺められる甲斐駒、いつかは登りたいと長い間思っていたのだ。かなり手強い山だった。朝のうちは雨だったが、大勢の人が登っていた。小学生もいてびっくりした。「仙丈ヶ岳」「ドノコヤ峠越え」と同様、芦安ファンクラブの登山教室に参加しての山行き。>

<前日 長衛小屋へ>
 何年か前、仙丈ヶ岳へ登ったときと同じように、芦安山岳館の近くの駐車場に車を止め、ジャンボタクシーで広河原に向かった。夜叉神峠トンネルを出てしばらくの道路は断崖絶壁に造られた道路で、通るたびに思うのだが、よくこんなところに道路を造ったものだ。
Tento002 広河原から南アルプス市営小型バスに乗り北沢峠手前で下車、宿泊場所の長衛小屋に向かった。10分もかからず小屋に着いた。小屋前の広いテント場には、色とりどりの沢山のテントが、バックの紅葉し始めた森の木々をバックに映えていた。こういう光景は、映像や写真ではよく見るが、実際現場で見るのは初めてだ。テント泊で山に登る人がこんなにもいるんだと思った。

Sensui002<仙水峠を目指す>
 朝5時、雨の中の出発となった。ヘッドランプの光を頼りに、沢の流れを時々右に左に渡りながら登る。山道は雨に濡れていた。
 仙水小屋を通過、仙水峠へ着く頃には雨はほとんど止んでいたが、ここから望めるという摩利支天や甲斐駒Komatumine003山頂は垂れ下がる雲で見えなかった。

<駒津峰へ登り切る>
 仙水峠からは、駒津峰への辛い登りとなった。途中これは私はちょっと山頂まで登り切るのは厳しいかなと弱気になった。 
 次第に雲が晴れ、振り返ると栗沢山やアサヨ峰、前方左側には双児山の稜線などが見え始めた。やがて右側には甲斐駒のYamanashi002山体も一部見え始め、そんなことに励まされ、ようやく駒津峰に登り着いた。

<摩利支天分岐通過>
 駒津峰からいったん岩場を下り、そして岩場を越えての登りになり、やがて花崗岩の白砂のトラバース気味の登りになった。摩利支天も見えるようになると、辛いけれどなんとか登り切れるかMarisiten002なという気持ちになった。

<やった 甲斐駒頂上到着!>
 ようやく頂上に到着、ファンクラブの先に登っていたグループのみんなが迎えてくれた。山頂では、他にも沢山の人たちが三々五々休んでいた。
Senjyo002 頂上には、登山案内などで見た大きな石の駒ヶ岳神社の祠があった。県内二つしかないという一等三角点も確認した。普段は余り自分の写真は撮らないのだけれども、一緒に登った方に、山頂看板をバックに一枚写真を撮ってもらった。
 帰りのバスの関係もあり、昼食を食べるのもそこそこに出発となった。本当はもっとゆっくりと山頂を楽しみかったのだが。

<長い長い下り>
 山頂からの白砂の道の下りは快調だったが、駒津峰への岩場の登り返しが辛かった。また双児山への登りも辛かったし、そこからの林の中の長い長い下りにも辟易した。
 北沢峠4時のバスになんとか乗ることが出来、広河原に向かった。

                         (平成28年10月1日2日登る)

* 本当は、写真も、特に山の花の写真をいっぱい撮りたかったし、結構山道脇には花も咲いていたが、とても写真を撮る余裕がなかった。一日目の長衛小屋前、そして仙水峠、駒津峰と山頂での休憩の時に撮った写真のみとなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月 2日 (木)

峠を行く ドノコヤ峠を越えて芦安鉱山跡へ

<念願のドノコヤ峠を越え、芦安鉱山跡まで歩いた。聞くに勝る難しい山行きだった。同行引率してくれた芦安ファンクラブのみなさんの援助がなければとても達成できなかった峠越えだった。>

 桃の木温泉より更に奥に送迎のマイクロバスで進む。大雨でもあればとても走れないだろうと思うような河原の中も走る道だ。15分も走っただろうか、車で行ける最終地点のようで広場に何台か車が停まっていて、そこで車から降りる。いよいよ出発だ。全員で準備体操をし、歩き始める。

 流れを右に渡ったり左に渡ったり河原歩きが続く。ごく最近出来たと思P1040164われる立派な砂防堤を過ぎ、歩き始めて30分程で右の尾根に向けて登り始める。この登り口も知っている人でなければわからないかもしれない。小尾根に登り切ったところに、インターネットでよく見た鉄板製の道標があった。この道標はファンクラブの今回同行してくれた隊長さんが10年ほど前に設置したのだという。この後、随所に同じような鉄板製の道標が設置されていた。

P1040172 今回の企画に向けてファンクラブの方々が山道を修理したり新しく造ってくれていただいているようで、それほど難儀をせず登ることができた。やがて大崩ガレを大きく上の方へ迂回して登ることになる。程なく向こう側の南アルプスの山々が見える大尾根に達した。多分夜叉神峠から高谷山を経てドノコヤ峠、唐松峠から櫛形山の方へ抜ける尾根だろうと思った。尾根へ出てしばらく下ったところがドノコヤ峠だった。バスを下りたところからP1040187歩き始めて2時間50分程かかったことになる。(5分10分程休んだ時間を含めて)

 野呂川側は大きく崩れている。以前はここの峠から峠道が直接下ったのだろうが、崩れていてとても降りれるような状況でない。峠から先の高みに登り、そこから下りの道が始まった。

P1040194 しばらくは昔の峠道という感じでジグザグに下っていくと沢に降り立った。これがドノコヤ沢か。強くなった日射しで石や砂の照り返しがあったりで暑い中を、沢の流れを左右に渡ったりしながらかなり下っていったところに鉱山跡を示す大きな岩があった。ドノコヤ峠から1時間程で鉱山跡に着いたことになる)

 沢から登ったすぐのところの石垣で作られた平地でお昼を食べながら、ファンクラブの方の芦安鉱山跡についての話を聞く。その後、鉱山跡を案内してくれた。苔むした石垣で作られた平地を過ぎると、有刺鉄線に囲まれた火薬庫の建物がまだ残っていた。鉱石を選別していらなくなった瓦礫を捨てた場所(ズリ場というらしい)や、圧巻の坑道口も見た。
 残念ながら、私が一番見たかった分校跡は、出発の時間の関係もあり見ることが出来なかった。そうでなくても私はもう歩き廻る力の限界だったかもしれない。P1040205

 帰りに向かいまたドノコヤ沢を登るのだが疲れがたまったのだろうか、足が攣り始め自由に歩けない。ファンクラブの方が攣りにすぐ効く薬を飲ませてくれたり、リュックをしばらくの間背負ってくれたりしてくれて、本当に助かった。おかげでようやくドノコヤ峠に帰り着いた。
P1040228
 峠からは下りで大分楽になったが、しかし落ちれば大けがをするだろうと思われようなガレ場のトラバースが何箇所かあってとても気が抜けない下りが続いた。

 御勅使川の沢へ下りきりホッとした。少し楽になった気持ちで、沢の流れを右へ左へと渡り、ようやく車のところまで辿り着いた。

 最初にも書いたが、芦安鉱山跡に辿り着くのは、正に聞くに勝る難路で遠かった。ファンクラブのみなさんの援助がなければとても行ける場所ではなかった。
 それでも前々から行きたい行きたいと思っていたドノコヤ峠を越え、芦安鉱山跡までなんとか行くことが出来てとてもうれしかった。おまけにファンクラブさんから綺麗な修了証書までいただいた。
 今回の山行きを企画してくれた芦安ファンクラブ、そして同行してくれたファンクラブのみなさんに心から感謝を申し上げる。本当にありがとうございました。

                    ( 平成28年5月22日登る )

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月16日 (火)

苗敷山穂見神社

 山梨県生涯学習センターで丹沢和人さんを講師としての「甲府盆地湖水伝説の謎をたどる」の4回の講座が終わった。

 甲府盆地湖水伝説に関わって、山梨の神話、伝説、神社、寺、そして甲斐源氏、武田三代、柳沢吉保、信玄堤、甲斐国志までまったく多方面にわたる話で、まるで甲斐山梨の古代史中世史、登山史、地誌等を網羅するような壮大な話で面白かった。受講してよかったと思う講座になった。

 その中で特に興味を引かれたのが、旭山の苗敷山穂見神社の話だ。(以前登ったことのある山でもともと興味があったということもあるが。)Homijinjya01
 このブログの2013年6月1日の記事に書いた「盆地南部の山を切り開き水を流したという神様が、何故その近くの場所でなく、盆地の北西部の山の上にある穂見神社に祭られたのか」という疑問も解決した。要するに湖水伝説に関わる伝承、話、神社等は、盆地の中どこにもあるのだ。

 丹沢さんも登ったという竹之内にある穂見神社里宮からの古い参道、途中に傾いた鳥居「華表」があるという参道を近いうちに絶対歩いてみようと思ったのだった。

 参照 ; 2013年6月1日の記事 →  「旭山 歴史を刻む苗敷山

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月11日 (日)

NHK BS「グレートトラバース2~日本二百名山一筆書き踏破~」を観る

 NHKBSプレミアム「グレートトラバース2~日本二百名山一筆書き踏破~」を観ている。今回は、山梨近辺の八ヶ岳、南アルプスも登るということで特に楽しみにしていた。

 八ヶ岳東西天狗岳の場面には中山峠、本沢温泉などが出て来て懐かしかった。茅ヶ岳への登りもそうだったが、もう少し詳しく時間をとったレポートがあればと残念だった。
 鋸岳は釜無川源流側から登ったようだが、厳しい登りをいつものように見事に登り切った彼は素晴らしい。レポートも楽しかった。本人は負傷の後で大変だったろう。

 北沢峠から広河原までも歩いたようだが、とにかくどこも歩いて踏破しようという意欲はすごい。間ノ岳から農鳥岳の稜線歩きは気持ちよさそうだった。彼も余裕をもって楽しそうに歩いていてよかった。

 とにかくすごい体力と意欲だ。観ていて気持ちがいいくらいだ。田中陽希さんの人柄もいい。素直に自分の気持ちを語っている。山頂で快くみんなのサインや写真にも応じている。
 しかし、みんな遠慮すべきだ。必死に山へ登っている田中陽希さんの気持ちを理解していない。そっと見守るというようにすべきだと思った。

 番組のももいろ何とかというアイドルグループは、ファンには怒られてしまうかもしれないが、この番組には不釣り合いで余計だ。NHKは時々こういう起用をするが上手くない。少しでもその時間に田中陽希のレポートをした方がいい。田部井淳子さんのコメントは少しぐらいあってもいいが・・・。

 これから九州まで踏破の旅は続くようだが、怪我をしないよう無事に二百名山踏破が達成できるよう祈っている。番組もこれからも何回か続くようで楽しみにしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 9日 (火)

レンゲツツジ満開の甘利山

Tutuji002_2 韮崎では雨は止んでいたが、甘利山への林道を登り始めると小雨がフロントガラスを濡らした。さわら池から歩いて登ろうと仲間と相談していたが、直接中腹の駐車場まで車で行くことになった。

Tutuji003 平日で雨模様なのに、駐車場にはかなりの車が駐まっていた。支度をして傘を差して歩き始めたがすぐ雨は止み、傘を閉じた。登り道は比較的広く、ズボンを濡らすこともなかった。

 四阿がある三等三角点(1671m)辺りでは、富士山が見え始めた。木道を歩き始めると、周りのレンゲツツジがよく見えた。

Yamanohana002 頂上では大勢の人が、盛んにカメラのシャッターを切っていたTutuji004_3。雲が切れ、レンゲツツジが咲きほこる草原の向こうに富士山が頭に雲をかむりながらもすっきり見えているのだ。

 仲間と叫んでしまった。「すごいね。綺麗だね。」これだから山へ登るのだ。山の素晴らしさだ。

 時々ガスって見えなくなる時もあったが、御坂の山々も麓の南アルプス市、市川三郷町辺りもレンゲツツジの向こうに眺められた。

 頂上で、楽しい昼食そして山談義で長い時間を過ごした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月30日 (土)

石空川渓谷を歩く 日本滝100選「精進ヶ滝」

<勧学院の仲間と石空川渓谷を歩きました。小雨が降る中、無事精進ヶ滝滝見台まで行くことが出来ました。素晴らしい日本の滝100選「精進ヶ滝」の眺めでした。>

【山行日】 2014年8月28日(木)Ajisai002
【天候】 小雨のち曇
【コースタイム】
 むかわの湯駐車場=精進ヶ滝入口駐車場(8:45)~精進ヶ滝滝見台(9:45-10:00)~精進ヶ滝入口(10:50)=むかわの湯

 むかわの湯駐車場に集合。乗り合わせて精進ヶ滝林道を精進ヶ滝入口駐車場へ向かいました。駐車場に着いた時は、小雨。どうしようか迷った末、部長さんの決断で出発ということになりました。Ninotaki002

 入口の吊り橋を渡り、遊歩道を歩き始めました。「熊出没注意」の看板がかかっていたので、熊鈴を鳴らしながら、また滑らないようみんなで声を掛け合いながら歩きました。
 鉄製の橋を幾つか渡り、また鉄製の階段を登り、、「一の滝」、「二の滝」(中段写真)、「三の滝」の滝を眺めながら、精進ヶ滝滝見台へ行き着きました。

 落差121mという素晴らしい日本の滝100選「精進ヶ滝」の眺めに、みんな歓声をあげたのでした。精進ヶ滝の下方には九段の滝もSyoujigataki002_4見えました。
 九段の滝も落差40mだそうです。こんな素敵な滝の眺めがあるなんて、みんな来てよかったよかったと言い合ったのでした。

 むかわの湯に戻り、昼食。温泉にも入りご機嫌で帰路に。
 途中、清水正廣さんのアトリエによりバードカービングを見させていただきました。素晴らしい作品揃い、色々為になるお話もお聞きしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年7月28日 (月)

「尾白川渓谷」を歩く

勧学院ハイキングクラブの仲間で尾白川渓谷を歩いた。Jinjyadaki002

 駐車場から出発、竹宇駒ヶ岳神社で山行きの安全を祈願した後、吊り橋を渡り渓谷沿いの山道に入った。
 渓谷沿いの道は意外と厳しく、途中休憩をしながらゆっくりゆっくり登ったAjisai002_3
 渓谷沿いの遊歩道的な道ではなく、完全な登山道で、気持ちを引き締めながら登り、不動滝まで行き着いたのだった。

 不動滝で昼食休憩中、近くでヘリコプターの音がし出し、何事かと思ったら、遭難者救助のようであった。ヘリコプターが不動滝の山あい低く降りてきて、遭難者を吊り上げていた。こんな狭いところへよく舞ってこれるものだと思った。ヘリコプターは、さらに滝の上方へ移動しKyujyo002、そちらは見えなかったがやはり遭難者を吊り上げているようだった。
 こんなに近くでヘリコプターの実際の救助の様子を見たのは初めてだ。
Fudodaki002_3
 私たちは下山を始め、救助隊の人たちが待機している脇を通ったが、隊員の人たちはみな厳しい顔をしていて、遭難した方も、救助する方も大変だと思った。

 今回は、山の厳しさを痛感した山行きとなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月20日 (日)

「41人の嵐」を読む

 今年の夏、南アルプス仙丈岳に登った。天気が悪く、ほとんど展望のない4時間半のきつい登り、そして下山途中からの雨の中の歩行は辛かった。それでも、久しぶりに三千メートル級の山へ登り切り、高山植物の花の写真も結構撮れてよかった。

 その折り、広河原から北沢峠までの間は南アルプス市営の小型バスに乗った。途中に野呂川出合というバス停があり、橋を渡って向こう岸の沢を奥に入っていく道路が見えた。行きも帰りもこのバス停で乗り降りする人はいなかったが、この奥2時間半ほど歩いた先に両俣小屋がある。

 この両俣小屋の小屋番が今回読んだ「41人の嵐」を書いた方だ。台風の嵐の中の両俣小屋での出来事、そして野呂川越から馬鹿尾根といわれる仙塩尾根を登り、仙丈岳を越えて北沢峠までの苦難の行程は、読んでいて恐怖と感動を覚えた。30年後の今夏、その一部を私は歩いたのだが、それだけでもほうほうのていだったのに、大嵐の中を満足な装備もなく十数時間も歩き通して、全員が無事北沢峠まで行き着くことが出来たことはまったく奇跡的だと思える。

 この話は、実話だということだが、全く壮絶な話だ。ひょうんなことからこの本のことを知り、インターネットでこの本が山梨県立図書館にあることを知り、借りて来て読んだ。この頃読書力が落ちているなと思うことが多いのだが、この本は一晩で一気に読み切ってしまった。

 「41人の嵐 1982年台風10号の一記録」 桂木優著 山梨日々新聞社制作 昭和59年2月発行

追記)
 この時のことが、「山の巡礼者たち 山梨登山百年」(山梨日日新聞社2000年2月5日発行)の巻末 山梨登山史年表P198で次のように記述されている。

 1982年(昭和57年)・・・○8月1~3日 台風10号と停滞前線による大雨。北沢峠で768ミリの豪雨を記録した。南アルプス林道は164ヵ所寸断され、野呂川と大小の沢は土石の崩落で姿が一変した。両俣小屋は濁流にのみ込まれ41人が小屋裏に避難、仙丈ヶ岳を経て全員が無事脱出した。・・・

 更に詳しいことが、同書P155に「41人の嵐」という項目で記述されている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)